第2話 怪盗参上?

「名探偵!?」

 スリサズは目をぱちくりさせてホーミィを見つめた。

「そーよ! 名探偵であるワタシの推理をもってすれば、怪盗セルアを捕まえるのなんてちょちょいのちょいよ!」

「おおっ!!」

 スリサズが目をキラキラさせる。

「ふっふっふ。ワタシの推理を見てなさい!」

 そして何を始めるかと思いきや、ホーミィは手に持ったステッキをおもむろに地面に立てて、手を放した。


   ぱたり。


 ステッキが倒れる。

「謎は解けたわ! セルアはこっちよ!」

 そしてホーミィは、ステッキが倒れた方向へと走り出した。

「……それのどこが推理よ?」

 スリサズは目をジト~っとさせて、自称名探偵の後ろ姿がイチョウの木々の向こうに消えていくのを見送った。



 崖の上からは犬と男女の楽しげな声が聞こえてくる。

 スリサズは、別に心配されたいわけではないが、何だかおもしろくない気持ちになった。


(ロゼルが声を出して笑うのって珍しいのよね)

 足元の落ち葉を意味なく蹴散らす。


(まあ、ロゼルは子供の頃から犬が好きだったからね)

 金髪やツインテールが好きだったかは記憶にない。


 ただ、ロゼルが本物の剣を手にする前、木の枝を振り回して稽古をしていた頃は、今よりも良く笑っていたのは覚えている。

 スリサズとも良く遊んでくれた。



「居たわ! 怪盗よ!」

 林にホーミィの声が響いた。


「ホントに!?」

 スリサズが慌ててそちらに駆けつける。


 背丈のそろった人工的なイチョウ林の中で、遠目にも目立つ、一本だけ飛び抜けて育った大木。

 その根元にいかにも怪しげな人影が縮こまって身を隠していた。


「何でわかったの!?」

「この杖には、魔法の力が込められているのよ!」

「杖はすごいけど、それって推理じゃないから!」


 人影が逃げるような仕草を見せる。

 それはメイド服姿の一見地味な栗毛の少女だった。


 スリサズの脳裏を、ブリジットお嬢様から聞かされた話が駆け抜ける。

 怪盗セルアはメイドに変装して屋敷に潜り込んだ。


「逃がさない! フローズン!」

 呪文を唱えつつ、チューリップ型の杖を大きく振り下ろす。

 スリサズの得意技の、氷の魔法。


「ひやあああ!?」

 メイド服少女の悲鳴が響く。

 チューリップの花びらの中から噴き出した無数の氷の粒が、蜂の群れのようにターゲットに襲いかかり張りついて、メイドの頭部だけ残して全身を包み込み、カチコチに固まり、閉じ込めた。



「怪盗セルア、召し捕ったりィ!! さあ! 盗んだメダルを出しなさい!!」

 氷づけになったメイドにスリサズが詰め寄る。


「わ、わたし、そんなの持っていません!」

 脅えているのか氷が冷たいからなのか、メイドが声を震わせる。


「あれ? あんたは……」

 ホーミィがメイドの顔を覗き込もうとすると、氷魔法の余波で眼鏡が真っ白に曇ってしまった。



「怪盗セルアはどこですの!?」

 落ち葉にガサガサと足音を響かせて、ブリジットお嬢様が駆けてきた。

「スリサズさん! どういうことでございますの? こちらのデイジーはわたくしに仕えている小間使いですわ!」

 お嬢様が叫ぶ。


「この人、セルアの変装じゃーないの? てゆっか小間使いって何?」

 スリサズが首をかしげる。


「主人の身の回りの雑用を専門に行うメイドですわ。髪を結ったり着替えを手伝ったり……」

「着替えぐらい一人でできない?」

「着付けに手のかかるドレスもございますのよ! とにかくいつもわたくしのそばに居る係りなのに間違えるわけございませんわ!」


 スリサズは、まだ信じていない顔でデイジーの方に視線を戻した。

「だったら何でコソコソしたのよ?」

「ス、スカートが枝に引っかかって破れてしまって…」

「どこが破れてるってのよ?」

「や! 見ないでください!」


 そんなやり取りをしている横で、ホーミィがシャツの裾で眼鏡のレンズを拭きながらやれやれと肩をすくめる。

 そこに……


「ワンワンワンワンワンワン!」

 キャロラインが駆けてきた。


「ワン!!」

 巨体の闘犬が飛びかかった相手は……


「わわっ! ちょっと待ってストップ! ストップ!」

 デイジーではなく、ホーミィだった。

 ホーミィはキャロラインに追われて、眼鏡を手に持ったままイチョウの大木の周りをグルグル回る。


「ははーん」

 スリサズはあごに手を当ててうなずき、チューリップの杖を振り上げた。

「さてはあんたが怪盗セルアだったのね! だからデイジーさんに罪を着せようとしたんだわ!」

 スリサズが再び魔法を炸裂させて、ホーミィを氷づけにした。



「待ってください! ホーミィさんはお屋敷の使用人仲間です!」

 今度はデイジーが叫んだ。

「そそそそうよ! ワワワワタシはキャロラインのお世話担当のメイドなのよ!」

 ホーミィも氷の中で寒さに歯をガチガチ言わせながら訴える。


「その割にはちっとも懐いていない感じだけど?」

「ままま前はこんなじゃなかったの! キキキャロラインがイラついているのは、怪盗セルアのせいなのよ! セルアに逃げられてからずっと、変に吠えたり暴れたりするようになっちゃって……セルアを捕まえてキャロラインを落ち着かせてあげたくて! だからワタシは仕事を休んでセルアの行方を追ってたの!」


「ふむ……」

 キャロラインは氷をがじがじ齧っているが、氷からはみ出すホーミィの頭は噛もうとしていない。

「とととところでそこに居る人は誰?」

 ホーミィが、氷づけのまま顎だけ動かしてブリジットを示した。



「そーいえば……」

 スリサズが冒険者が集う酒場の張り紙でこの依頼を見つけ、店のマスターの仲介でブリジットに会いに行ったところ、彼女は待ち兼ねた様子でお屋敷の門の前に立っていたのだが、ブリジットが屋敷から出てくるところは見ていない。

「今度こそ謎は全て解けたぁ!!」

 スリサズはブリジットを氷づけにした。



「ななな何をなさるんですか!? その方は本物のブリジットお嬢様です!!」

 デイジーが大慌てで叫ぶ。

「えー? でもホーミィさんが……」

「あああ、おおおお嬢様だったんですか? ワワワタシはただ、メメ眼鏡をかけてないと顔がわからないって意味で言ったんですけどどどどど」

 曇りを拭いている途中だった眼鏡は、今はそれを持つホーミィの手と一緒に氷の中に閉じ込められていた。




「・・・おい・・・スリサズ」

 気がつけばロゼルが、仲間に入りたいのか入りたくないのか良くわからない距離の位置に立っていた。

「何よ? あんたがセルアの変装じゃないってことなら、あたしが保証してあげるわよ」

「・・・そうじゃなくてだな」

 ロゼルは頭を掻きつつ歩み寄ると、イチョウの大木を力いっぱい蹴飛ばした。


   ずざざざざっ!!


 木の上から、黒髪黒服黒い靴、全身黒ずくめの女の子が落ちてきた。

「・・・こいつが怪盗セルアだよ」

 枯れ葉が遅れて舞い落ちる音に、ロゼルのため息が重なった。

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