俺と白兎の朝は馬小屋から始まる

「みんな大好き憧れの冒険者、のはずだったんだがなぁ」


俺たちが冒険者、厳密に言えば総合ギルドの登録者、通称"ギルドメンバー"になってから一週間が経つ。


みんなが想像する冒険者は、魔物を討伐したり、薬草を採取したり、小さな女の子のお願いを叶えたり、だと思う。


もちろん俺もそんな想像をしていた。


確かにそんな依頼は一部として存在する。


だがしかし、俺たちが登録したのは初心者の証である木証(ウッド)だ。


初心者が受けれる依頼はこの村にほとんど存在しない。


魔物討伐依頼を例に挙げると、魔物ではないが小動物を狩る依頼はない。


なんせ村の狩人や子供たちが罠で狩るので、態々依頼など出さない。


シカやイノシシといった中型や大型の動物は、最弱の魔物に匹敵する難敵なので初心者には厳しい。


なんせシカであれば人を警戒するので隠密行動が必須だし、イノシシは正直凶暴なので荷が重い。


あとはオオカミといった存在だが、逆に初心者が狩られる立場の動物である。


イノシシ、オオカミと言った動物や魔物の討伐は、熟練の狩人や銅証(ブロンズ)以上のギルドメンバーの仕事となるのだ。


そして薬草などの採取依頼だが、初心者が行ける近場だとそもそも子供たちで十分であり、依頼は出てるが子供たちの小遣いという認識だ。


なので、ギルドメンバーは恥ずかしくて受けない、となる。


では子供たちが行けない範囲の採取となると、オオカミや魔物の襲撃が頻繁となるため、初心者にはお勧めしない。


そうなると俺たちにできる仕事と言えば


「毎日毎日老人たちの話し相手や家屋の修理。ただの便利屋じゃねえか。これじゃお金がぜんぜん稼げないぞ」


「何言ってるのよ。それしか出来ないのだから仕方ないでしょう?」


「解ってるよ!だが、なぁ、冒険者だぞ、冒険者?こう、もっと華やかと言わなくても派手なものだと思うだろ!」


「本当に馬鹿ね、あなたは。そんなのは一面に過ぎないわ。まあフィクションだと地味なものは省いているでしょうから、厨二なあなたはそう思うわね」


「厨二言うなし。お前はそりゃいいよ。おやつを貰ったりするだけで依頼達成扱いになるんだからな」


「あら、当然じゃない。高貴なる白兎、神が認めた存在である私に奉仕できるのよ、お金を払って当然ね。もちろん感謝はしているけれども」


「くそ、何が真実の神だ、こんなの絶対おかしいよ!」


そう、この兎は真実の神プルーフが承認しやがったのだ、高貴なる獣と。


さらに言えば智識ある獣、智獣とも認められている。


最初こそしゃべる兎として驚かれたが、今では村のアイドルのごとき扱いを受け、俺が屋根の修理をしているときに、村の老人や子供たちが餌付けしてたりする。


悔しいことだが、その餌である草や果物の採取依頼が発生して、兎への相手で忙しい子供たちの代わりに俺が受けている。


それでなくとも安価な雑用依頼に加え、子供の小遣い程度の報酬しか貰えない採取依頼をこなして、何とか生活できているのが現状だ。


「なんで馬小屋で生活しなくちゃならん。野宿とほぼかわらないぞ!」


「あら?その馬小屋生活初日や食費も私の功績だし、馬小屋とはいえ干し草がたっぷりのベッドで眠れるのは誰のおかげかしら?」


「ぐ、くっ」




現状一番気に入らないのは、この白い毛むくじゃらの齧歯類のおかげで少しはマシな生活ができている点だ。


ギルドメンバーとなった初日、所持金もなく、早速依頼を受けようとしてほぼ受けれない現実を突き付けられた。


このままではその日の宿も食事も取れない、と焦ったのだが、兎のやつがまるで予想していたかのように言いやがった。


「あなたのポケットに入れた草を出しなさい。おそらくお金になるわよ」


言われて取り出したのは、村へ来る途中で兎がポケットにねじ込んだ結構な量の草だ。


こいつの食料を俺に持たせやがってと不満に思っていたが、どうやら本当にお金になる草だと判明した。


その草、薬草の中でもかなり高級な部類に入る月光草と呼ばれるもので、全部で銀貨1枚にもなった。


この時にこの国の貨幣について聞けたのだが、金貨1枚=銀貨100枚、銀貨1枚=銅貨100枚、という制度らしい。


金貨の上には大金貨やミスリル貨というのも存在するらしいが、それぞれ金貨10枚分、100枚分となり、王侯貴族や大商人でもないとまず扱わないので俺たちには関係はないだろう。


