俺と白兎の長かった一日

さて、村に辿り着いて何とか窮地を脱した俺たちだが、それからも大変だった。


まず、村の門番から質問攻めにあった。


そりゃあ衣服はボロボロで血が滲み、しばらく立ち上がれないほど憔悴している。


そんな状況だから俺たちに何かあったと思い、職務質問は言い過ぎとしても色々聞きたいだろう。


シカとバトルして、帰りにゴブリンと戦って勝ったが、増援が現れて逃げてきた。


俺が息も絶え絶えで伝えた内容を、要点だけ伝えたらこうなる。


門番たちは俺の話を聞いて、慌てたように動きだし、5人ほどで連れ立って森へと駆けて行った。


その頃には俺も落ち着いてきたので立ち上がり、残った門番に質問をしてみた。


「あの人たちは慌ててどうしたのですか?」


「え?ああ、初めて討伐受けたんだよな。まあ、結構近場までゴブリンがやってきてるようだから、見に行ったんだよ」


「あ、確かに問題ありますね、すみません」


「別に責めてる訳じゃないさ。村の連中や旅人も偶に同じような事するし。まあ、逃げ切れたんだからよかったな」


「ありがとうございます」


「あと、あれだ。ゴブリンの死体の処理に魔石もだろ?こっちも儲けさせて貰えるし、逆に礼を言わないとな!」


「は、ははは」


さて、この門番の青年が言っている儲けさせて貰う、には意味がちゃんとある。


ゴブリン討伐と言うよりも村からある程度近い場所での討伐依頼の場合、死体の処理をちゃんとしないと困る事になる。


討伐依頼の対象となる魔物や獣のほとんどが肉を食べる存在で、死体が恰好の餌になるのだ。


特にゴブリンやオオカミなどは繁殖力も高く、餌、ゴブリン1体で3体は増えると言われている。


だから討伐依頼では証明部位と魔石を回収した後、その場に掘り返されないように埋めるか、焼却してしまうのが常識。


ただ、今回のように死体をそのまま放置してしまった場合、村の門番を含めた自警団、もしくはギルドメンバーが処理にあたる。


その報酬はゴブリンやオオカミだと1体で銅貨1枚となり、処理をした証明として左耳をギルドに提出すればお金が貰えるシステムとなっている。


だから彼は俺に礼を言った訳で、今回は魔石もそのままだから、ちゃんと回収すればゴブリン3体で銅貨6枚、今日の酒代ぐらいにはなりそうだからである。


「あ、そのままの恰好で村中を歩かないでくれよ?一番近い井戸でせめて血糊だけでも流してくれ」


異世界でもこの格好は不審者ですか、やっぱり。


ですよねー。



「「「るなさま~」」」


「ごきげんよう。みんな、今日も元気ね」


「「「うん!」」」


村に入った俺たちを待ち受けていたのは、兎に群がる村の子供たち。


俺たちがこの村に来て1週間になるが、現在村人のほとんどが兎の信者?と言っても良いぐらい兎大好きな連中だ。


俺からしたらムカつくだけで可愛げのない白い毛むくじゃらの齧歯類も、彼らからすると可愛らしい上に礼儀正しく、その蘊蓄が受け入れられてちょっとしたアイドルになっている。


たしかに、二足歩行の白い兎なんだからテーマパークあたりだと人気者になるのは解るが、ここはリアル、ノンフィクションなのだからこいつの真実を見極めて欲しいものである。


異世界でノンフィクション?と思うかもしれないが、俺からしたらここはあくまでもノンフィクションなのだ。


ぜひ夢の世界のフィクションであって欲しい、と切に願ってはいるけどな!


