炎の剣士、思い出を歩く

    約束

 朝日に輝く新雪を、ロゼルの靴が汚していく。

 剣士にしては無防備に、手をポケットに入れたまま歩く、田舎道。

 領主の屋敷から宿へ。


(・・・昨日の話の続きがしたい)

 ウソだ。

 墓荒らしの事件ならば片づいている。


(・・・誕生祝い。・・・十五回目の)

 本当は昨日だったけど、そんな雰囲気にはならなかった。

 昨日はスリサズの父、ソーンの命日でもあったから。


「・・・ソニアさん・・・」

 つぶやく息が白い。


○ ○ ○


 幼い頃、一家で乗っていた馬車が崖から落ちて、目が覚めると見知らぬ女騎士が居て、ロゼルのことを領主と呼んだ。

 両親は即死。

 重症だった御者は死の直前、不気味な女の幽霊が馬車の前に飛び出してきたと言い残したらしい。


 皮肉なことにその言葉のおかげで、怯えた親族は誰一人として幼い跡取りから領主の座を奪い取ろうとしなかったし、見かねた都が送ってきたのも野心ある役人などではなかった。

 ソニアは騎士の誇りにかけて、少年を幽霊から守ると誓った。

 うら若き女騎士の姿に、むしろ自分がソニアを守る側になりたいと感じたのが、ロゼルが剣術に目覚めたきっかけだった。


 都は基本的に田舎に無関心だ。

 特にブランロジエのような辺境には。

 だからソニアの勇敢且つ献身的な選択を通じて幽霊のウワサが都に広まっていなければ、それがソーンの耳に届くこともなかっただろう。


 ブランロジエの村にひょっこりと現れた風来坊は、奇妙なレンズを覗きながら事故の現場を歩き回り、幻術で姿を隠していた小鬼をあっさり見つけてひっ捕らえた。

 この小鬼の術のせいで、御者は居もしない幽霊を見たと思い込み、手綱捌きを誤ったのだ。

 人を意味なく傷つけるのは小鬼という魔物の習性で、犠牲者への恨みなどはなく、たまたま通りかかった相手を狙っただけだった。


 ソーンの報告を受けたロゼルは、事故の日以来、初めて泣いた。

 一部の人々の間では、ロゼルの両親が、何か悪いことをしたせいで幽霊に祟られたなどとささやかれていたのだ。


 御者のドニーも責任逃れでウソをついたわけではなかった。

 ロゼルはドニーが好きだった。

 ドニーの前にいた御者は、馬を乱暴に扱っていた。



 ロゼルはソーンを自分の家庭教師として屋敷に雇い入れた。

 今のロゼルにも残る、気になったことは難しくても面倒臭くてもしっかり調べる習慣は、ソーンを真似るうちに身についていったものだった。


 ロゼルに魔法を教えるソーンと、剣を教えるソニアとは、いつしか恋仲になっていった。

 村の教会でのささやかな式の後、ロゼルは得体の知れない悲しさに襲われて、亡き父の書斎で本を読みふけり、自分が失恋したのだと知った。

 それでもロゼルは二人を嫌いになったりはしなかった。



 娘が生まれてしばらくして、ソニアは流行り病に倒れた。

『スリサズを守って』

 それがソニアの遺言だった。



 スリサズが少し成長すると、ソーンはスリサズを連れて旅に出た。

 スリサズが生まれ持った魔法の素質を生かすための修行と、ソーン自身のライフワークの研究のため。


『旅人にも故郷は必要だからね。スリサズの故郷はこの村だよ』

 毎年、スリサズの誕生日が近づくと、父娘はブランロジエに帰ってきた。

『ずっとここで暮らせばいいのに』

 家庭教師の契約がなくても、ロゼルはソーンとスリサズの部屋をそのままに保っていた。

 居つくことなく、それでも完全に居なくなりもしないソーンの姿は、ロゼルの目には、ソニアとの思い出の詰まった屋敷から逃げるに逃げられずにいるよう映った。

 ロゼルは逆で、ブランロジエに心を繋がれ、逢う度にスリサズに一緒に来るよう誘われても断り続け……

 だけど一人で屋敷で待つ間には、ともにする旅を夢見たりもした。



 スリサズの八歳の誕生日を祝った夜、子供達が寝静まった後で、誰かが屋敷に訪ねてきた。

 その人物の目的は、ソーンの研究の成果を奪って悪用することだった。

 ロゼルが目を覚ました時には、屋敷は炎に包まれていた。

『スリサズを守ってくれ』

 それがソーンの遺言だったが、実際はロゼルの方が、スリサズの氷の魔法に守られた。


 翌朝、ソーンは見せしめとして庭の木に吊るされていた。

 あの時、もう少しロゼルが大人だったなら、スリサズにソーンの遺体を見せないようにできていたかもしれない。

 屋敷の燃え跡に立ち尽くして、二人は一つの約束を交わした。

 力を合わせて仇を討つと。

 そのためにスリサズは魔法学校へ入り、ロゼルは剣の修行の旅に出た。

 だけど……


『ウソツキ』


 これは昨日の言葉ではなくて、二年前に聞いた声。


『君の手を汚させたくなかった』


 何て傲慢な言葉だろう。

 ましてやそれを、プライドの高い氷の少女にぶつけるなんて。



○ ○ ○



 宿屋の前に着き、初めてロゼルは雪の上に自分以外の足跡を見つけた。

 少女のブーツが去った跡。

 ロゼルのポケットの中で、小さな包みがグシャリとつぶれた。


 追いかければきっと間に合う。

 わかっていながらロゼルは来た道を引き返す。


 魔法を扱える人間は貴重だから、それぞれの旅を続けていても、依頼がかち合うことはある。

(・・・また逢える)

 ……そう言ったまま力量をわきまえぬ仕事に散っていった冒険者の数は知れない。

 それでも彼女の行く道をさえぎる資格は彼にはない。

 追いかけるなんて許されない。

(・・・ただ、もしも“偶然”出逢えたら・・・)

 そんなことを想うだけ。

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