氷の魔女と汚れた雪玉
氷の魔女、故郷に帰る
第1話 墓地
かつて暮らした屋敷を見下ろす、丘の上の教会の裏。
墓標の群に囲まれて、スリサズはクローレと対峙していた。
かたや銀髪の、旅慣れた服装の十五歳になったばかりの少女。
かたや漆黒の三つ編みを、葬式帰りのようなヴェールつきの帽子から垂らした……少し年上の、こちらも少女。
「見つけたわ! この墓荒らし!」
「あら、ただのそれに見えるの?」
もちろん、見えない。
何故ならクローレの周りには、無数の
いずれも操り人形となって、
対するスリサズの小さな背中の後ろでは、白髭の老人が身を縮ませていた。
「ク、クローレよ! 闇の魔法などに心を奪われるでない! ひ、光の神官の一族として、選ばれし巫女としての勤めを果たすのじゃ!」
老人が、震え声ながらも口を開いた。
「お断りよ!」
クローレがバッと両手を振り上げる。
死者達に指令の魔力が送られ、爪を振り上げてブラムに、それを守ろうとするスリサズに迫る。
「おっと、アナタはそっちの役目じゃないわ」
クローレはゾンビの中の一体の肩を掴んで自分のそばに引き寄せた。
それは七年前に死んだ高名な魔法研究者、ソーンの亡骸だった。
カッ、と、スリサズは、自分の頭に血が上るのを感じた。
「パパをどうするつもり!?」
「へえ? パパ? ねー、ブラム様! だったら
「!?」
いきなり何を言い出すのか、と、問う前にクローレは勝手に首を横に振る。
「んー、でもそれは、アタシのやり方に反するわね。邪神への捧げ物は至高のモノでなくちゃ……
「あなたが言ってる邪神は実在しない!」
「そう言ってアンタのパパは邪神を冒涜した! その罪を償うために、この屍には邪神への
ゾンビの群がスリサズに襲いかかる。
スリサズは杖を構え、吹雪を呼び出す呪文を唱えた。
☆ ☆ ☆
事の起こりは半月前の、いわゆる冒険者の酒場。
いつ行ってもミルクばかりを勧める店主に、よっぽど酒に自信がないのかとからかってみたら機嫌を損ねてしまったようで、今日の依頼はこれしかないと、明らかに見入りの少なそうな仕事を示された。
近隣で相次ぐ墓荒らしの捜査。
狙われているのは貧しい村々の墓地ばかりなので、複数の村で賞金を出し合っても、わずかな額にしかならない。
それにしても奇妙な事件だと、店主は首をひねっていた。
普通なら――墓泥棒に普通も何もないのだが、それでもあえて普通と言えば――墓泥棒の目的は、死者と一緒に棺に納められた思い出の宝飾品。
だから金持ちの墓でなければ、わざわざ荒らす価値はないはず。
不気味だ。
気持ちが悪い。
店主はそう繰り返していた。
魔法が使える冒険者は貴重なので、普段のスリサズなら、もっと割の良い仕事しか相手にしない。
だからスリサズがこの依頼に食いついたのには店主のほうが驚いた。
「被害のあった日付けと、村の位置が、ね……」
日付けに沿って地図を指でたどる。
犯人は、スリサズの故郷の方角へ向かっていた。
☆ ☆ ☆
スリサズの吹雪の魔法が
しかしそれは囮だった。
スリサズの足もとから死者の腕が生え、細い足首を分厚いスノーブーツ越しに掴む。
「固まれ! 砕けろ!」
スリサズが杖の先で死者の腕をたたく。
死者の腕がカチコチに凍りつき、砕け散ってキラキラ輝く。
その隙にまた別の死者が、ブラムを取り囲んでいた。
☆ ☆ ☆
墓荒らしの足取りをたどる道程で、被害に遭った村にスリサズが立ち寄ると、自警団が奇妙な老人を取り囲んでいた。
その老人がブラム。
伝説がどうとか教団がどうとかわめいていたが、要約すると、山奥の小さな集落から出てきたばかりで右も左もわからず困っているらしい。
その様子が、墓荒らしの事件を受けて結成されたばかりの自警団員の目には怪しく映ったわけだ。
本人いわく、光の司祭。
その割りに護符の類は安物で、金も持っていなさそうだったが、とりあえず白ずくめなのでそれっぽくは見えた。
スリサズは、最初は遠巻きに眺めていた。
ブラムは、誰もが知っていて当たり前であるかのような態度で、自分の教団の名前を叫んだ。
『天の牙を封じる光』
村人はキョトンとしていたが、スリサズは、どこかで聞き覚えがあると感じた。
それが幼い頃に父から教わった名前だと思い出したのは、スリサズが村人を鎮めてブラムから話を聞き出している最中にだったが。
ブラムの語るところによれば、墓荒らしの正体は、教壇から逃げ出した光の巫女。
闇の力に
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