「おい、ナオヤどうしたんだ?また馬たちに折檻うけたのか?」


「ちげえよ!これは冒険した結果だよ、戦場の勲章だ」


「「「おお~!」」」


で、俺も子供たちには好かれている、特に男子に関しては。


俺の身長はこの世界、村だとそれほど高い方じゃなく、目の前にいる10歳ぐらいの子供たちからすると、ちょっと年上のお兄ちゃんになるんだろう。


だから俺が相手をしてやると、こいつらもとても喜ぶ。


特に鉈やナイフなんかを見せた時は瞳を輝かせて俺に群がったものだ。


そんな子供たちだから、俺もこいつらの事を結構気に入っている。


「そして、これが今回の成果だ!」


「「「おお、マジかっけえ!」」」


「「「すっごーい!」」」


俺が鞄からオスシカの角を取り出し掲げると、子供たち、男の子だけじゃなく女の子たちも歓声を上げる。


俺はその歓声に気をよくして、そうだろうそうだろうと、オスシカとの戦闘を語りだした。


「この角を持っていたシカなんだが、あの辺のボスらしくてな?なかなか手ごわかったが俺の前では」


「私がシカとそのオスを倒したのだけれどもね。しかもその角は私が献上されたものよ、あなたの手柄じゃないわね」


「ちょ、おま」


「なーんだ、やっぱりルナさまの活躍かよー」


「おかしいと思ったんだよね~」


「るなさますご~い」


「ねえねえ、るなさま。やっぱりぴかぴかーでたおしたの?」


「ルナさまの雷すごいもんな!」


「「「「「「やっぱりルナさますごい!」」」」」


「うふふ、ありがとう、あなたたち。でも大したことないわよ、こんなこと」


ぴこん、兎への信仰心がアップしました。


なんて声が聞こえた気がした。


いや、そんな幻聴は聞こえてないからな、アニメじゃあるまいし。


てか、俺にもちょっとは称賛の声あっても良いんじゃないか?だって俺も頑張ったんだし、とブツブツ言いながらその光景を見ていた。


「なおやおにいちゃんもがんばったね」


村で一番幼い女の子からの慰めの言葉は、とても心に染みた。


ぐす、泣いてなんかないからな!


「兄貴分的な慕い方じゃなく、あれは同じ男の子として親しみね」


「止めさすなや!?」




子供たちとしばらく遊んでいたが、そろそろギルドへ報告に行くために歩き出した。


その途中で井戸があったので血糊を落とすために水浴びをしたのだが、ここでも近所の主婦連中に捕まった。


この主婦連中にも兎は大人気であり、こいつが話す蘊蓄、あっちの世界の知識で信仰心を集めている。


なんせ珍しい料理方法から効果的な染み抜きのやり方、掃除に役立つ植物など、彼女たち、いやこの世界の人間が知らなった事を教えていればそれも納得できるというものだ。


俺もそれなりに知識はある方だとは思うんだが、兎に比べたら穴あきの知識だし、下手に現代技術を拡散したらやばいのに目を付けられそうだし、中々上手く伝えられないでいる。


兎はその辺りも鑑みて話しているようで、ちょっとした工夫で身の回りや村近辺で取れる物を使った知識を披露して、称賛を得ていた。


まあ、ここでも兎すげー祭りが開催されて、俺が落ち込み、最年長の主婦に慰められるという展開がなされたので割愛する。


割愛したのは面倒だったり悔しいからではない。


ただ単純に、本当にさっきの焼き回しみたいな展開だったからだ。


「うふ、ごめんなさい、私ばっかり称賛されて」


「く、チクショウ!」


悔しくなんてないからな!


「まあ、くだらない事は置いておいて、ギルドへ報告しましょう」


「このめろう!」


そんなやり取りをしつつ、ギルドへと足を踏み入れると、ノランをはじめ、誰もギルドメンバーが居なかった。


あのいつも居る3人組も居ないのは初めてかもしれない、とか思いつつ、カウンターの中にいたミラさんに話しかけた。


「ミラさん、依頼を完了したから確認して下さい」


「あ、ルナさまとナオヤさん、こんにちは。服が大変な事になってますが、大丈夫ですか?」


「えっと、まあ、何とか。これも依頼の為ですから」


「体が資本ですからね、安全安全で頑張ってください。あ、依頼でしたね。提出をお願いします」


「今日は常駐依頼のゴブリンと通常依頼の2種類です」


「え?ゴブリンと戦ったのですか?無茶ですよ、初心者に。だからその恰好なんですね。本当に無理したらダメですよ」


「今回で十分理解しました。あ、で、モノはこれです」


「確かにゴブリンの耳ですね。3体分で銅貨6枚になります。魔石はありますか?」


「回収できませんでした。あと、それに関してですが、死体を放置する事態になりましたので、門番の方に伝えてあります」


「そうですか。では、死体処理料金を引いて報酬は銅貨3枚ですね。お確かめ下さい」


そう、死体の処理は村の存続にかかわる可能性がある案件なので、ちゃんと依頼として仕事が発生する。


だからこそ、1体処理すれば銅貨1枚の報酬が得られるのだ。


じゃあ、そのお金はどこから?


答えは死体を作った人、となるので、今回で言えば俺たちだ。


ゴブリンの討伐依頼は人気がない。


その理由は、安い報酬の癖に討伐が難しく、魔石も取りにくい、しかも死体の処理をしなければ報酬が減るからだ。


そりゃ先輩ギルドメンバーたちも積極的にやらないよな、ゴブリン討伐。


ちなみにゴブリンを一番狩っているのは村の狩人で、その次が門番などの自警団である。


やつらをある程度安全に狩れるのであれば、副収入として十分に見込めるので、彼らにとっては美味しい存在なのだ。


「あ、死体を放置したそうですが、なぜそのような事になったのですか?」


「あー実は」


ミラさんへゴブリンとの戦闘、その後の増援と逃亡について説明する。


その話を聞いたミラさんは、俺たちを心配そうに見つめてくるが、終わった事だし俺は無事なんだからと安心させておいた。


ミラさん、本当に良い子である。


あっちのテーブルで依頼報告を俺に任せて、新鮮な野菜を齧っているどっかの毛むくじゃらの齧歯類と違ってな!


