氷の魔女と百年菊

第1話 九十九年前の犯行

 薄暗い明かりの下で、痩せぎすの男が少女に語る。


「知っているかね? 来年でちょうど百年になる。

 その時代、この町は、一人の男によって恐怖のどん底に突き落とされていた。

 悪魔の化身とも呼ばれたその男の名は……」


「……切り裂きジョニー」


 ぼそり、と……澄んだ、そして冷たい、少女の氷のような声。

 溜めた言葉をさえぎられた男は、しかし満足そうに微笑む。

 グラスの中で、魔力の氷がカランと鳴った。


「被害者は四人」

「たったの?」

「平和な町は大騒ぎさ。何せ遺体は、それはそれは凄惨な殺され方をしていたんだからね」


 カウンターの向こうでマスターが息を呑んだ。

 ここはいわゆる冒険者の酒場。

 当時十三歳のスリサズは、酒に入れるためのレモンをそのままジュースにしてもらっていた。


「切り裂きジョニーは自警団を欺き、包囲網をかいくぐって町を抜け出したのだが……

 メイブリック村の納屋に隠れていたところを住人に見つかってリンチに遭い、自分が殺してきたどの被害者よりも悲惨な死体となった」


(メイブリック村……)


 スリサズが頭の中で地図を描く。

 今居る町から馬車で半日ほどのところにある、何の変哲もない小さな村だ。

 目の前に居る男は、メイブリック村の……


「メイブリック村の当時の神父は、聖職者の意地で、前代未聞の殺人鬼の遺体を教義のとおりに葬った。

 しかしすぐに、切り裂きジョニーに恨みを持つ者や、ただおもしろがっているだけの者が、この町はもとより外国からすら集まってきて墓を荒らしてね。

 それで神父はジョニーの墓を、森の奥の人目につかない場所に建て直し、ゴーレムに守らせた。

 そのゴーレムが、最近になって発見されたのだよ」


 退屈そうにグラスを見ていたスリサズの視線が、いぶかしげなものに変わって男に向けられる。


「神父に魔法の素養があったのか、誰かに頼んで作ってもらったのか。

 その辺は歴史のナゾってやつなんだがね。

 ゴーレムが居るってことは、近くにジョニーの墓があるってことなんだ。

 で、氷の魔女殿への依頼。

 切り裂きジョニーの墓を探すために、邪魔になるゴーレムを退治してもらいたい」


「殺人鬼のお墓なんか見つけて何すんの? 今さら復讐?」


「いやいや、まさかまさか」

 男はゲラゲラと品なく笑った。

「ヤツにはね……役に立ってもらうのさ――地域活性化のために!」

 痩せぎす故に目つきまで悪く見える男が、両手を広げて熱く語る。

「切り裂きジョニーの墓を観光地化して人を集める!

 そりゃあ十年前、二十年前の事件ならば不謹慎とも言われもするが、これが百年前となれば、恐ろしさの中にロマンチックさまで感じさせる伝説となるのだよ!」

 目つきが悪いだけの普通の人、メイブリック村の役場に勤めるシッカートおじさんの高笑いが、むさ苦しい酒場いっぱいに響き渡った。




 馬車に揺られて村に着き、今日はもう遅いからと宿屋に通される。

 夕食は、村の名物……になる予定の……切り裂きジョニーパンだった。

 コッペパンに複雑な切れ目を入れてイチゴジャムを流し込んだもので、手で持つと指で押されて、切れ目からジャムが流れ出る。

 パンもジャムも上質で、スリサズは指をベトベトにしつつもおいしく食べていたが、名前を聞いた途端にちょっと吐きそうになった。

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