第4話 赤毛の王子

 大窓の枠に手をかけて、ロゼルが中を覗き込む。

 そして息を飲み、動きを止める。


(やっぱロゼルも見とれるんだな)

 その眼差しには、スリサズに向けるのとは明らかに異なる熱がこもっていた。


(んー。ちょっと夢中になりすぎじゃない?)

 スリサズがそろそろイライラしてきても、ロゼルは姫君から目を離そうとしない。


「ロゼルー! この階段、そんなに長く維持できないんだけどー?」

 それでもロゼルは上の空な返事で、まだお姫様に見入っている。


 唇が動いて……

(何か話してるの?)

 やがて……


 杖から妙な音が鳴り始めた。

「ロゼル! 杖が持たない!」

「・・・!」


 ようやくロゼルも我に返って、慌てて階段を駆け降りる。

「間に合わない早く!」

「・・・っ」


 ロゼルが地面に着くのと同時に階段が砕け散り、スリサズの手の中で杖も弾け飛んで、破片がスリサズの袖をかすめた。

「・・・大丈夫か?」

「それはこっちの台詞! それにしても、きれいなお姫様だったわね」

「・・・彼女をこのままにはしておけない」


 風が吹いてチューリップが揺れる。

 二人を包む花園。


 スリサズは、黄色いチューリップの花言葉を思い出していた。

“叶わぬ願い”

 叶わないのは、誰の願い?



「窓から入るのはお行儀が良くないわよね」

「・・・窓には結界が張られていたしな」

「そっ、そうよねっ」

「・・・気づいていたよな?」

「ももも、もちろんっ」


 スリサズはバサバサと背負い鞄をひっくり返して、新しい杖を十本ほど取り出して地面に並べた。


「・・・すごい数だな」

「ここに来るまでにこの倍は潰したわ。なかなか合うのがなくってね」


 その中には、木の枝を削っただけのような物もあれば、金属に細かな装飾を施した物もある。

 いかにも高級そうな品から、安そうに見えて実は高い品までさまざま。


 いずれの杖にも共通しているのは、何らかの魔法の力を帯びていることと、一般的な大人の魔法使いが扱う杖より細いこと。

 細ければそれだけ強度は落ちるが、太いとスリサズの小さな手には馴染まない。


 そしてもっとも重要なのは、杖を作った職人と、杖の使い手の魔力の相性。

 スリサズは杖職人からは“ひねくれもの”と呼ばれている。


「今度はこれにしよ」

 手に取ったシンプルなひのきの杖の先で、スリサズは確かめるように塔の扉をノックした。

 狙う位置を定め、呪文を唱える。

「突き破れ! 氷の槍!」


   ガガガガガッ!!


 扉の中央をうがつべく魔法を放つ。

 しかし扉には傷一つつかない。


「・・・俺の炎の魔法で」

「あたしがやるのッ!」

「・・・扉の話じゃなくて」


 ロゼルの視線は塔とは逆を向いている。

「!?」

 いつの間にやら二人の周りは、チノリアゲハの群れにぐるりと取り囲まれていた。


「昨夜あれだけやっつけたのに、まだこんなに!?」

「・・・マトモな生き物じゃない・・・大昔に姫を守ったと云う、黒い力の名残」

「何百年も経っているのにこの魔力……こんなに強い力を持つ魔法使いなら……相当なお宝を残してるはず! やっぱりこの塔、大当たりだわ!」

「・・・言ってる場合じゃないぞ」

 ロゼルが腰に下げた剣を抜き、刃に炎の魔法を灯す。


「あたしがやるの! 巻き起これ、ブリザード・ボム!!」

 ロゼルを押し退け、スリサズが杖を構える。


 しかし杖は魔法を発することなく弾け飛んでしまった。

 スリサズの魔力と相性が合わず、大技に耐えられなかったのだ。


「ううっ。お宝を見つけたら一流の杖職人にオーダーメイドを……」

「・・・下がれ!」


 ロゼルがスリサズを背中に庇い、炎の剣の一太刀で、三匹のチノリアゲハを切り捨てた。

 が……

 その三匹は、花園を覆い尽くす群れ全体の、ほんの一部に過ぎない……


「・・・!」

ロゼルの剣は一振りごとに確実にチノリアゲハを捉え、その動きにはわずかな隙も無駄もなく、次々と斬撃が繰り出されていく。

「・・・!」

 しかし魔力の蝶は切り伏せる度に新手が現れ、一向に数を減らさない。


「ロゼルってば何やってんのよっ? 大火炎とかの広範囲攻撃魔法をやればいいでしょっ?」

「・・・この状況では制御できない! ・・・君も巻き込まれる!」

「ちょっとぐらい平気よ! 杖なしでもバリアぐらい張れるし!」

「・・・平気じゃないし、ちょっとじゃ済まないし、杖なしのバリアじゃ持たない!」

「な! 何よ何よ! あたしだって杖さえあれば…」


 けれど肝心の杖は地面に散らかしたままで、その上をチノリアゲハが飛び回っている。

(何とかチョーチョどもの隙を見つけて……)


「前に出るなッ!」

 横から飛んできたチノリアゲハからスリサズを守ろうとして、ロゼルが体勢を崩した。


「嫌っ!」

 スリサズがとっさにロゼルを支えようとしたが、それが返って良くなくて、二人はもつれ合って倒れ、ロゼルの肩が塔の扉にぶつかる。

 と同時に……


   バタンッ!


 扉が開き、二人は塔の中に倒れ込んだ。

「何で!?」

 叫ぶスリサズの下から這い出し、ロゼルが素早く扉を閉めて、辺りを見回してチノリアゲハが入ってきていないのを確かめる。


「・・・塔の主が俺達を受け入れてくれたらしいな」

「お姫様は王子様を待ってるんだっけ? ロゼルってば、どっかの国の王子様だったの?」

「・・・赤毛なだけだ」

「?」

「・・・王女を裏切った王子は赤毛だったんだ」

「あんまし嬉しくない話だわね」

「・・・ああ」

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