第3話 教義

『天の牙を封じる光』と名乗る教団の神殿は、ここから西に山を四つ越え、五つ目の山の頂上に。

 信者が暮らす集落は、その山の中腹にたたずんでいる。

 パッと見はただ場所が不便なだけの普通の村である。


 神官であり村長でもあるブラムの目下の悩みの種は、村の不良娘のクローレが光の信者の子でありながら闇の魔力に目覚めてしまったことと、夜空の星々に混じって不吉な光が現れたこと。


 身に宿る魔力の属性は、生まれつきのものなので、クローレを咎めてどうなるものでもない。

 闇の魔力があったとしても、使わなければ良いだけの話だ。


「そう思って油断しておったんじゃ。

 そりゃあ村の中にはクローレを悪く言う者もおったが……それがクローレを追い詰めてしまったのかのう……

 まさか独学で死霊術ネクロマンシーを使いこなすようになるとは、誰も考えておらんかった」

 ブラムはさらりと言っているが、これはなかなかすごいことである。


「しかしそんなのは、天の牙の到来に比べれば、砂粒のように小さな問題に過ぎん」

 ブラムは空の彼方の光を邪神だと信じきっていた。

「前に天の牙を見たのは、わしがほんの子供だった頃じゃ。お前さんの親すら生まれておらんかった時代じゃよ」

 ブラムの言い方には、邪神の存在を否定したソーンへの含みがあった。

「天の牙の悪しき光に応え、地上のいたるところで闇が目覚めた。

 魔王、すなわち、地上の牙。

 その数は百や千では足りぬほどじゃった」


 ブラムの、どこか自慢するような語り口には、その時代を実際に見てきたという自負があった。

 しかし時代は違えど何年も旅をしてきたスリサズには、この老人の世界ことばが、時間は越えても空間は越えていないとわかっていた。

 千を超える魔王をブラムが実際に見たのではなく、そう語る人物にブラムがまだ幼かった頃に遭遇したというだけだ。

 スリサズよりもずっと長く旅をしてきたソーンの研究によれば、千を超える魔王の話は、凶星まがぼしを巡る流言飛語の一つに過ぎない。


「そんな中で救世主様が立ち上がられた。

 救世主たる初代光の神官様は、聖なる力を以て天の牙を闇の彼方に追い返したのじゃ。

 そして初代様を慕い、集まった者達の前で申された。

 奴はいずれ、またやってくる、と」

 見上げる空には、今宵は雲しかない。

「故に我らは天に近い山の上に神殿を建て、毎年、決められた時期に聖なる力の儀式を行い、邪神の再来を防いできた。

 時を経て初代様はお亡くなりになり、光の神官の務めは弟子に受け継がれ、わしで四代目じゃ」


 スリサズの目が、スッと鋭くなった。

「毎年、生け贄を?」


「人間のではないぞ。去年までは羊を捧げるだけで良かったのじゃ」

「儀式のあとはみんなで焼肉パーティーしてたのっ」

 ブラムは目を伏せ、クローレは口を尖らせる。


「それなのに……いや、これも初代様の予言通りじゃ……

 初代様が予言しておったまさにその年に、天の牙めが舞い戻りおったのじゃッ!

 天の牙をこれ以上、地上に近寄らせてはならぬッ!

 そのためには今までの儀式ではッ! 羊の生け贄では足りぬのじゃッ!!」


「儀式のために人を殺すなんて間違ってるわ!」

 クローレが吠えた。

「ブラム様にそう言ったら、アタシが生け贄に選ばれた……巫女なんて他にも居るのに……」

 冷ややかな声が雪景色に染みる。

「アタシは巫女のみんなを守るために、生け贄の儀式をやめさせるために頑張ってきたの……」

 光の巫女と呼ばれし死霊使いの、振り落とした黒い帽子は降り続く雪に埋もれ、黒尽くめの服は雪ダルマの下に隠されて、艶やかな黒髪にもまた雪が積もって白く覆われていく。


「だから生きてる生け贄の代わりにゾンビを捧げるのがベストなのよッ!!」

「だからナンでそうなるのよッ!!」

 怒鳴った後、スリサズは思わず眉間を押さえた。

 死者では生け贄にはならない。

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