第2話 生け贄

「伏せて!」

 スリサズが叫ぶが、戦い慣れない老人には素早い反応はできない。

 クローレのほうが先に動いて、腕を振り下ろし、不知死の魔物アンデッドモンスター達が伏せる。


 けれどそれこそスリサズの狙い。

 積もった雪を一瞬で氷に変えて、不知死の魔物アンデッドモンスター達を、いつくばった姿勢のまま地面に縫い止める。


 ブラムが自分の周りにだけ残った軟らかい雪にヘナヘナとへたり込むのと同時に、しもべを失った死霊術師ネクロマンサーが、今さら普通の少女のように「きゃあっ」と悲鳴を上げた。



☆ ☆ ☆



 天空に邪神の牙が輝く時、大地からもまた牙が生える。

 あぎとは閉じ、世界は噛み砕かれる。


 邪神の到来を防ぐため、祈りを捧げ、儀式を行う。

 それがブラムの教団の務め。


 天の牙。

 凶星まがぼし

 さまざまな呼び名を持つ、夜の光は……

 ブラム達の祈りの甲斐なく、雲の向こうに迫っている。


 だから教団は、特別な儀式をしなければならない。

 儀式には光の巫女が欠かせない。


 それなのに、その巫女が……



☆ ☆ ☆



 スリサズは小さな雪玉を次々と撃ち出してクローレにぶつけた。

「邪神のために生け贄を、ってだけでもじゅうぶんイカレてるけど、その生け贄がすでに死んでる人だなんて、ますます意味不明だわ。

 ましてやそんなことにッ! あたしのパパを使おうなんてッ!!」

 雪玉がクローレの服に張りつき、雪玉同士でくっつき、固まり、雪の中にクローレを閉じ込めて、クローレは雪ダルマから首だけ出ている状態になる。

「だってこいつは邪神を冒涜……」


「クローレよ」

 ブラムがようやく起き上がった。

「邪神は確かに畏れるべきモノじゃが、決して従うべき相手などではないと教えたはずじゃぞ!

 光の儀式さえ行えば、邪神の脅威は、天の牙は、地上には降りて来られなくなるのじゃ!

 じゃから一刻も早く神殿に戻り……」


 クローレは首を振った。

 大きく。

 グルンと。


 クローレのヴェールつきの帽子が吹き飛んだ。

 その動きの命ずるところ。

 不知死の魔物アンデッドモンスター達の頭部が、身動きの取れない胴体を切り離して浮き上がり、スリサズに襲いかかる。

「!」

 スリサズは魔法の構えを取ったが、後ろから飛んできた頭蓋骨に杖を弾き飛ばされてしまった。


「伏せろッ!」

 若い男の声が響き、魔法で作られた炎の網がスリサズの頭上を飛び越えた。


 火の粉がぜる。

 燃え盛る網が、死者の頭をまとめて絡め取り、灰に変える。

 首しか動かせない死霊術師ネクロマンサーが、切なくうめいてうなだれた。

 戦いは終わった。


 が、風が煙を散らす頃にはスリサズの怒りは二倍になっていた。

 そしてその向かう先は、炎の網を放った人物、赤毛の青年、ロゼルだった。


「ちょっと! 雪ダルマが解けたらどうしてくれんのよ!?」

「・・・俺の魔力で君の魔法に叶うわけがない」

「手出ししないでって言ったのにっ」

「・・・酒場の店主には黙っておけばいい」

「バカにしないで! アンタが活躍した分の報酬は、ちゃんとアンタが受け取りなさい!」


 わめきながらもスリサズは、自分の目線をロゼルの足もとに向かせないだけの冷静さは保っていた。

 さっきまでロゼルが隠れていた、ちょうど明日、地元の老人が使う予定の墓穴。

 何の変哲もないはずのこの穴には、実はまだ一つ、秘密がある。


 スリサズは横目でブラムの様子を探った。

 そこまで気にするほどのことはなく、ブラムはクローレをなだめるほうに夢中になっていた。


「クローレよ、もう時間がないのじゃ。早く神殿に帰って光の儀式を……」

 けれどクローレは叫ぶ。

「生け贄にされるなんて絶対にイヤ!!」

「何を言うか!! 世界を救うにはそれしか方法はないのじゃぞ!!」


「…………」

 ロゼルに背を向け、ゆったりとブラムに歩み寄ったスリサズは、にこにこと微笑みながら可愛いしぐさで小首をかしげた。

「ねーねー、ブラムさん。生け贄ってどーゆーことなのー?」

 その声は思いっきり棒読みで、ロゼルは思わず天を仰いだ。

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