第6話 本当のカブ神様
マリーことジオ王子の楽屋。
備え付けの椅子の上で、白いワンピース姿の王子は、気まずそうに身を縮めていた。
この状況をどうすれば良いのか、この場に居る誰にもわからなかった。
「僕はただ……リトーナ姫との縁談を断りたくて……」
「それにしてはこの女装は堂に入りすぎていますわ」
隣国の王女がピシャリと言い切る。
「だってお城のみんなっ、マリーの姿を見たこともないのにリトーナ姫のほうが綺麗に決まっているとか言うからっ、しゃくに障ってっ……」
「マリーの姿にプライドがあると?」
「……うん……」
つまりそれほどまでにジオはマリーなのである。
王子の女装は昨日今日のものではないのだ。
王子の向かいでは、隣の楽屋から持ってきた椅子に深く腰かけ、コメティア王国の国王陛下が頭を抱えていた。
数年前に
再婚の申し込みは無数にあったが、王子に異母弟ができては後々の争いの種になると考えて断り続けてきた。
「それなのに……ただ一人の跡取りがこんな……せめて生まれついての女であれば、婿養子を迎えることもできたのに……これでは王家の血筋が絶えてしまう……ああ、カブ神様……」
楽屋の隅では、取り押さえられて連行された占い師が、回収した彗星玉を覗き込んで一人ブツブツとつぶやいている。
「カブ神様の怒りが収まらない……カブ神様の怒りが収まらない……このままじゃ世界が……世界が……世界が……」
スリサズは、楽屋の窓から父のレンズで空を見ていた。
雪は降ったり止んだりを繰り返し、今はまた星が覗いている。
あれはただの彗星。カブ神様なんかではない。
(それに……)
スリサズはレンズを瞳の前に構えたまま、楽屋に視線を戻した。
楽屋の中央では、人間とほぼ同じシルエットの、カブの頭の神様が、困り顔で一同を見守っていた。
彗星とカブ神様はまったくの別物。
迫り来る彗星の周期はおよそ七十年。
カブ神様は、そんなに長く国を留守にはしていない。
リトーナ姫が王様に、何か言おうとして、やめた。
それに気づいたのはスリサズとカブ神様だけだった。
カブ神様が身振り手振りで、スリサズに何やらうながした。
スリサズは黙ってうなずき、皆に聞こえないよう小声で呪文を唱え始めた。
リトーナ姫の靴の裏にいきなり氷が現れて、ツルリと転びそうになる。
王様が、年の割りに素早い動きで立ち上がって、リトーナ姫を抱きかかえて支えた。
「あ、あのっ、わたくしっ」
「む。すまんな」
王様が慌てて姫から手を離そうとする。
が、リトーナ姫は、王様にガッシリと抱きついた。
「王様っ! わたくしはっ! わたくしはっ!」
耳まで真っ赤になりながら、姫は王様を離さなかった。
「わたくしがこちらのお城に通っているのは、ジオ王子のためなんかではありませんっ!」
それを王子は、姫が王位だけのために来ているのだと勘違いしたわけだが……
王様が目を見開く。
「いろんな国からの、王様への求婚の手紙……ろくに読みもせずに家臣に返事を書かせていらしたようですね……
その中に、わたくしからのものもありましたのよ……」
やれやれ、と、スリサズは腰に手を当てた。
王家をすぐ近くで見守ってきたカブ神様の満足げな表情からするに、実は王様も姫への想いを隠していたのだろう。
「じゃ、王家の跡取りは王子の異母弟だか異母妹だかに頼むってことで、これで問題は解決ね?」
「僕、女装が好きなだけで、恋愛対象は女の子なんだけど」
王子がつぶやいたが、カブ神様を含むその場の全員がそれを無視した。
スリサズがカブ神様に目をやる。
優しそうな神様。
だけど。
小国を守護する豊穣神には、これから降りかかる世界規模の災厄を防げるほどの力はない。
「王様! お初にお目にかかります!」
今さらとも思いつつスリサズは声を張り上げた。
「あたしはソーンの娘、スリサズ。大体の用件は、この名前でおわかりいただけるかしら?」
「何?」
王様が眉根を寄せる。
「ソーン殿は?」
「死にました」
再び雪が降り出して、冷たい空気が楽屋に満ちた。
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