第8話 春告げ鳥の仕事

 目を覚ましたハロルドは、コロンが運んだパンをガツガツと食べた。


「ねえ、ハロルド。さっきの手紙って何だったの?」

「山の女神の夫からのだよ」

「ええ!? 女神様、結婚してたの!?」

「うん。すごく遠くの山の神様とね。この夫婦に手紙を届けるのが春告げ鳥の本業。春告げ鳥は本当は郵便屋なんだ。みんなには内緒だよ」


 神様同士の手紙のやり取りの存在を、人間に知られてはならない。

 もし悪い人間が夫に当てた手紙を盗み、妻の筆跡を真似て『あの国は悪い国だからやっつけてほしいの!』なんて嘘を書いたものとすり替えてしまったら……

 六年前のスリサズならばまったくわからなかっただろうが、今のスリサズには想像ができた。


「じゃあ、楽師ってのはただのカモフラージュなの?」

「ううん。これも神様の依頼。僕が吹いてるのは女神の夫が作った曲だよ。村の人の前では自分で作った曲も吹くけど、女神に奉げるのは夫の曲だけ。そういう契約なんだ」


 女神の夫は、花畑村よりはるか南の果てに居る。

 南国を通り過ぎて、さらにはるかな南極の山。


 夫婦神の間には確かな愛情があるとハロルドは語った。

 例え一生……

 人間の一生をはるかに超える永さの一生、互いの顔を見ることがないとしても。




 コロンがティムとボビーを呼んできてくれたので、二人に担架を担いでもらって、ハロルドを洞窟から出して山から下ろした。

 その後、コロンは春告げ鳥を救った英雄として、村長の家で大切に飼われることになった。


 スリサズとティムとボビーで話し合って、ポーラが死んだのは隠せないにしても、仮面についてだけはハロルドには言わないようにしようと決めた。

 けれどこの秘密は、噂好きの村人によって悪意なくあっさりとバラされてしまった。


 ハロルドはひどく落ち込んだが、それでも女神のために恋の曲を吹き続けた。

 南の山の神が作った曲だけを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る