第8話 イステラーハは夜風の中で

「サハラーア王国が一〇〇年前のように今も強いままならば、幽霊船やキャプテンが、こんなに長い間、放置されるなんてこともなかったんだがな」

 ザワージュ号が燃えカスになった頃、ようやくイステラーハがロゼルに追いついた。

 ラクダに乗っているが、そのラクダが幽霊船を怖がってしまったせいで、結果的に歩くよりも遅くなったのだ。


「あら?」

 スリサズが依頼人から預かっているペンダントが、イステラーハの方に吸い寄せられた。

「あなた、ロゼルの依頼人よね? そのブレスレット、ちょっと見せてくれる?」


「これかい? 私の先祖が恋人からもらったものだよ。その恋人とは結ばれなかったがね」

 長身のイステラーハは小柄なスリサズのために膝をかがめて右手を差し伸べた。


 赤、青、緑の石で飾られた、群島の王家のティアラやペンダントと同じデザインのブレスレット。


「もしかしてご先祖様って砂漠の王族?」

「どうしてわかった?」

「ただのカンよ」

「正確には私は王家の“血筋”ではないんだけれどね」


 船が沈没してキャプテンだけが生き残り、群島の王はキャプテンだけでなく海辺の国の全ての人間を恨んだ。

 海辺の王はキャプテンを恨みつつも群島の王の態度にも危険を感じ、群島の国が海辺の国を攻撃するのではないかと恐れ、死んだ王子の妹を、共通の敵だったはずの砂漠の国の王子に嫁がせようとした。


 しかし……


 群島の王が亡き娘に望まぬ結婚を強要していたことと、海辺の王女が群島の王女を侮辱したこと。

 その両方に怒り狂って、砂漠の王子はどちらの国も滅ぼした。


「サハラーア王国とシャーティー王国も……」

 言いかけてイステラーハは、スリサズがムスッとしているのに気づいて言い直す。


「砂漠の国と海辺の国ももともと領地の取り合いで仲は悪かったが、火の神を崇める砂漠の国と、水の神の群島の国は、宗教的に相容れなくてね。砂漠の王子と群島の王女が恋仲だなんて絶対に知られちゃならなかったのさ。海辺の国は風の神信仰だから気まぐれでいいんだけれどね」

「オンナノコ一人のために国を二つ滅ぼしたの?」

「愛と権力は相性が悪いんだよ」



 砂漠の王子は王になってからも誰とも結婚せず、適当な戦争孤児を養子にして跡取りに仕立てた。

 これがイステラーハの先祖なのだが、これに貴族達が反発。

 誰の子でもいいっていうならウチの子でもいいじゃないかと、王位を巡る争いが起きて、砂漠の国は分裂してしまった。


 広大な砂漠に無数に散らばる小さなオアシスの集落は、かつてはどれも砂漠の王国の一部だったが、今はそれぞれが独立国家となっている。


 ちなみにイステラーハが長を務める集落は、住人の半分は海辺の国の人の子孫である。

 海辺の王国が滅びた後、生き残りが流れ込んできたのだ。



「それで君、このブレスレットがどうかしたのかい?」

「別に。あたしが受けた依頼はティアラだけだし」


 スリサズの依頼人は群島の王女のいとこの子孫だと自称していたが、その証拠だという王家のペンダントが本当に先祖から受け継いだものなのかなんてスリサズには確かめようがなく、どこかの質屋で手に入れたという可能性だってなくはない。

 ともあれその依頼人は、幽霊船から回収したティアラを草原の国の王子との結婚式で着けたいらしい。

 草原のマルジュ王国がどんな国かは……草原があるという以外はスリサズは知らない。

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