俺×鹿=熱血バトル<白兎
「なんで俺がお前を背負わなくちゃならん」
一悶着、圧倒的な俺の敗北で終わった馬小屋のバトルを終え、装備を整えて村を出て森の中にやってきた。
俺の装備はあっちの世界から持ってきた鉈とナイフで、それらを腰に佩び、服装は一張羅の私服だ。
1週間ずっと着ている、ちゃんと洗濯もしてるが、のでそろそろ他の服が欲しいところだが、金がないので仕方がない。
後は何とかお金を出して購入した布製の肩掛け鞄が、今の俺の装備である。
ああ、兎に関しては天然の毛皮があるから要らないだろう?と言ったら、またバトルが始まったのだが、信者と化した村人である村唯一の雑貨屋の主人が布のベストをプレゼントしてくれた。
と、いう訳で、異世界に来て最初に現地の衣服を手に入れたのは兎の方が先だった。
実に遺憾である。
「こっちの方が早く移動できるでしょう?」
「いや、兎なんだから速いだろ、足。あっちでも中々追い付けなかったしな」
「兎である私に追い付ける人間が居た事に、あの時は気が動転してしまったわ」
「途中からなんか普段以上の力が出たんだよなぁ。そういやこっち来てからなんか身体能力上がったんだが、やっぱり召喚の影響か?くふっ」
「気持ち悪いからやめなさい」
「うるせえよ!」
「ほら、大声出したら魔物が寄ってきて奇襲されるわよ。黙って歩きなさい」
「ぐ、この」
魔法こそ使えないが、やっぱり異世界召喚モノの手番である身体能力向上のチートが俺にもあるのか!と、色々試した結果、若干上がっているようだった。
ようだった、という言い回しになってしまったのは、大学生ともなると体育の授業があるわけでもないので、身体能力を計る機会がそうそうなかったので比べるのが難しいからだ。
それでも若干は、と言えるのが、前より疲れにくくなっている点である。
前だったら村の雑用依頼をこなし、村周辺での採取、馬小屋の清掃なんてしたら確実に倒れていたに違いない。
それが、ああ、今日も疲れたなぁ、と思う程度で済んでいるからだ。
筋肉痛にもなってないし、翌日に疲れも持ち越さない、と来れば、チートと言うほどではないが、身体能力が向上したんだろう、若干。
これも異世界召喚さまさまだぜ!と喜んで何が悪いんだ、マジで。
そんな事をブツブツ言いながら歩き続け、シカが目撃される地域までやってきた。
あ、兎を背負ったままだったじゃねえか、チクショウ!
「さて、この辺りからシカがでるんだよな。罠でも設置するか?」
「あなた、罠を扱えるの?」
「まあな。爺さんに連れられて登山や山籠もりしてるときに教わった。実際にそれでシカとか野兎を狩った事もあるんだぞ」
「あなたは私の敵のようね?まあ、今は従者だけれども」
「従者じゃねえよ!」
「声が大きいわ」
「ぐ、このめろう」
「さて置き、この近辺はやめておきましょう。移動した方がよさそうだわ」
「本当にむかつく兎だな。で、なんでダメなんだ?」
「よく見ていなさい。あそことあそこに罠が仕掛けてあるわ」
「え?マジ?」
兎が右前足で示した2ヵ所に目を向け、よく見てみると、本当に罠が仕掛けてあった。
言われて見たから気が付けたのだが、そうじゃなければまず見つけれないほどに巧妙な罠だった。
「すげえ、爺さんレベルの罠じゃねえか。しかし、よく発見できたな」
「うふふ。私は白き衣を纏いし高貴なる兎のルナよ、当然の事だわ」
「素直に関心できねえ」
「さあ、場所を移しましょう。私が誘導するから静かに歩くのよ」
「ああ、わかったよ」
おそらく村のベテラン狩人が仕掛けたであろう罠を避け、道無き道、森なのだから当然だが、を静かに、できるだけ足音を立てずに進んでいく。
この歩行方法も爺さんから学んだもので、まさか実生活において役に立つ日が来るとは思ってもみなかった。
登山や山籠もりを経験済みというプロフィールはやっぱり普通じゃない、と感じていたが、やはり普通じゃなかったのである。
そう言えば、爺さんから学んだ技術はこの歩行方法や罠の設置方法だけじゃなく、ライターを用いない火の熾し方や動物の解体方法、食べれる植物の見分け方、飲める水の判別方法などなど、多岐に渡る。
鉈やナイフの使い方ももちろん習ったし、危険な野生動物の対処方法も教え込まれた。
オオカミと遭遇した事はないが、イノシシや野犬なら対峙した事がある。
イノシシに付いては、猟銃で何度も撃たれた後だった為、俺に接近する前に事切れた。