そしてパン1個で銅貨1枚ぐらいの価値になり、銀貨1枚もあれば大人1人がなんとか1ヵ月生活できる。


高級薬草である月光草は他の薬草と見分けも困難で発見する事が難しく、大量に薬草を採取したときに1房でも入っていればラッキーという代物だそうな。


この兎は、それをピンポイントで引き当てたのだ。


足でも引っこ抜いてアクセサリーにすれば俺も運がよくなるかもしれない。


そんな事をぼそっと漏らしたもんだから、俺と兎は再度ギルドで大乱闘をしてノランたちに大目玉を食らったのがちょっと懐かしい思い出だ。


それで馬小屋の話だが、これは単純に宿屋が高いからだ。


高いと言っても1日に2食付きで銅貨10枚なのだから、本来であれば安いもの。


なのだが、この先のことを考えると銅貨10枚は厳しいので、1日銅貨2枚の馬小屋に泊まる事にしたのだ。


で、この馬小屋なんだが、村公共の場所であり、町へのやり取りの際に使う馬を飼っている小屋となる。


そんな場所だけに簡易に作られた建物であり、まさに雨風を凌げれば良いと言う場所で、本当にお金がない旅人が泊まる定番となっていた。


一応、毛布を1枚借りれて、小屋の干し草は自由に使える、と言っても馬が優先という状況。


快適とは程遠い生活、それが馬小屋での宿泊である。


ちなみにこの馬小屋の掃除や干し草の作成と整理、馬の世話もギルドで依頼が受けれたりするので、今や俺専用となっている。


馬小屋の依頼を含め俺たちの現在の収入は1日銅貨5枚で、食費は兎が餌付けされて必要なく、俺だけで1日3~4枚と毎日赤字の極貧生活だ。


それで兎が功績とか言ったもう一つの理由、それは干し草が本当に自由に使える事にある。


そう馬優先ではなく、俺たちが自由に使えているのだ。


馬小屋の馬たち、3頭いる馬なのだが、今や毛むくじゃらの齧歯類である兎の信者だか舎弟と化している。


まるで女王にでも仕えるの如く、甲斐甲斐しく兎の食事である果物や草を運び、ベッドとなる干し草を集めて、騎士の如く守るのである。


兎と馬たちは意思疎通が可能のようで、良く話し込んでいる。


俺からしたら馬に話しかける痛い人に見えるのだが、そもそもこの兎はしゃべるが、動物同士の触れ合いなので当然の光景?なのである。


が、馬が兎に仕えるが如きさまはかなり異様で、村の人たちも最初は不思議がっていたが、現在ではルナさまだから当然だ、みたいな感じになっている。


訂正しよう、信者になっているのは馬だけじゃない、村人たちもだ。


ちなみに俺と馬は仲が悪い。


俺と兎はよくケンカするので、馬からしたら俺は無礼者になるらしく、よく噛みつかれる。


身の回りの世話やってるの俺なんだぞ?とブツブツ言いながらブラッシングするのが日常と化していた。




「まあ、でもそうね。危険を承知で討伐依頼でも受けてみる?」


「そうだな、いつかは受けないといけないのだから、今のうちに経験しておきたい」


「私は魔法が使えるから、あなたは前衛ね」


「おう、男が前で戦うのは当然だ。しかし、やっぱり納得いかないぞ、兎が魔法を使えるってのは」


さて、危険を伴う討伐依頼だが、大まかに分けると二種類存在する。


1つ目は、何時までに、どれを、何体、倒してくる、という通常依頼。


2つ目は、何時でも、どれを、倒してくる、という常駐依頼だ。


1つ目の場合は、その魔物から取れる貴重な素材が必要になったから、と個人もしくは団体が依頼を出す場合が多い。


2つ目の場合は、その魔物が何かしらの脅威となるので駆除して欲しいと、団体が依頼を出す場合が多い。


