氷の魔女、カブかぶりの祭りで暗躍する

第1話 カブ姫コンテストの陰謀

 月光に浮かぶ優美な王城。

 テラスにたたずむ王子と王女。


「君の気持ちは嬉しいよ」

 夜風が王子のささやきを運ぶ。


「我が王国をそんなにも好きになってくれて、それ自体は素直に嬉しい。でも僕は……」

 十八歳。

 この辺りの国では適齢期。

 父王は孫を待ちわびている。

 けれど……


「政略結婚ではなくて、本当に愛し合う人と結婚したいんだ。君、王位だけが目当てなのが、ちょっと露骨すぎるんだよ」

ちがアアアァァァうッ!!」

 ジオ王子の端整な顔に、隣国のリトーナ姫のドロップキックがきれいに決まった。



☆ ☆ ☆



 それから半月後のコメティア王国。

 城下町のそこここに吊るされるのは、小さなカブを繋げた飾り。

 本日は七十年に一度のカブ神祭り。

 広場では、大きなカブをくり抜いて作ったマスクを売る屋台と、くり抜かれた中身を料理にして売る屋台とが軒を連ねる。

 スリサズはそんな屋台の一つでカブのスープに舌鼓を打っていた。


 背後を通り過ぎる人々が、雪が止んで良かったとか、この雲の様子だと日暮れにはまた降り出すだとか話している。

 祭りのメインイベントであるカブ姫コンテストを見に来る客の凍える姿を想像し、スリサズは少しイジワルな気持ちになった。


 古着屋で買った、狩人のような毛皮のマントは、旅の荷物にはかさ張るので、春になればまた売り払う。

 だからスープをこぼさないように慎重にスプーンを運ぶ。

 いつもの背負いカバンは宿屋に置いて、代わりに持ってきた籠からは、隣の屋台で買ったばかりのカブマスクが覗いていた。


「ねえねえ、聞いたア?」

 隣の席のご婦人が、もう一つ隣のご婦人に、おそらく本人達はささやき声のつもりの大声で話しかける。

「カブ姫コンテストの優勝賞品は、なぁんと王子様からのプロポーズなんですって!」

「あらア? すごいわねエ! あら、でも、隣の国のリトーナ姫が王子に猛アタックをしているはずなんじゃアないの?」

「それがねエ、王子様には、他に好きな人が居るってウワサなのよオ! しかもその人、庶民の女の子なんですって!」

「あらあら、そんなの王様が許すかしらア?」

「だからその女の子がカブ姫コンテストに出て優勝を目指すのよオ! 生まれがどうあれ、カブ神様の加護を受けた聖女なら、王妃の座にふさわしいって言えるでしょオ?」

「あらあらまあまあ!」

「だけどリトーナ姫も負けてないのよオ! その女の子に対抗して、リトーナ姫もコンテストにお出になるの!」

「あらあらまあまあ、直接対決!」

「それでね、リトーナ姫ったら、ものすごい勢いで審査員の買収にかかっているそうよオ!」

「あらまあ! あー、でも、待ってエ。もしもコンテストで、リトーナ姫でも本命の子でもない人が優勝したら、どうなるのオ?」

「この状況で? それこそカブ神様の加護でもなければ……」

 スリサズは、上品なことではないと知りつつ、わざと大きな音を立てて器から直接スープをすすった。



「見つけましたあああ!」

 いきなりの大声に振り返る。

 そこには占い師の女がたたずんでいた。


 年は二十歳かその上か。

 前をぴったりと閉じたコートは、ありきたりなデザインで、この時期のこの地方ではだいたい誰でもこんな感じ。

 中に何を着ているのかは知らないけれど、それでも占い師だとわかったのは、大きな水晶玉を両手で大事そうに抱えているからだった。


「見つけました見つけました見つけました! カブ神様の怒りの種を!!」

 何事かと驚いていた周囲の人々は、すぐに自分には関係がないとわかって、通行人は歩き出し、屋台では店主は鍋に、客は器に目を戻した。

 ただ一人、占い師にまっすぐに歩み寄られたスリサズを除いて。

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