第5話 ブランロジエの領主

 夜、雪、墓地。

 凍える要素が見事にそろい、ロゼルはポケットに手を突っ込んだ。

 冒険者の酒場で語られた墓荒らしの事件を、スリサズとは別の店で聞きつけたロゼルは、スリサズがまっすぐ墓荒らしを追いかけてブラムと出会ったのに対し、墓荒らしのルートを逆にたどって出自を突き止めた。

 そうしてクローレの故郷の人々から事情を聞き出すと、老人連れで足の遅くなっているスリサズに追いつき、ブラムにバレないように打ち合わせ。

 先にブランロジエの村へ行って騎士と話をし、ブラムの殺意が本物か確かめるために騎士と二人で墓穴で張り込みをしていたのだ。


 邪神が迫っているといまだにわめき続けるブラムを、聴取は屋敷でするからと、騎士がなだめて引っ立てる。

 クローレは、寒いから速く行こうと急かす。


 ロゼルはポケットに入れていた炎の魔石をスリサズに差し出した。

「・・・使うか?」

「いらない」

 小さな声が夜風に飲まれる。


(・・・もともと嫌われている・・・けど・・・)

 久しぶりに故郷に帰ってきたことで、ロゼルを嫌ってきた理由を改めて思い出したのだろう。


「領主殿! この者達への取り調べでございますが……」

 騎士はロゼルを領主と呼んだ。


「・・・任せる」

「ハッ。では、この者らの教団への対処に関しましては……」

「・・・やっといてくれ」

「いや、しかし、私はあくまで領主代行でありますからして。本物の領主殿がこうしてここに居られるというのに、代理の身で出しゃばるわけには参りませぬぞ」

「・・・いっそ貴方がこのまま領主になってくれれば・・・」

「いやいやいやいや!」

 騎士は謙虚に……ではなく露骨に嫌な顔で首を振った。

 騎士ロレンスはまだ若く、都で出世したいのに、ヘマして飛ばされてきた田舎にいつまでも縛られていたくはないのだ。


「頼みますぞ領主殿! ああ、妹君も何とかおっしゃってください!」

「違う。あたしは家庭教師の娘よ」

「え? いや、しかしスリサズ殿は、ソーン殿のご息女なのでは?」

「だからパパがロゼルの家庭教師だったのよッ! で、あたしのママはあんたの前任」


 幼くして両親を亡くして領主の座を継いだロゼルにとって、補佐役の女騎士とその夫が親代わりだったことが、簡略化されて伝わったのだろうが……

 スリサズもロゼルも、この気温の中でそんな話をたらたらと騎士に聞かせる気にはならなかった。




 屋敷には墓を直してから行くと騎士に告げ、スリサズとロゼルは墓地に二人きりになった。

 ソーンの遺体は、一年を通じてあまり気温の上がらない地域で上質な棺に納められていたため、まだ生前の面影が残っていた。


 雪はいつの間にか止み、途切れた雲の隙間から彗星が覗いていた。

 あれがブラム達の教団が畏れる天の牙。

 けれどソーンが開発した魔法のレンズは、あの星が邪神などではないと見破った。


 あんなに不気味な光だけれど。

 太古の昔から凶星まがぼしと呼ばれて忌み嫌われた存在だけど。

 ソーンは観測した。

 あれは、岩と氷がくっついて固まった、いわば汚れた雪玉に過ぎないと。

 ……彗星が邪神であると本気で信じているのはブラムの教団だけでなく、そういう人々はソーンの発表を、邪神をいたずらに刺激して世界を危険にさらすものだと非難した。


 ソーンの遺体はロゼルの魔法の影響で少しだけ焦げてしまっていた。

「・・・ごめん」

「……このまま火葬にしてちょうだい」

「・・・いいのか?」

「……クローレみたいな人、また出てくるから」




 天空に邪神の牙が輝く時、大地からもまた牙が生える。

 あぎとは閉じ、世界は噛み砕かれる。


 いわく、空が汚され呼吸ができなくなる。

 いわく、空が丸ごと持ち去られて人々は虚無へと投げ出される。

 ありえなくても信じる人は居る。


 風が煙を巻き上げて、灰が夜空に溶けていく。

 彗星は春まではこの空で輝き続けるらしい。


 二人の脳裏に幼い頃の思い出がよぎる。

 父の、師の、穏やかな笑顔。

 ソーンが死んだ時、二人は一つの約束を交わした。


「ウソツキ」

 少女の声が冷たく響いた。

 ロゼルはそっと目を伏せた。


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