どちらが危険か、と言われたら1つ目の通常依頼の方が圧倒的に多く難易度も高くなる。


だからと言って2つ目の常駐依頼は簡単かと言えば、魔物を相手にする時点で危険な依頼には変わりなかった。


「で、俺たちは当然常駐依頼の方を受けるんだよな?この村だと人が襲われる可能性のある相手って、オオカミかゴブリンしかいないけどよ」


そう、異世界ファンタジー定番の雑魚モンスターのゴブリンがこの村付近でも現れるのだ。


先輩ギルドメンバーであるノランによれば、子供ほどの背丈で若干素早いが力も弱く、武器を持てば素人な村人でも複数人で挑めば倒せるらしい。


見た目はアニメなんかで出てくるやつらとそう違わない、聞いた限りでは。


だが、フィクションでたまにある設定の女性をさらってなんちゃら、はなく、ただ畑を荒らし、家畜を襲う、繁殖力がやたらと高い生き物との事だ。


肉を含め何でも食う雑食という事もあり、まずくて食えず、でも放置してたら大群になって村を襲う厄介な魔物、それがゴブリンだ。


ではオオカミの方だが、これは日本と同じように群れをなす肉食動物で、あっちの世界との違いは、こっちの世界のオオカミの方が大きいようだ。


俊敏かつ常に群れで行動するので、人が襲われたらひとたまりもなく、初心者殺しの異名を持つ凶暴な生物なのである。


肉食ゆえにそれほど美味しくないのだが、毛皮が高く売れるのだ、こいつら。


防寒具としても、防具としても優秀な素材なので、駆除対象としてだけではなく素材目的でも依頼が出されている。


ただゴブリンとは違い、態々人里に近寄ってこないので、狙うなら奥の方まで行く必要があるのが最大のネックだ。


引き際を誤ると、初心者を脱したブロンズやベテランである鉄証(アイアン)でも返り討ちに遭う恐ろしいやつらなのだ。


あ、魔物と動物の違いだが、魔石を体内に持っているかいないかの違いしかない。


生態系はほぼ一緒で、魔力を持っているかの違いでしかないそうだ。


魔石や魔力もフィクションによくある設定なので、この説明を、兎が例の便利な言い訳、兎だから知らない、を駆使して聞いたとき、俺はテンションが上がりまくって兎に蹴られた。


いいじゃねえか、心躍るだろ、アニメの世界住人になったみたいでさ。


まあ、その後現実を突き付けられて膝を屈したのは言うまでもないよな?


「そうね、もちろん狙って行きたいけどオオカミはだめよ。森のオオカミには関わらない方が身の為ね。こっちがやられてしまうだけだもの」


「鼻も利いて、耳も良く、発見し難い上に、集団で行動するものな。どこの忍者集団だ、ほんと」


「そういう事よ。なので私たちが狙うのは通常依頼であるシカを狙いましょう。あとはゴブリンもついでにね」


「シカなんか倒せるか?俺、弓なんて使えないぞ?」


「馬鹿ね、私が居るじゃない」


「兎がシカに勝てねえだろ」


「ただの兎ではなく、白き衣を纏いし高貴なる白兎なのよ、私は。あなたと違って魔法が使えるね、あなたと違って」


「態々二度も言うな、齧歯類の分際でえええええ!」


「また齧歯類と言ったわね!もう、容赦しないわ。あなたたちやってしまいなさい!」


「「「ヒヒーン!」」」


「ぎゃああああああああああああああ」


「おほほほほほ」


馬小屋はすでに白い毛むくじゃらの齧歯類のテリトリーと化しているため、連戦連敗の日々が続く。


馬を嗾けるとか、卑怯過ぎるだろ!

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