第5話 ロゼルは砂漠の酒場で
「若いの、傭兵かい? こんな砂だらけのサハラーア王国なんかに仕えるのはやめておきな。あいつらロクなモンじゃねえ」
キャプテンの言葉に酒場の客が殺気立つのを、戻ってきたイステラーハが素早くなだめる。
なかなか人望があるのだなと思いつつ、ロゼルはキャプテンに向き直った。
「・・・オアシスの真水が一夜にして海水に変わるという事件が起きている」
「砂漠の奴らが好きそうな与太話だな」
「・・・この一〇〇年で三件・・・いずれも実際の話だと確認した」
「ほう?」
「・・・砂漠の真ん中で幽霊船を見たという人が居る」
「何だ、急に話を変えるな」
「・・・オアシスが海水になる直前に、その幽霊船が目撃されている」
「ふむ。不思議な話だな」
ロゼルはハーブティーを一口すすった。
「・・・貴方の船について訊きたい・・・ザワージュ号のことだ」
「あれは良い船だ。美しい船だった……」
「・・・その船で海辺の王子と群島の王女の結婚式が行われていた」
「政略結婚だ。悲しい式だった。王女は密かに泣いていた」
他の客が笑い出した。
「おい、聞いたか? ザワージュ号だってよ!」
「一〇〇年も前に沈んだ船じゃねーか! 何で見てきたみたいに語ってるんだよ?」
「ギャハハハハッ」
「ハハ……は……は!?」
笑い声が悲鳴に変わった。
キャプテンの、初老なだけで一〇〇歳を過ぎているとは思えぬ顔が、蜃気楼のようにグニャグニャとゆがんだからだ。
客が逃げ出し、マスターはポカンと口を開けている。
この男が幽霊だと知っていたのはロゼルとイステラーハの二人だけ。
ロゼルの事前調査に寄れば、キャプテン自身も自分が死んだと気づいていないはずだった。
ため息とともに、キャプテンの顔が元に戻った。
「一〇〇年? もうそんなに経つのか?」
「・・・ああ」
「王女も王子も皆、死んだ。こんなはずではなかったのにな……」
「・・・ザワージュ号は、砂漠をさすらう幽霊船になった」
「な……に……?」
「・・・知らなかったのか?」
「ああ。まさかそんなことが……」
「・・・防ぎようのない事故だったと聞いている・・・一説には砂漠の国の攻撃によるものだったとも・・・それでも貴方は王子と王女を死なせた責任を追及された」
「処刑されかけて砂漠へ逃げた。逃げて逃げて逃げ続け……そのまま死んでいたのか……気づかなかった……まさか一〇〇年も経っていたとはな……」
「・・・俺は貴方のニオイをたどってここに来た・・・貴方から漂う、海のニオイ・・・潮のニオイと腐った魚のニオイが混ざったような・・・このニオイが通り過ぎた後、オアシスに幽霊船が現れる」
「ザワージュ号が、わしについてきているというのか?」
「・・・そう・・・そしてオアシスの真水が海水になり、魚は死に、作物も枯れる」
逃げずに見物を続けていた客達が再度ざわめき出した。
「あいつのせいでオアシスが?」
「サハラーア王国への復讐のつもりか?」
キャプテンは特に声を張り上げるでもなく、ロゼルにだけ聞こえていればいいというように言葉を続ける。
「わしはただ、風の吹くままに流されていただけだった。このコートに帆のように砂漠の風を受け、風に逆らう気力もないまま、舵の壊れた船のようにな……。地図もコンパスも何もなく、昼の日差しを避けて夜の闇をさ迷い、明かりに吸い寄せられてオアシスの町へ着けども、敵国なので長居もできずに夜のうちに立ち去る。ただそれだけだ……」
「・・・わざとじゃないのはわかっている・・・わざとなら一〇〇年で三件は少なすぎる・・・貴方を責めるつもりはない・・・まずはここのオアシスから離れて、後のことは神官と相談を・・・必要なら葬式も・・・」
周囲の客がまたざわめいた。
「おいおい、そんなあっさり許すつもりかよ!?」
「余所者が勝手に何を言ってやがるんだ!? 俺達の仲間の町がやられたってんだろ!?」
「復讐だ!! 復讐をするべきだ!!」
キャプテンの顔が再びグニャリとした。
今度は蜃気楼のように神秘的にではなく、ただ醜く、そしてゆがんだままの形を留める。
「復讐か。良い響きだ」
「・・・おい」
「そもそもサハラーア王国の脅威さえなければ、王女が嫌々政略結婚をさせられることもなかったのだ!」
「・・・待て・・・何の話だ?」
「ザワージュ号を迎えに行く!! そしてともにサハラーア王国への復讐を果たすのだ!!」
そう言い残し、キャプテンの姿は幽霊らしくスッと掻き消えた。
「・・・!」
「お人好しめ。これからどうする?」
イステラーハがロゼルの肩をたたいた。
「・・・こっちが本業なんで」
ロゼルは腰の剣を示した。
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