野犬については群れに襲われ、これも習得済みだった木登り技術を駆使して難を逃れた。
爺さんから教わった危険な野生動物と対峙する方法はただ1つ、身の安全を確保するために逃げる事。
鉈やナイフで戦う?そんなの馬鹿のすることだ、と爺さんはよく言っていたが、どうやら、その教えを破る日が来たようだ。
そんな思いに反応したのか無意識に右手が鉈の柄へと延びていた。
「そろそろシカと遭遇するわよ」
「おう。しかし、どうやってらそんな事がわかるんだ?」
「内緒よ。レディには秘密が付き物なの、当然でしょう?」
「さいですか。ああ、シカが近いならそろそろ降りろ、と、言うか最初から自分の足で歩け」
「効率の問題なのだけど、まあ、ここからは私も自分の足で移動するわ」
兎は静かに俺の背から飛び降り、二足歩行で歩き出した。
さすが野生動物だけあって、足音のしない忍び足はばっちりである。
え?兎の二足歩行は異常じゃないのか、だって?
俺を含めた全人類がそう思ってるよ、絶対に。
だが、こいつはこっちの世界に来てから二足歩行で歩くようになったのだ。
本人?本兎?に聞いてみたが、こっちの方がしっくりくる、と言う回答をしやがった。
俺としては納得いかないのだが、俺以外の村人全員が、ルナさまだから当然、と今や気にしちゃいねえ。
ベスト、衣服を着た二足歩行な兎。
どっかにあったね、そんな話。
版権侵害の恐れがあるのかこれ?あ、でも異世界だから関係ないか!と、現実逃避気味に俺の中では一応の決着はついている。
話がそれたが、兎はシカのいる場所がわかっているかのように、迷いなく進んでいく。
俺もその後ろを静かに進んでいるのだが、まったくシカの気配?のようなものは感じられない。
おーい、俺のスキルであるサバイバルさん、仕事してますかー?と言いたくなる状況である。
あ、このスキルはそのままの意味で、自然の中で生きるための行動に補正が掛かるというものだ。
今回で言えば、音を立てずに森の中を歩く事や、気配探知に働いている、はずだ。
だが俺の気配探知?ようは物が動く音や匂いなんかの気配を感じる能力では、シカのような中型の獲物の気配を拾っていないのだ。
現在、俺が解っているのは目の前の兎と、木々の上にいる小鳥やリスと言った小動物だけだった。
しばらく進んでいると、兎が立ち止まり、口に左前足を持って行きながら振り返り、右前脚を前の方に向けた。
俺は声を出さず、できるだけ息も殺して近寄り見てみると、確かにシカが居た。
距離は大体20mぐらいだろうか、2頭のシカが足元の草を啄んでいる。
そして少し離れた場所に1頭のシカがおり、どうやらこのシカが警戒担当のようだった。
さて、狙うとしたら食事中の2頭の方がよいのだろうが、そっちは依頼的には美味しくない。
なぜ美味しくないかと言えば、シカ関連の依頼は2つ出ている。
1つはシカの肉や皮を取ってくる常駐依頼。
駆除目的が多い常駐依頼だが、シカのような草食動物の狩りに関しては通常依頼ではなく常駐としても存在する。
だって美味いじゃないか、シカの肉。
それに皮なんかも鞣せば色々と用途に使えるからな。
で、今回の目的であるもう1つの依頼、通常依頼とはシカの角を取ってくる事だ。
シカは一部を除いてオスしか角が生えていない。
そして生態としては基本的に群れを作らず、単独行動をとる。
現在、シカは繁殖期に入りかけているのだろう、オスとメスが行動を共にしているようだ。
で、目的のオスなんだが、見張り役のシカがオスのようで、食事中のシカには角がないのでメスなのだろう。
シカなのにハーレムですか、そうですか。
俺なんて高校のときに初めて付き合った彼女に、アニメは良いとしても登山なんかで休日に会えないのが問題だったようで振られ、その後はその噂の所為で彼女は出来なくなった。
ここ数年彼女が居ない、現在では兎のメスが相棒な俺に対してこのシカはハーレムである。
思わず殺意を抱いたのは仕方ないことだと、俺は声を大きくして言いたい、声は出さないけど。
「きゅいい」
警戒中のオスシカが小さく嘶き、食事中のメスシカたちも食事をやめ、辺りを見回し始めた。
「何やってるのよ、馬鹿」
「ぐっ」
どうやら俺が漏らした殺気に反応したのか、シカたちが警戒し始めた。
いや、でもさ、仕方ないじゃないか、あの光景を見たら、誰だって殺意抱くよ。な、そうだろ?