「あと、これも確認して下さい」


「こ、これは、シカの角じゃないですか!しかも新鮮な角なんて、シカを仕留めたのですか?」


「戦いはしましたが、シカは殺してませんよ。角だけ手に入れました」


「それはそれで凄い事を。あ、もしかしてルナさまが関係してますか?」


「ええ、まあ」


「やっぱりそうですか!流石です、ルナさま」


「この人も完全に信者だよな」


「何か言いました?」


「いえいえ。あ、報酬はどれぐらいになります?依頼書にはモノを確認してからとなってましたし」


「あ、失礼しました。これだけ大きく、しかも新鮮であれば銀貨4枚、いえ5枚になりますね」


「そんなにですか!」


「はい。ただし、即金でお渡しできるのは銀貨2枚になります。残りは町で査定後となりますね。そこで金額が確定しますから、1週間後にはちょっとしたお金持ちですね、ナオヤさん」


「そうですか、すごくうれしいですよ。これで馬小屋じゃなく、宿屋に移動できそうです。あ、でもその前に服を買いたいな」


「もう馬小屋卒業ですか、おめでとうございます!」


俺はミラさんからお金を受け取り、服の売っている雑貨屋へと向かった。


兎も食事が終わったのか、俺の後を付いてくる。


その姿を首だけ振り返りながら見て、思わず顔をニヤけさせた。


これで俺も異世界の服を手に入れて、冒険者らしい格好をできるぜ!


と、ウキウキしていたのである。




「あら、思ったより似合うじゃない。駆け出しの域は脱しないけれど、ちゃんと冒険者に見えるわ」


「ああ、ありがとう」


兎が言ったように俺の今の恰好は、まさに冒険者といった服装である。


厚手の綿のシャツとズボンに革のベルトと革のブーツ。


胸には獣、オオカミの皮を鞣した革製の胸当てを身に着け、寒さと雨避けにマントも羽織ったスタイルだ。


武装は鉈とナイフなので、ちょっと恰好付かないが、切れ味や耐久性を考えればベテランたちが使う剣やナイフより品質は良かったりする。


そんないかにもな恰好をしている俺はテンションが上がって、兎から鬱陶しがられて


「あら?念願の冒険者スタイルになれたのに、どうしてそんなに浮かない顔しているの?」


居ることもなく、俺が落ち込んでいるのを疑問に思っているようだ。


たしかに俺の普段の言動から行けば、間違いなく俺は興奮して目の前の兎に自慢していただろう。


自慢どころか、マントを翻したりとか、いきなり鉈とナイフを抜いて構えたり、とポーズをとっていたに違いない。


たしかに、この格好は嬉しい。


だが、だがだな。


「ちゃんと似合わってるわよ。あなたたちもそう思うでしょう?」


「「「ヒヒン」」」


「チクショウ、なんでこんなに服が高いんだ!ブーツは新品だから解る!でも、マントもシャツもズボンも胸当ても中古品だぞ!なんで銀貨2枚もするんだよ!」


「あら、当然じゃない。ここは村なのよ?新しく服なんて買わずに皆おさがりよ。だから購入品のほとんどは町からの流通よ。その分高くなるの、常識じゃない」


「パン1個で銅貨1枚の貨幣価値だから、もっと安いと思うじゃないか!宿屋の料金とか考えてもだ!」


「価値価格の違いね。まあ、ちゃんとゴブリン討伐の報酬で今日は赤字じゃないのだし、何が不満なのよ?」


「馬小屋なのがだよ!」


「私は満足しているわよ。それにね、あなたの所為よ、こうなっているのは」


「あ?俺の所為だと、齧歯類?」


「だって、角1本で銀貨4枚は確定なのよ?あなたがちゃんと2本とも持って帰れば銀貨8枚、前金で4枚だったのよ。自業自得ね」


「ああああああああ!」


「だから投げ捨てずにちゃんと置きなさい、と言ったのよ、あの時。それと齧歯類言わないで!」


「あの状況で冷静に対処できるかあああああ!あと、齧歯類は齧歯類だろうが!」


「「「ヒヒーン!」」」


「ぎゃああああああああ」


「ふん、天罰ね」


くそう、馬どもめ、今日の噛み付きは本気噛みじゃねえか、すげえ痛いぞ!


こら、やめろ、折角買った服が破けるじゃないか!


や、やめてくれええええええ!




馬たちからフルボッコに遭った俺は、そのまま意識を失うように眠りに付く。


俺は眠りに付くまで今日の出来事を思い出していた。


オスシカやゴブリンとの戦い、そして逃亡。


思い返せば、俺は色々と準備が足りなかった。


俺たちができる事の把握、それに装備品もそうだし、戦い方もだ。


それを怠って、討伐依頼なんかに手をだしたのだから、今日みたいな事になったんだよな。


はあ、本当に異世界の冒険者生活は甘くない、そんな事を思うのであった。




「だからって今日の出来事が地獄とか、どれだけ厨二なのよ。恰好付けすぎでしょ、あなた。あと、語り部としてはいまいちね」


「もう、こいつ嫌だあああああああああああ!?」


今日も白く輝く月が俺の叫び声を聞くのであった。


あ、この世界の月は1つしかないぞ、あっちの世界と同じでな!

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