勇者を待つ少女

少女はこの時を待っていた。


青く輝く強大な魔法陣の前で片膝で座し、胸の前で手を組む、神に祈りを捧げる少女。


この時のために、数日にわたる清めの儀式と神への祈りを捧げた。


少女が持つ魔力の全てを神に、魔法陣に捧げた。


捧げたのは少女だけではない、他にもたくさんの人々が魔力と祈りを捧げて初めて成しえる儀式。


それは異界の地より魔王を討伐せし者を呼ぶ、神の奇跡だ。





「聖女さま、召喚は成功したのでしょうか?」


聖女と呼ばれた少女は魔力を大量に消費した疲れからか、その表情には陰りが見える。


ただ、その瞳にはやり遂げた者だけが見せる輝きを放っていた。


「勇者さまを召喚せし創世の女神さまの御業は成功しました。黄金の、女神さまの神力の輝きがその証です」


勇者召喚の秘術は女神教に伝わる聖書や文献、伝承に記されたものだ。


それに沿って行われた今回の儀式も成功した。


はずであった。


だが、勇者はこの場に現れなかった。


この世界では、魔王を討伐できる存在が勇者と言われている。


世に知らされていないが、魔王が現れたため、勇者が今必要となったのだ。


そのための儀式であったが、成功したはずの召喚で勇者が現れなかったのである。


聖女に話し掛けた者、女神教の教皇である彼は失敗したのではないか?と思い聖女に声を掛けたのだ。


そもそもな話、魔王を討伐するのに異界より勇者を召喚する必要はない。


初代勇者である者こそ召喚によって女神に遣わされたが、それ以降の4人の勇者はこの世界の者だ。


勇者として認められる方法は一つ。


真実の神プルーフに勇者のクラスと神の加護を持つと承認される事。


これさえ確認されれば、その者が勇者となる。


さらに言えば勇者にしか魔王を倒せない訳ではない。


2代目の勇者は当時存在した小国の王子だったと言われている。


彼は神の加護は持っていたが、クラスは剣聖であった。


そして魔王を国の騎士団と共に討ち、初めて勇者のクラスを得たのである。


それ以降の勇者たちは全て女神教が見出した者たちである。


世間では2代目勇者も女神教が見出した勇者と認識されているが。


その3代目以後の勇者たちは神殿に見出された勇者候補として、白き獣と契約させ、送り出している。


これは初代勇者が白い竜と契約し、従者としていた事から来ている。


白い獣は神の使い、聖獣と言われているのは、勇者と契約する事より、神力に触れ、その存在を聖獣に昇華するからだ。


全ての白い獣が聖獣という訳ではないが、世の中での認識は全て聖獣と思われている。


なので女神教が扱う獣、伝書鳩、馬と言ったものは全て白い毛並みの獣で揃えていた。


もちろん今回の召喚の儀式に合わせ白い獣を用意して、現れた勇者と契約させる予定であった。


それらも無駄になってしまったのだが。


教皇である彼は今回の失敗、聖女は認めていないが、を心の中では喜んでいた。


彼は勇者召喚に反対、表向きは聖女に賛同していたが、今回も神殿が見出すべきと思っていたのだ。


自身が見出した勇者候補が魔王を討伐し、勇者を導いた聖者となる。


それが彼の野望なのだから。




「魔王に妨害されたのかもしれません。勇者さまはどこか別の場所に現れているはずです」


聖女と呼ばれる少女テシアは、両親から創世の女神の名を一部頂き期待された少女である。


女神教の敬虔な信者であったテシアの両親の期待に応えたのか、彼女は聖女のクラスと創世神の加護の称号得て、聖女となった。


テシアは聖女に相応しい信仰心と教養、容姿を持っている。


白銀に輝く髪に、人々に安らぎを与える微笑み、聖書見ずに聖言を諳んじる記憶力、信者の相談にも親身に答える心構え、そのすべてが相応しかった。


初代勇者を支えた少女、初代聖女の再来と人々は呼んだ。


その聖女であるテシアは高い信仰心により、初代聖女が伝えた教えを忠実に守る原理主義である。


だからだろう、彼女は此度の勇者には異界より召喚された者を望んだ。


それは物心付く前から神殿で神に祈りを、その身の全てを捧げた少女が初めて持った想いなのかもしれない。


「皆に願います。どうか、勇者さまを探して下さい。」


テシアは女神を信じている。


祈りを、願いを聞き入れてくれた事を。


だが長き年月求めて止まなかった勇者が目の前にいない。


この時初めて、少女は自身の想いを口にしたのだ。


「解りました、聖女さま。必ず勇者さまを見け出し、あなたの前にお連れします」


その姿に心打たれた神官たちが進み出て、幼少の頃から見守り続けた少女の願いに答えた。


「感謝いたします」


「聖女さまの仰せのままに。ですが、勇者さまがどのような方なのか解りませんよ?」


ただし、自らの野望を秘めた教皇だけは答えなかった。


「そうですね、デグネ教皇。ですが女神さまが遣わされた勇者さまならば」








「必ず白き獣を連れているはずです」

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