振り返った兎の表情は呆れ顔、と解る、兎なのに解るものだった。
器用すぎだろ、この齧歯類!
警戒心MAXのオスシカとびびりまくりのメスシカ2頭が俺たちの目の前、20m付近にいる。
「さて、これで完全奇襲はできなくなったけど、仕方がないわね。あなたは私が合図したらメスを狙って走りなさい」
「え?オスを狙わないのか?」
「最終的な狙いはオスよ。でも繁殖期にメスを狙らわれたオスが逃げると思う?自分の仔を生む大事な存在なのよ。守ろうとして戦うに決まってるじゃない」
「おい、俺に正面からオスシカと戦えっていうのか?いくらなんでも鉈では勝てないぞ?」
「そうね、あのオス結構大きいから厳しいと思うわ。でも、安心なさい。仕留めるのは私がするから、あなたは囮よ。一瞬でも隙を作れば私が倒すわ」
「あ、魔法か。だったら今から狙えばいいじゃねえか」
「ちょっと遠いのよ、魔法の射程に。それにね、魔法と言っても物理法則を完全に無視していないの。距離が離れれば離れるほど、威力は落ちるわ」
さて、みんなお待ちかねの魔法の時間がやってきた!
この世界の魔法は全然詳しくない、と言うか、村にいる人で詳しい者は1人もいないので聞けていないのだ。
魔法、厳密には攻撃魔法だが、を見たことがあるのはギルドメンバーだけで、見聞きした程度の事しか教えて貰えなかった。
ノランによれば、魔法とは魔力を自然現象に変換する技術的なものを指し、元々は神が人に教えたとされている。
この世界の宗教、女神教と呼ばれるところでは、神の奇跡として扱っているそうだ。
だからだろう、一般人より神官の方が魔法の扱いに長け、扱える者も多い。
さらに魔力を多く持つ方がより効果の高い魔法が使え、魔術師と呼べるほど魔法を使える者は数が少ないらしい。
魔法を使う才能、魔力量の多さは血筋や神からの恩恵で左右されるとの事で、王侯貴族なんかは魔術師が多いだと。
あと、覚えることのできる魔法スキルの種類も血筋や加護の影響を受けるとの事だ。
こんな設定のある魔法なのだが、現状俺は一切魔法が使えないので、何とか覚えられないものか、と切に願っている。
で、兎が使える光魔法と雷魔法だが、攻撃に使える魔法は雷魔法だけであり、しかも電撃を放つものだけだ。
この電撃は落雷ほどの威力はないが、至近距離で食らえば心臓が止まるんじゃないかと思うほど痺れる。
どのくらいの射程があるかは知らないが、人間相手にもそれだけの効果を出すなら、大きなオスシカであろうと倒せる可能性は高いだろう。
何度も言うが、何で兎が使えて俺が使えないんだ!おかしいだろ、絶対!
「それにしても、兎なのに戦おうなんてよく思ったな」
「兎も仔の為なら肉食動物にも立ち向かう事はあるわよ。私の母もそうだったし」
「へえ、母は強し、なのは人も動物も変わらないか」
「そういう事よ。でも、生き残るため、ではなく、生きるために戦う、狩りをするのはさすがに初めてよ。知識はあってもね」
「おいおい、大丈夫かよ?」
そう言えば、草食動物である兎が狩りをするなんて考えてみれば異常な事だ。
身を守るために戦う事があるのは知っている。
いくらしゃべって魔法を使える兎とは言え、やっぱり兎は兎だ。
その事実にちょっと心配になってきた。
そんな俺の心情を察したのか、兎は
「大丈夫よ。だってあなたは狩りの経験があるのでしょう?頼りにしてるわ」
右前脚を挙げながら、微笑みの表情を作って前を向いた。
「お、おう、任せろ」
この兎、初めて俺に対して嘲笑ではない、本当の笑みを見せたのではないだろうか?
