第6話 スリサズは甲板で

 幽霊船の甲板に出て、スリサズは頭に二つ重ねて乗っけた冠が船の揺れや風で落ちないように手で押さえた。


 一つは群島の王女の遺品。

 王女のいとこの子孫から回収を頼まれたのだと話したら、意外なほどあっさりと渡してくれた。


 もう一つは海辺の王子の遺品。

 こちらも簡単に手に入った。



 船の進行方向、砂の上にキャプテンの姿が、その先にオアシスが見える。

 ロゼルがキャプテンを追ってきているけれど、幽霊のように出たり消えたりのできない体では砂に足を取られて間に合いそうになく、剣が届かないならばと魔法で攻撃すれどもこれも当たらない。


(なんかわかんないけどあのキャプテンをやっつければいいのかしら?)

 スリサズはロゼルが受けていた依頼の内容を思い出した。

 オアシスを守れ。


(この海水がオアシスに流れ込んだらロゼルの依頼は失敗なわけよね。てことは、そのキャプテンとオアシスが、なんか知らないけど関係がある、っと?)

 赤毛の剣士に意地悪をしてやりたいなんてことが一瞬だけスリサズの頭をよぎるが、すぐにそれどころではないと思い直す。


 オアシスのほとりには町の明かりが広がっている。

 住人は何も知らずにいつもの夜を過ごしているのか、それともパニックになっているのか。

 夜間だし距離があるのでスリサズには見えないが、そこに人々の生活があるのは間違いない。


 スリサズは魔法の杖を構えたが……

(風が強いし船の揺れも激しい。もっと引きつけてからじゃないと当たらないわね)



 風に乗ってしわがれた男の声が響いてくる。


「王女様! 王女様! 聞こえているのでしょう!?」


 この世ならざる者の声。


「わしはシャーティー王国の者。シャーティーの王子に仕える身。我が船に我らが王子を乗せて、ジャズィーラ王国へ貴女を迎えにあがりました。貴女と王子の結婚式を挙げるために、わしは舵を取っていました。それなのに、わしは貴女に一目惚れをしてしまいました!!」


 その告白は、風の音に混じっておどろおどろしく轟いた。


「年甲斐がないのはわかっておりました! 身分違いなのもわかっておりました! ですがわしは見てしまったのです! 式の前に、王女様が一人で泣いておられるのを!! わしは貴女を政略結婚から救い出したかった!! ただそれだけだったのです!!」


 ザワージュ号はキャプテンに向かってまっすぐ進む。

 キャプテンもザワージュ号に向かって砂の上を歩くでもなくまっすぐに漂ってくる。


 スリサズは杖を下げた。

 攻撃をするつもりはもうなかった。


 キャプテンが、嬉しそうに懐かしそうに、ザワージュ号の竜骨キールに触れた。

 船底の中央を支える一番大きな木の部品だ。

 一〇〇年の時をかけての再会だった。

 キャプテンに優しく撫でられても、ザワージュ号は止まらなかった。


   ぷちっ。


 ザワージュ号がキャプテンを踏みつぶした。


「やれやれ、やっぱりね」

 スリサズが肩をすくめ、そしてようやく船は止まった。

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