第3話 一年前の雪辱

 十四歳になったスリサズは、旅の中で流れ着いた大きな町の大きな図書館で、ゴーレムの頭に生えていた草について調べていた。

 スリサズの魔法はあのゴーレムに傷をつけることはできなかったが、頭の草の葉を一枚、落としていた。

 その葉っぱを乾かして標本にしたものを、図鑑の挿絵と見比べる。

 どちらの葉も、葉脈が数字の形に浮き上がっていた。

 挿絵の葉っぱの数字は百。

 標本の葉っぱは九十九。

 図鑑はこれを、百年菊と記していた。


(はるか東の国で咲く、百年かけて育つ花……ね……)

 メイブリック村がある地域に自生するような植物ではない。

 誰かが、きっとゴーレムの製作者が、ゴーレムの頭に種を植えたのだ。

(でも、何のために?)


 スリサズは別の本を手に取った。

 古今東西殺人鬼辞典。

 悪趣味な本だ。

 切り裂きジョニーのページをめくる。

 ジョニーの百回目の命日はもうすぐだった。




 スリサズはその日を狙って再びメイブリック村を訪れた。

 あの後、噂を聞きつけた何組もの冒険者達がゴーレムに挑んだものの、いずれも惨敗。

 ただ、度重なる挑戦により、墓に近づかない限りはゴーレムからは襲ってこないと判明し……

 シッカートは、切り裂きジョニーの命日に合わせて、ジョニーの墓の見学ツアーを強行していた。


 観光客の一団は、滝の上から安全にゴーレムの墓参りを眺めていたが、滝が高いので墓まで遠くて良く見えず、やがて退屈して騒ぎ出してしまった。

 滝は、高い。

 だからゴーレムがここまで上がってくるはずないと、誰もが高をくくっていた。

 ゴーレムが、ジャンプした。

 たった一回のジャンプで、ゴーレムは滝を超え、観光客の頭上を飛び越え、一行の背後に着地した。


 ゴーレムには感情はない。

 だから怒っているわけではない。

 ただ、墓参りという『使命』を邪魔されたという事実があるだけ。

『使命』の妨げになるものを排除するのも『使命』の一部であるというだけ。

 滝が立てる轟音を、人々の悲鳴が飲み込んだ。


 怯えきった視線の先に、人の身の丈の二倍のゴーレム。

 思わず後ずさりをしたかかとが、崖のふちに触れ、また悲鳴。


 そこに……

「ブリザード!!」

 茂みの中から巻き起こった氷の嵐が、ゴーレム目がけて襲いかかった!


 ゴーレムは吹雪を振り払って茂みへ突進。

 茂みから素早く飛び出したスリサズは、木の陰に隠れながら更なる吹雪をゴーレムに撃ち込む。

 ゴーレムの腕が大木をなぎ払うが、そこにはすでにスリサズは居ない。

 攻撃対象を捜すゴーレムの目線が、観光客の一団に戻る。

「こっちよ!」

 スリサズはゴーレムを引きつけるべく氷を炸裂させた。



 攻防は二時間に及んだ。

 逃げ出そうにも倒木に阻まれて身動きが取れない観光客の間から、いつしかスリサズへの声援が上がり始める。

 だけどスリサズが、ゴーレムの頭で揺れる黄色いつぼみに魔法が当たらないよう細心の注意を払って戦っていることには、誰も気づいていなかった。


 傾き始めた日差しの中で、ついにゴーレムの体が崩れ始めた。

 百年間、狂った殺人鬼の墓を守り続けて。

 でもその墓は今はもう観光地。

 これからは村の人達が守ってくれる。

「……お疲れさま」

 ゴーレムの頭部だった土くれの上で、百年菊が大輪の花を咲かせていた。


 観光客の拍手喝采を浴びながら、スリサズはシッカートの前に歩み出た。

「さあ、一年前にもらいそびれた依頼料と、あの後で役場がゴーレムにかけた賞金を払ってちょうだい。それから観光客の命を救った分もねっ」


 実はこのゴーレム、スリサズが倒したわけではなかった。

 遠い異国から百年菊の種を持ち込んだゴーレムの作り主は、魔法で開花の日付けを設定し、花が咲くとゴーレムの魔法が解ける仕組みにしていたのだ。

 開花の日付けをスリサズは、切り裂きジョニーの没後百年の命日と読んだ。

 時間まではわからなかったので、スリサズが現場に着く前に菊が咲いてしまったらこれはもうあきらめるしかないが、逆に咲くのが夜中にでもなれば、それまで戦闘を引っ張るつもりだった。

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