第3話 春が来る度に
ポーラは十歳の時にハロルドと出逢った。
一目見てドキドキしたが、その時はまだその意味はわからなかった。
ちょうどその年に村に来ていた親子が、村を去る際に魔法のレンズを忘れていった。
大事な物だと聞いていたから、他の人にバレないように預かった。
その親子は、来年の春にはまた来るって言っていた。
その時に渡すつもりだったのに二人は訪れなかった。
春告げ鳥が笛を吹く。
美しい女神の姿を見たい。
預かり物の魔法のレンズを、悪いと思いつつ勝手に使った。
その年の春が終わる頃には、レンズはもうポーラの物のようになっていた。
ポーラが十二歳になっても村の景色は変わらなかった。
村に訪れた変化といえば、子供達の背が伸びたことと、仔犬だったコロンが名前とはかけ離れたどっしりとした犬に成長したことぐらい。
それすらも昔から繰り返されてきた流れの一部に過ぎない。
ポーラはレンズを覗き込む。
若草が濃い緑へとうつろう景色の中で、笛を吹く少年と、寄り添う女神は輝いていた。
三年目、四年目。
ハロルドは逢う度にたくましく男らしくなっていく。
対する女神は一向に老いることなく美しさに微塵の陰りもない。
少年の背丈が女神の背を越え、女神の目つきは子供を見下ろすようなものではなくなった。
ハロルドは春告げ鳥としての笛の腕前もめきめき上達していった。
新しく作った曲も吹けば、古くから伝わる曲も吹いた。
中でも最も演奏する回数が多いのは、先代の春告げ鳥から受け継いだ、ハロルドが春告げ鳥になった日にも吹いていた曲だった。
三年目になってやっとポーラはそれが恋の曲だとわかるようになった。
ハロルドの腕が上がったからというのもあるが、ポーラが恋を知ったからというのの方が理由として大きいかもしれない。
四年目にはその曲は、詞がなくても赤面できるほどのものになっていた。
ポーラはハロルドが他の子供と話しているのを聴いてしまった。
「恋の曲を本気で吹けるようになったのは、自分も恋をしたからだよ」
ポーラがハロルドに出逢って五年目の春の終わり。
例年通りにハロルドが村を去る日。
ポーラはハロルドに好きだと告げた。
ハロルドが女神といくら愛し合っているとしても、ハロルドは人間なのだから、そのまま結ばれるなんてありえない。
ハロルドは、返事は来年すると言った。
村を去るハロルドの足取りはいつもよりも速く、まるで逃げ出すようだった。
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