何時も俺に対してツンツンしてたが、これは、いわゆるツンデレさんだったのだろうか、この兎。
いや、兎にデレられたからって、別にうれしくないんだからな!
俺がテンプレなツンデレしてどうするんだよ!
と、このこそばゆい感じが何とも言えず、気を引き締めようと前を向くと、状況に変化が起きた。
オスシカが居る付近の藪からかさかさと何かが動く音がしたのだ。
オスシカの警戒心はそちらの方に向いたようで、もしかして別の襲撃者か?と警戒心を強め、俺はいつでも飛び出せるよう身構えた。
そして、藪が音と共に揺れ、何かが飛び出してきた。
「きゅきゅ」
小さな小さな茶色の毛皮に覆われた、リスだった。
思わず俺は息を漏らした。
それはオスシカも同じだったようで、安堵のため息と感じる動きをした。
「今よ!」
兎の合図はそんなタイミングで出され、右前脚が振り下ろされた。
「お、おう!」
その勢いに俺は潜伏場所から飛び出し、メスシカたちが居る方へ駆け出した。
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
興奮?不安の払拭?とにかく心から湧き上がる衝動のまま、口から出る雄たけび。
右手に持つ鉈を大きく振り上げ、強化された身体能力を全開にして駆けるその走りは、間違いなくワールドレコードモノだろう。
緊張から一転、緩んだところに奇襲を受けたシカたちは身動きできずにいる。
このままメスシカをやれる、そう思ったとき、左手から強烈な気配が襲ってきた。
オスシカである。
兎が言った通り、メスシカを守ろうとしているのだろう、俺に向け、首を低く、角を押し出すように突進するその姿は、まさに鬼神のごとし。
もし、その角で突かれたら、人であろうと一撃で死ぬのではないか?と思える迫力があった。
「なめるなよ、ハーレムシカ野郎!」
俺はそのオスシカと正面から打ち合う、事はせず、走り出した勢いを殺さず、前転して突進を躱し、起き上がる。
俺の真後ろには、腰でも抜けたかのように動かないメスシカたち。
俺の前には反転して角を突き出し威嚇するオスシカ。
これでやつは威力のある突進はしてこないだろう。
今それをすればメスシカたちも巻き込むからだ。
「へ、恐れ入ったかハーレムシカ野郎。作戦勝ちだぜ」
シカが恐ろしいのは硬い角と突進力だ。
そのうちの1つ、突進力を封じられたシカなら俺にも倒せる、そう思う高揚感は抑えられなかった。
「きゅいいい!」
「おおおおおおお!」
オスシカの嘶きと俺の咆哮、オスシカの角と俺の鉈。
2つは激しくぶつかり合い、どちらが上なのかハッキリさせようとするかのように何度も振るわれる。
やはり俺の身体能力は確実に上がっているのだろう、中型野生動物であるオスシカに負けていない。
だがやはり角、左右の両角を持つシカの方が有利なようで、鉈1本で立ち向かうには圧倒的に不利だ。
「負けられるかぁああああ!」
鉈を振るい、角と打ち合いながら、左手を後ろに回して引き抜いた。
「鉈とナイフの二刀流だ、このハーレムシカ野郎!」
「きゅいいい!」
がきん、とやつの左右の角と俺の鉈とナイフが大きな音を立てて、打ち合った。
完全に鍔迫り合いの状況になった俺は、思わず笑みを浮かべた。
「やるじゃねえか、ハーレムシカ野郎」
「きゅいい」
お前もな、と言わんばかりにオスシカも鳴く。
人とシカではあるが、そこにはお互いを男と認める何かがあった。
「よくやったわ、後は任せなさい」
その雰囲気をぶち壊す誰かの声。
シカの背後に見えるその誰か、ニヤ、という表現がぴったり当てはまる表情をした兎だった。
「サンダーボルト」
「あばばばばっばばばばば」
「きゅいいいいいいい」
至近距離で放たれた兎の電撃は、完全に不意を衝いてオスシカを襲った。
鍔迫り合い状態の俺が居る状況で。
謀ったな、この齧歯類!
俺はそう口にしたつもりで、大きなオスシカと共にその場に倒れた。
「うふふ、完勝ね」
味方も巻き込むとか、ありえねえぞ、この兎は!!
痺れて身動きできない状況で、俺は勝ち誇る兎を睨み続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます