俺と白兎と鹿のENDノート

「さて、後は角を手に入れれば良いのだけれど」


白い毛むくじゃらの齧歯類であるところのしゃべる兎は、器用に後足だけで歩く、二足歩行で近寄ってきた。


この光景を1週間も見続けた俺は、もう、これに関して突っ込む気が起きない。


だが、あえて言おう、お前


「あばばば、ばばばば」


「何を言ってるか理解できないわ」


痺れて言葉にならねえ!




近寄ってくる兎は、倒れたオスシカを一瞥して俺の前に、さらに一瞥すらせずに通り過ぎていく。


「「きゅいい」」


「安心なさい。あなたたちには手を出さないわ。もちろん、この人間からもね」


震えて座り込むメスシカたちの前で止まった。


「「きゅいい?」」


「本当よ。これから森を育む新たなる命を誕生させる任を持った存在だもの、あなたたちは。森の獣である私は守る義務があるのよ」


兎はメスシカたちのお腹を、仔を宿しているだろう膨らんだ腹部をさすりながらそう言った。


その前足からわずかに光が漏れる。


おそらく兎が使える光魔法の1つ、癒しの魔法を使ったのだろう。


その魔法は擦り傷や多少の体力を回復させる程度の効果しかないが、より大きな傷を治すような効果を求めると輝きも強くなる。


そして、癒しの効果範囲は、その光が届くところまで。


戦闘では敵も癒してしまうため、使い勝手の悪い魔法だ。


「あら、動いた。もうすぐね、期待しているわ」


「「きゅいい」」


後ろからしか眺める事ができない俺には、兎がどんな表情をしているか分からない。


分からないが、おそらく慈愛に満ちた顔をしているであろう、その光景は、まるで絵画などで描かれる聖女を思わせた。


その後ろ姿を呆然と見つめる俺は、そんな事を思った。


「あばば、ばばばば!」


のは一瞬だけで、味方を巻き込んでまで奇襲をかけるようなやつが聖女であってたまるか、こんちくしょう!


俺の、俺とオスシカとの男と男の戦い、熱いバトルを返せ、この齧歯類め!




「さて、オスシカのあなた。ここからは交渉の時間よ」


兎はメスシカとの触れ合いを終え、再び俺を無視してオスシカの前に立った。


オスシカは痺れがひどく、声もだせないのか、黙ったまま兎を見ている。


俺と対峙していた時のような敵意はなりを潜め、ただ、目の前の兎、不思議な生物に困惑しているようだった。


「私は白き衣を纏いし高貴なる白兎のルナ。あなたはこの一帯のシカを纏める頭なのでしょう?」


オスシカ、大きな体躯に立派な角をもつこいつは、群れのボスと言われても納得できる風格がある。


基本シカは群れを作らず、単独で行動する生き物だ。


厳密にはそういう生態のものが多い、と言うだけで、群れを作って活動する種類も存在する。


トナカイとかがそれに当てはまるだろう。


だが、この目の前のシカたちは単独行動をとる、村の狩人の話ではそういう種類のものだ。


そのシカが2匹も嫁を持って行動する、悔しいが、強く男前なシカ、それがこのオスシカなのだろう。


その辺りも鑑みて、兎はこいつをボスだと決めつけたようだ。


「私たちはあなたを殺さないわ」


その言葉を聞いて、オスシカは驚きの表情を見せた。


そりゃ、そうだろう、彼は戦いに負けたのだ。


森での戦いは命のやり取りであり、生存競争だ。


それに敗れ去ったオスシカは、俺たちにその命を捧げるのが当たり前である。


だから、この兎が言った事が、それだけ衝撃的だった。


決して兎が人語を話すからじゃない、いや、もしかしたら、それも含まれているかもだが。


兎とシカが会話する、この点については馬とも会話らしきやり取りをしているのを嫌というほど見てきた俺は、ああ、やっぱりシカとも話せるんだ、程度しか思わなかった。


そう、もう俺はこの兎がしゃべろうがツッコミをしない、鋼の精神を手に入れたのだ!


痺れて物も言えない訳じゃないぞ!


「でもね、あなたの角が欲しいの、私たちは。この時期のシカたちは警戒心がいつも以上に強く、攻撃的になる。だから角が手に入らなくて人間も困っているのよ、勝手な話だけどね」


そうなのだ、この時期に高級ポーションの材料であるシカの角が入手困難になる。


だが、このポーションは王侯貴族や神官と言った上位階級や、戦いを生業とする上位冒険者や騎士と言った者たちからの需要が高い。


普段であれば通常依頼として上がる事が稀であるシカの角の入手依頼も、この時期では高額報酬の高難易度依頼として発生するのだ。


兎がなぜこの依頼に目を付けたのか疑問に思って聞いてもはぐらかされたが、自信があっての事だったようだ。


今まさに、簡単に角を手に入れる機会が文字通り転がっているからな。


しかし、オスシカと交渉とか言ったよな、この兎。


どういう事なんだ?


「それでね、お願いがあるのだけれど。あなたの立派な角を私たちに譲ってくれないかしら?譲ってくれるのなら、その痺れも回復させるわ」


おい、回復されたらまた襲ってくるんじゃないのか?


と、言うか早く俺を治せよ!


「あばばばばば!」


「あなたはちょっと黙っていてもらえる?」


黙るも何も、痺れてしゃべれねえよ!


くそう、この痺れ、予測するに回復するまでまだまだかかるぞ、嫌な経験則だが。


「どうかしら?私のお願いを聞いて下さる?」


兎は器用にも首を傾げてオスシカにお願い、いや、これどう考えても脅してるよね。


奇襲をかけて倒しておいて、命が欲しければ有り金を出せ的なやり取りだよね?


雰囲気的には聖女だか勇者が森の王者と交渉している風に見えなくもないが、明らかに強盗の所業だな、これ!


この、鬼、悪魔、畜生!


とか、俺が悶々と、ほとんど動けない体でじたばたしている間に交渉が成立したようで、兎は癒しの魔法を使い始めた。


「ヒールライト」


その光はメスシカたちに施したよりも強く輝き、オスシカを癒していく。


だんだん痺れが取れていくのだろう、体を揺らして立ち上がる。


何とかその4本の足で立ったそのオスシカは、兎の前に頭をさげ、まるで女王へとその忠誠を示すかのような動きをした。


俺は痺れの治まった体に気合を入れて、その光景を立って見ている。


悔しいが、本当に絵になる光景だった。


「もう大丈夫かしら?」


「きゅいい」


オスシカは短く鳴き、頭をゆすり、その角を地面へと置くように落とした。


生え変わり始めているのだろう、オスシカの頭には小さな、本当に小さくはあるが角が生えている。


あの光魔法はそんな事までできるのだろうか?


そう思いながらこの2匹のやり取りを眺めていた。


「ありがとう、あなたの誠意と貢献に感謝するわ。角が大きくなるまで大変でしょうけど、この森の獣たちが守ってくれるわ」


兎は最後にオスシカの頭を撫でると、後ろに下がった。


「きゅいい」


「「きゅいいい」」


オスシカはもう一度頭を下げると、メスシカたちと何かのやり取りをして、森の奥へと歩き出した。


メスシカたちはこちらを振り返り、頭を下げ、オスシカの後に続く。


その姿はまるで家族連れが歩いているように見えた。


小さくなっていくその背は、だが大きい父の背を見ていて、俺はなぜか心が高揚した。


「おい、ハーレムシカ野郎!」


その高揚がシカに声を掛けるという、そんな行為を行わせた。


オスシカは俺の声に反応したのだろう、立ち止まり振り返る。


「次は俺が勝つ!それまで死ぬんじゃねえぞ」


「きゅいい」


その鳴き声は、お前もな、と聞こえた気がして、再び歩き出していくその背を誇らしく見送れた。




「動物に話しかけるなんて、あなた痛いわよ」


「お前が言うなあああああ!」


この兎の所為で色々台無しである。


「しかもシカと熱く語り合うみたいな感じで戦っていたわね。男と男の戦いで芽生える友情、強敵と書いて友みたいな雰囲気やめてくれないかしら?相手はシカなのよ?」


「こ、この、このめろう!俺の、俺たちの熱い気持ちを返せ!男のロマンを馬鹿にするな!」


「あら、シカ相手だから馬鹿にしたの。これがウィットというものよ、お解りになって?」


「チクショウ!なんて上手い返し方をするんだ、この兎!」


「さて、戯言はこれぐらいにして角を拾って早く村に戻りましょう」


「戯言!?今のはただの遊びなのか!?」


「良いから拾いなさい。私は持ち運べないわ、こんな立派で大きな角」


「くそ、分かったよ。ところで色々疑問があるんだが、聞いていいか?」


「何かしら?ああ、動きながら話しなさい、時間が勿体ないから」


「く、このめろう。ああ、あれだ。どうやってシカの居場所を見つけたんだ?あとあのすごい罠を見つけた方法とか」


「ああ、それね。何度も言ってるじゃないの、私は白き衣を纏いし高貴なる白兎と」


「それとこれがどう関係するんだよ?あ、袋に入れきれんな担ぐか」


「丁重に扱いなさいよ、私への貢ぎ物なのだから。はぁ、仕方ないわね、目で見て解るようにしてあげるわ。あなたたち、出てきてくれる?」


「貢ぎ物じゃないだろ!は?目で見て?何言ってんのお前?」


「「「「「「「ピーピー」」」」」」」


「「「「「「「きゅきゅ」」」」」」」


兎の呼びかけに答えて現れたのは、小鳥やリスなどの群れ、小動物の群れだった。


その光景を背に兎は両脚を広げ、薄い胸を張って言い放つ。


「さあ、よく見なさい人間、そして紹介するわ。彼らは森の獣、私の仲間たちよ!」


「なんじゃ、こりゃあああ!?」


「レディはね、情報を大事にするの。その情報元の1つ、森の仲間、動物たちよ。理解できたかしら?」


「レディ関係ねえええええええええええええええええええええ!」


そりゃあ、森の動物から情報を集めれるなら、森の事なんてなんでも解るよな。


だがそんな事、普通の動物ならやらないだろう、種族を超えてなんて。


それを、不可能を可能に変えてこの兎はやって見せた。


マジ、この兎は何者なんだああああああああああああああああ!




「だから私は白き衣をまと」


「もういいわ!」

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