氷の魔女とイチョウとモミジと探偵と怪盗

第1話 探偵登場!

「そりゃあさ、木の葉を隠すなら森の中とはいうけれど、何も文字通りにジッコーすることないと思うのよね」

 黄色く染まった見渡す限りのイチョウの林の真ん中で、スリサズは誰にともなくつぶやいた。


 氷の巨人を意味するその名に、風雨に汚れた旅装束姿の、十四歳の少女。

 彼女がため息をつく間にも、扇形の葉っぱはヒラリハラリと彼女の周囲に舞い落ちる。



 事の起こりは数日前。

 この辺り一帯のイチョウ林を所有し、林業公と呼ばれる男のお屋敷に、怪盗セルアと名乗るコソ泥が入り込み、モミジの葉っぱが描かれた黄金のメダルを盗み出した。


 屋敷で飼われている犬がコソ泥の臭いを追いかけ、イチョウ林に逃げ込んだ彼女を発見。

 しかしあと一歩のところで取り逃がしてしまった。


 去り際に怪盗セルアはこう言い残した。

『モミジのメダルはこのイチョウ林の落ち葉の中に隠した! 見つけられるものなら見つけてみろ!』


 屋敷の使用人が総出でイチョウ林を捜索したが、メダルは見つからなかった。

 セルアが本当にここにメダルを隠したならば、取りに戻るための目印を残していなければおかしいのに、目印どころか目印の手がかりすらもない。


 林業公は、セルアが嘘をついたのだと考えて、林の捜索を早々に打ち切った。

 セルアだってとっくに別の町に逃げてしまっているだろう。


 メダルは林業公の息子のコレクション品で、林業公自身はメダルに興味がなく、息子は材木の取引のために町を離れている。

 よって今現在、この林でメダルを探し続けているのは……



 スリサズは、少し離れた場所で馬鹿でかい犬と遊んでいるロゼルの方に目をやった。

 スリサズの同業者、すなわち流れ者の何でも屋の、赤毛で長身の青年である。


 その傍らでは金髪ツインテールの美少女が、心配そうにスリサズの様子を見つめている。

 林業公の孫で、メダルの持ち主の娘のブリジットお嬢様だ。


 メイドに変装した泥棒をブリジットが騙されて屋敷に入れてしまったものだから、父親が帰ってくるまでにメダルが見つからなければブリジットが父に叱られることになるのだ。

(そしたらお嬢様がメダルの発見にかけた賞金もオジャンなのよね)


 スリサズは、季節外れ感の漂うチューリップ型のステッキをフリフリし、魔法で風を巻き起こした。

 ふわふわかさかさ、軽い枯れ葉が周囲から吹き飛ぶ。

 もしここに重いメダルが埋もれているなら、それは地面に残るはずだが、メダルは一向に出てこない。


 木の葉は前方に飛び、離れた場所で地面に落ちる。

 落ちる場所は、これから探そうとしている場所。

 さらに風にあおられて樹上の葉っぱも落ちてきて、まったくもって、はかどらない。


 スリサズはもの言いたげにロゼル達の方を見た。

「・・・俺の仕事はこっちだから」

「べ、別に手伝ってほしいわけじゃないわよっ!」


 スリサズがメダル捜しでこの林にやってきたのに対し、ロゼルは犬の世話係として雇われている。

 若いながらも歴戦の傭兵であり凶暴な魔物と何度も戦ってきた男がわんこのお世話などと聞くとおかしな感じもするが、ブリジットお嬢様の愛犬のキャロラインは、地獄の番犬かと思うような牙と体躯を持つ闘犬。

 先日の怪盗セルアを追い詰めたのはこのキャロラインなのだが、しかしそれ以降、何故だかずっと機嫌が悪く、もとの世話係は怖がって屋敷を出て行ってしまったのである。


「・・・メダルだから、円いんだよな」

「そりゃあね」

「・・・ギザギザだったら大変だったな」

「そりゃまあモミジの葉っぱはギザギザだから…って、何でギザギザだと大変なのよ?」

「・・・」


 キャロラインがいら立たしげにもたげた頭を、ロゼルが臆することなく優しく撫でる。


「あのさー、ロゼルー。ちょっと思いついたんだけどさー、この辺の葉っぱ全部、あんたの炎魔法で燃やしちゃったら……」

「・・・高温になって金が溶ける」

「むう」


 メダルに使われている金の量は林業公の財産からすれば些末なもので、そこに描かれたモミジの文様にこそ歴史的な価値がある。

 らしい。

 スリサズには良くわからない。


「そーだ!」

 一人でポンと手を打つと、スリサズは進行方向に背中を向けて、後ずさりしながら風の魔法を発動させた。

 スリサズの目の前から吹き飛ばされたイチョウの葉っぱは、調べ終わった場所へと落ちる。


「よし! これなら一度飛ばした葉っぱが邪魔になんないわ!」

 と、得意そうにロゼルに示すが、ロゼルは犬を撫でるので忙しくって、スリサズを見てくれていない。

 スリサズはほっぺたを膨らませてメダルの捜索を続けた。


 それからしばらくは順調だったのだが……

 後ろ向きに歩いていたせいで、後ろが崖になっていることに気づかず、スリサズは思いっ切り踏み外して大胆に落っこちてしまった。



「きゃあー!」

「きゅ~っ!」


 さほど高くない崖から落ちると、そこは見知らぬ少女の背中の上だった。

「うわわっ! ご、ごめんなさい! 大丈夫!?」

 スリサズが慌てて立ち上がる。

 二人を取り囲むイチョウの林は、崖の上と変わらぬ様子で広がって、落ち葉も変わらず降り続けている。


「大丈夫! 名探偵は不死身なのよ!」

 ぺしゃんこになったはずの少女は、元気良くピョンと跳ね起きた。

 どうやら厚く積もったイチョウの葉がクッションになったらしい。


 鹿狩り用の帽子をかぶり、季節にあってはいるが何かの仮装のようにも見えるコートを羽織ったその少女は、パイプがあれば決まるのだろうがそれがない代わりに瓶底眼鏡のつるを噛み、紳士用のステッキを構えてポーズを取った。

「ワタシは名探偵ホーミィ! 怪盗セルアを追っているの!」

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