第2話 冬のため息

 酒場の隅のテーブル。

 スリサズとジェフリーは向かい合って席に着き、マスターが注文通りのミルクを律儀に持ってくる。

 ジェフリーは麦酒を飲める年になっていた。


「春告げ鳥を捜すためってことで、ようやく村を出る許可が下りたんだ。と言っても俺にできるのはポスターを貼って回るぐらいだけどな」


 花畑村は旅人をいつでも歓迎したし、定期的に訪れる行商人も居たが、村人が村を離れることは滅多になかった。

 貧しい小さな村では農作業はいつだって人手不足。

 小さな子供だけでは山を越えて隣の村まで行くなどできず、山を越えられるほどの大人のくせに遊び歩いているような者は不良と呼ばれた。

 農作業は冬は休みだが、冬に山を越えるのは、魔法でも使えない限りは大人でも命がけになる。


「俺は小さい頃からもっと小さい子の面倒を見てて、大人からいい子いい子って言われてたから、不良になんかなるもんかって自分で思ってたんだ。それでも祭りの手伝いやなんかで隣村に呼ばれることは年に何回かあったけどさ。こんなに長く村を離れるのは初めてだよ」


「うん。旅慣れてない感じよね」

 スリサズの目がジェフリーの靴に向く。

 短期間でボロボロになった靴をそのまま履いていれば余計に足が疲れる。


「でもさ、春告げ鳥が見つかんないと、村へ帰るわけにいかないからな。皆に顔向けできないとかじゃなくって、春が来ない村でなんか暮らせないから」


 ジェフリーが語る花畑村の現状は悲惨なものだった。

 春が来ないと村はどうなるのか。


「屋根に積もった雪を降ろそうにも、その雪を捨てる場所がもうなくってさ。雪の重みでつぶれた家を薪にして、家をなくした人達は村長の家に避難しているんだけど、こっちもパンク寸前。畑も……種まきの時期はとっくに過ぎてるのに、土は分厚い雪の下でカチコチに凍ってて、今から耕しても今年の実りが得られるかどうか。ハロルド一人来るのが遅いだけで、村はお先真っ暗だよ」

 そしてジョッキをあおる。

「実はポーラのやつも居なくなっちまったんだ」


 ジェフリーの言葉に、スリサズは口に近づけたミルクのマグをそのままテーブルに降ろした。


「俺が村を出たのが、春告げ鳥が来る予定の日から一ヶ月以上経ってからなんだけどな。ポーラが居なくなったのは、春がやけに遅いなって騒がれ始めた……でもまだそんなに深刻じゃあなかったって頃だったな。実はポーラとハロルドの間で、去年ちょっとしたトラブルがあってさ。ハロルドが村に来ないのはそのせいなんじゃないかなんて言い出したヤツがいて。それがこじれて何て言うか、ポーラ、仲間外れみたいな状態になっちまって……」


 ジェフリー自身はそれに加担したのかどうか。

 表情からすると、少なくとも止める力はなかったようだ。


「だからポーラのはただの家出だろ。年頃の女の子がどこをほっつき歩いてるんだって不安はあるけど、遭難なんかはしてないはずさ。あいつはしっかりしているよ。居なくなる前にふもとの村で、炎の魔石を大量に買い込んでったんだ。暖房に使うあれな。いつも通りに春が来てればただの余り物だし、ふもとの村にはきっちり春が来てるから、安くなってたのを買い占めたんだ。花畑村で使う分もちょっとぐらい残しといてくれりゃあ良かったのにさ」


 そしてしばらく思い出話をしてからジェフリーは席を立った。


「この町には酒場はここしかないから、他に雑貨屋とか役場とかの人が集まる場所にポスターを貼ったら次の町へ行くんだ。それからまた次の町へ、な。スリサズちゃん、花畑村へ行くんなら、俺は無事に山を越えたし元気にやってるって伝えといてよ」

「ジェフリーは、もしかしてもう花畑村には戻らないつもりだったりするの?」

 青年は微笑んだだけで答えなかった。


 スリサズはミルクのおかわりを注文し、懐かしい村への道程を思い浮かべた。

 父との思い出をたどるだけの気楽な旅のつもりだったが、予定していた寄り道を省く必要ができてしまった。

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