第3話 裁きに喘ぐ者

 落とさないように潜水服にチェーンで繋いでおいた杖を握る。

 特殊な金属で作られた銀色の杖は、スリサズの魔法の力を増幅させる。


 海中をたゆたいながらスリサズは、心を静め、ヘルメットの中で呪文を唱えた。

「突き出せ、氷山!」

 杖が指す先、スリサズの頭上で、術を受けた海水が凍りつく。

 それは大きな塊になり、比重の関係で浮上して、真上にあった筏をひっくり返した!


 海上に出たスリサズは、壊れた筏の横に魔法で氷の筏を作り、その上に仁王立ちになって海面を睨んだ。

「これまでよ! 幻術師ッ!!」

 氷の魔女の視線の先では、ビレオは人魚のくせに溺れ、死んだはずのロッコは泳いで逃げようとしている。

「二人の周りの海水よ、凍りつけ! 二人を引っ捕らえよ!」

 スリサズの杖から魔法の光がほとばしる。


   カキーン! カキーン!


 杖を向けられた二人は、顔だけ外に出したまま、体は氷漬けになった。

 氷は海面にぷかぷか浮かび、溺れることはもうないが、逃げることももうできない。


 幻術の解けた姿を見てみれば、ビレオは老人人魚などではなくて、ただの人間の中年男性。

 少年人魚のロッコは、こちらは人魚ではあるが、これまた中年男性だった。


「町長の家の鏡に、本物のビレオ町長の遺体が映っていたわ。ナイフで刺し殺されていた」

 海上に氷の浮き橋を作り、スリサズがつかつかと中年人魚に歩み寄る。


「ロッコ……いえ……ウーロね。人魚の町の助役の」

 氷の中でウーロは、寒さのせいか恐れのせいか、ガタガタと体を震わせている。


「本物のビレオ町長を殺したのはアナタね。町長はダイイング・メッセージを残していたわ。アナタに刺されたナイフを町長が引き抜いた時、血煙が海水に広がったせいで気づかなかったんでしょ。町長は、そのナイフの刃で、床にアナタの名前と幻術師の共犯だってことを刻んでいた!」

 本来なら刺された時にはナイフをすぐに抜いてはいけないのだが、町長は自分が助からないのをわかっていたのだろう。


 スリサズは偽ビレオの方に向き直った。

「ウーロが本物の町長を殺したせいで、金庫を開けられなくなったのね。幻術では、人は騙せても物は壊せないから。だから金庫を壊せるだけの力のある適当な魔法使いを騙して連れてきて、話に信憑性を持たせるためにロッコなんてキャラクターを作った」


 偽ビレオ……まだ名前を聞いてもいない幻術師の男は、氷の檻の中で歯をガチガチと鳴らしている。

「おおお、おのれ! ままま、町の人魚どもがどうなっても良いのかっ!?」


 スリサズはあきれたように肩をすくめた。

「後ろを見なさいよ」


 偽ビレオが振り向くと、そこにはフィーナ夫人が人魚の警官隊を引き連れて海面に顔を出していた。


「アンタが何で宝珠を狙ったのかも、こっちはもうわかってんのよ! お金になるからなんかじゃなくって、人魚族の宝珠には、幻術を破る力があるわけなのね」


 町が幻術に陥れば、町長は金庫を開ける。

 身代金を払うためではなく、宝珠で幻術を破るために。

 そこをウーロが襲って宝珠を奪う計画だったが、しかし金庫を開ける前に町長に気づかれてしまった。

 だから偽ビレオはスリサズに、金庫ごと宝珠を壊させようとしたのだ。

 自分の術の弱点をこの世から葬り去って、その後その力を何に使うつもりだったのかは、訊いても答えはしないだろうが。


 フィーナ夫人が静かに口を開く。

「金庫はスリサズさんが鍵だけを丁寧に壊して開けてくれました。宝珠には傷一つついていません。町の人魚はみんな無事ですよ。わたくしの夫以外はみんな、ね……」


 夫人の声は決して激高してはいなかった。

 けれどその抑えた口調は隠せぬ怒りをはらんでいた。


「スリサズさん、ありがとう。この男は……できればわたくしのこの手で殺してやりたい……」

「フィーナさん……」


「ですがわたくしの夫は町の長。私刑など望みはしないでしょう」

「うん……」


「この男と、それにウーロは、われわれと同じ人魚として、われわれの法律できちんと裁判にかけます。スリサズさんへの謝礼は後ほど人間の町へ届けに上がります。では、わたくし達はこれで」

「……ん?」


 フィーナ夫人は深々と頭を下げて、そのままポチャンと海中に消える。

 見れば警官隊は、悪人どもを閉じ込めた冷たい氷に直接触らないためのロープを引っかけ終わっており、フィーナ夫人の後に続いて氷の中の二人を海中へ手際良く運び去っていった。


「…………。ええええええっ!?」


 スリサズが止める暇はなかった。

 偽ビレオがかけた幻術は実は完全には解けておらず、フィーナ夫人や警官隊には、幻術師が人魚のままの姿に見えていたのだ。


 追いかけようにも、ポンプを動かす人が居ないのでは、スリサズは海に潜れない。

 スリサズはあぜんとして海面を見つめ続けたが、いくら待っても、誰も上がってこなかった。

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