第5話 彗星玉の導き
マリーの靴の裏に小さな氷が現れた。
冷たく硬く、ツルツルの氷が。
(これで転べば審査は0点!)
けれどもマリーはその滑りやすさを利用して、ありえないほど見事なターンを決めて、最後にさりげなく力を込めて氷を踏み砕いた。
氷が割れる音は、音楽の最後の一音と、観衆の拍手にかき消された。
(ま、そうなるわよね)
占い師がマリーにスリサズの作戦を伝えたのだ。
(審査員が買収されてる以上、リトーナ姫の優勝は揺るがないから、少なくとも依頼失敗ではないわけで。
……あとはどう話をつけて王様と直接会えるようにするかよね……)
客席のどよめきに、スリサズがハッとして会場を見回すと、審査員全員が札を上げていた。
マリー、満点。
リトーナ姫を抜いて優勝決定である。
(王子様が手を回したってこと!?)
肝心のジオ王子の姿は会場には見えない。
優勝者への最初の拍手は、ステージの上から鳴り響いた。
「マリー、やっと逢えましたわ。あなたがジオ王子の恋人ですのね」
リトーナ姫。
ジオ王子との結婚を賭け、審査員を買収していたはずの人物。
そのカブマスクの口からは、満足げな笑顔がこぼれ出ていた。
「あなたに勝負を挑んだのは、あなたとお話しする機会を作りたかったからですの。
ジオ王子にあなたを紹介してといくら頼んでも、何だか誤解されてるようで、取り合ってくださらなくて……」
王女の声は楽しげに弾んでいる。
「優勝おめでとう。これであなたが王子の花嫁ですわ。
もし王様がまだ反対をするようならば、駆け落ちでもなさればよろしくてよ」
カブマスクから覗く王女の瞳に、不意に憂いの色が映った。
「わたくし達は自分の愛に生きるべきなのです。あなたも、わたくしも。それに……王様も……」
☆ ☆ ☆
占い師はカブ姫コンテストの客席の一番後ろで、皆がステージを見上げる中、一人だけうつむいて彗星玉を覗き込んでいた。
王子とマリーの愛の誓いが守られ二人が結ばれれば、カブ神様の怒りは収まる。
そう思い込んでいた。
だからスリサズがどうやってマリーを妨害するつもりであるかをマリーに伝えて、これで安心のはずだったのに、彗星玉に映るカブ神は、大地への突撃をやめていなかった。
マリーの出番が無事に終わっても、マリーの優勝が決まっても、カブ神様の様子は変わらない。
世界の危機は、去っていない。
「……わたしはとんでもない思い違いをしていたのでしょうか……?」
占い師は彗星玉に、天のカブ神に問いかけた。
「もしかしてカブ神様は……愛を誓った二人が結婚できないかもしれないから怒っていたんじゃなくて、二人の結婚に反対だから怒っていらしたのですか……?」
カブ神は、マリーが王妃にふさわしくないと考えているのかもしれない。
唇を噛む。
(入院中の師匠なら、こんな失敗はしなかったのかな……
ううん、あきらめるのはまだ早いです!)
占い師はステージへと走り出した。
☆ ☆ ☆
スリサズの眼前を、輝く何かが通り過ぎた。
それが占い師によって投げつけられた彗星玉だと気がついたのは、彗星玉がマリーのカブマスクに命中したあとだった。
神聖なカブ神様のマスクに、たとえわずかでも傷がついたら、その時点でコンテストを失格になる。
マリーのカブマスクは鮮やかなほど真っ二つに割れてしまった。
「きゃあっ!?」
あらわになる、長いまつげと、大きな瞳。
カブ姫コンテストではマスクは最後まで取らずに終わる。
それでも薄く化粧されている顔に、スリサズはマリーを、可愛い女性だなと感じた。
外国人であるスリサズには、これが誰だかわからなかった。
占い師、審査員、隣国の王女、客席の市民。
皆が声をそろえて叫んだ。
「「「「王子様ーーー!?」」」」
特別席の国王だけが、声も出せずに口を開けていた。
国王の一人息子の心を射止めた町娘マリー。
その正体は他ならぬジオ王子本人だったのだ。
「これは……カブ神様も……」
占い師の困惑しきったつぶやきが、冬の夜風に飲まれて消えた。
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