俺×白兎×クマ=森の王道

限界を超えて辿り着いたものは、握りしめる鉈、その手に掴んだ幸運、白い毛むくじゃらのモノのはずだった。


「なんでよう、なんで私なのよう。いつもは小生意気な茶色いのとか、いけ好かない灰色なのとかじゃない、なんで私なのよ」


疲労?空腹?それとも今朝食べたキノコが原因なんだろうか、今、三大欲求が1つである食欲を満たすために手にした兎から有りえないモノが聞こえる。


新種ならば問題ない、幻聴ならば多少は問題あるが大丈夫だ。


体長50cmほどの小さな生物である兎が、事もあろうに、そんな馬鹿な話がある


「ものか。ん?と言うか、でかくなってないか?」


今手に収まっている兎は体長50cmなんてものじゃない、80cmぐらいはあるんじゃないか?


そもそも日本の野山に居る二ホンノウサギの体毛は白くない。


正確に言えば腹毛は白いが、それ以外は茶色や灰色が主流である。


ユキウサギと呼ばれる種であれば体毛全てが白いのは解る。


が、夏場で真っ白な兎は、交配された品種か外来種しか存在しないはずだ。


「なんでこんな男が私の初めてなのよ。初めてが人間?ありえないわ、ありえない。しかもこんな冴えない人間のオスだなんてありえない。白き衣を纏いし高貴な兎であ」


「だれが冴えないだ、この齧歯類がっ!」


いや、これはあくまでもちょっと齧った程度の知識なので、日本の野山、夏場にも白い体毛の兎が居てもおかしくない、おかしくないよな?


だが、人語を話す兎とかいる訳ないよな、流石に。


「齧歯類ですって?ええ、確かにそうよ、私は齧歯類、学術的には齧歯目なんだけど、それはあくまでも大きな分類で見たときよ。正確にはウサギ目よ、この冴えない人間のオス」


「また、言いやがったな、この白い毛むくじゃら生物め!」


「いたっ、痛いじゃない!私の高貴なるウサ耳を掴むんじゃないわよ、冴えない人間の、オス!冴えないのは顔だけじゃないようね、レディの扱いも冴えない人間の、オス!」


「冴えないと連呼すんじゃねぇ!てか、だれがレディだ、この白い毛むくじゃら!」


「もちろん、私に決まってるじゃない。この山で唯一春夏秋冬白き衣を纏う事を許された存在、それが私よ!あと、同じ言い回ししかできないなんて、頭も冴えないわね、冴えない人間のオス」


「唯一の存在とか、ただのボッチじゃないか。てか、また言いやがったな、この白い毛むく」


「あら?やっぱり冴えない頭ね、また言いそうになってるわ。本当に残念な頭です事、おほほほほほほ」


「ぐぬぅ。」


この兎め、わざわざ右前足を左頬に当てて高笑いしてやがる。


言動といい、しぐさといい、なんて人間くさい兎なんだ。


ありえないだろ、人語を話す兎とか。


「って、なんで兎がしゃべってんだぁあああああああああああああ」


「いったぁ!急に投げないでよ!そもそもレディを投げるなん、て、きゃああああああああああ、なんで、私の言葉が人間が理解してるのよ、ありえないわ!」


「それは俺の台詞だ!しゃべる動物なんて聞いた事ねえよ!いや、九官鳥とかはしゃべるから居るのか?いやいやいや」


「後オウムもしゃべるわよ。と、言ってもアレは言語を操っての会話ではなく、声真似ね。」


「冷静に解説すんなや。兎だろ、お前?だったらありえないだろ、しゃべる兎とか。どこのアニメの世界だよ」


「お前って、失礼ね、レディに向かって。本来の意味で言ってるなら弁えてるけど、どうせ、意味をしっかり理解せず使ってるんでしょ?」


「くっ、いちいち頭にくるやつだな。えっと、二人称として使う言葉だろ?あなた、とかと同じ意味で」


「はぁ、やれやれですわ。本来の意味は位の高い相手、語源で言うなら神様の前って意味よ。それが王権神授説とかある日本だから、皇族や貴族の前、御前なのよ。だから、相手に対して使う言葉じゃないわ。」


「外人見たいなリアクションするな、むかつく」


「現代で言うなら、同等か目下の者を相手にするときの言葉なのよ、お前って。だから、冴えない人間であるオスのあなたが発するんじゃなく、高貴な私があなたに使う言葉としては正しいのよ」


「人間が兎の下な訳あるかっ!」


「あと、アニメだけじゃく、神話や小説にもしゃべる兎は登場するわね。古事記に載ってるじゃない、因幡の白兎の話が」


「アニメに限定してねえよ!例えだ、例え。フィクションにしか存在しない、って事だよ。」


因幡の白兎の話は古事記に載ってるのか、物知りな兎だな。


「いやいやいやいや、ちょっとまて。ありえない、色々ありないし」


「ありえないのはあなたよ。貧相、冴えない、頭だけじゃなく、なんで私の言ってる言葉を理解してるのよ?」


「罵詈雑言を挟まないと会話できないのか、この毛むく、ぐむ、兎は!」


「ほら、貧相じゃない頭が。でも、そうね、訳が解らないわね。でも、今まで人間と出会ったことがないから、本当は人間って兎言を理解できる生物なのかしら?」


「そんな人間いねえよ!フィクション以外で動物と会話できる人類なんて今までいねえよ!」


「じゃあ、まさか、あなたが特別なの?」


「と、特別?俺が、か?まさか」


「そうよね、あなたみたいな冴えないオスが特別な訳ないわね。それこそフィクションだわ。残念ね、この世界はノンフィクションよ!」


「ぐっ、く」


わざわざ腕を広げて薄い胸を張りやがって、いや、兎に薄いも厚いもないか。


そんな事よりも、なんで野生動物、しかも人里離れた山奥に居るやつが、人間社会の事を理解してるんだ?


言語由来にしてもそうだし、古事記の話とかありえんだろ、常識的に考えて。


しゃべる動物な時点で常識はずれの事だが、それ以上にありえない。


知る要素の無い事まで知ってるのは、さすがに


「ないだろ。いくら何でもおかし過ぎる」


「おかしいのはあなたよ、ないオス」


「変な略し方してんじゃねえよ。外人の名前みたいになってるじゃないか、そこまでいくと」


「あら、そうね。ナイオス、中々の響きだわ、あなたにはもったいない」


「いちいち俺を落とすなよ。それよりも、ありえないだろ、世辞に強くて理路整然としてるとか」


「世辞に詳しいが正解よ」


「そういう処もだよ。ああ、もう、訳解らん!」


「レディですもの、常に情報を求めるものよ、古いも新しいもね」


「どこのレディがそんなことするんだよ!」


「貧相なあなたが知らないだけよ。レディとは微笑みを持ってあらゆるモノを対処する存在なのよ。だから情報は必要なのよ。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、と孫子でも言っていたでしょう?」


「どこの戦国武将だ、この兎は!」


「古代の中国、春秋時代の武将よ。厳密には孫武が書いた兵法書が孫子よ。孫武の尊称でもあるから孫子が武将でもけっして間違いじゃないわ」


「ああ、もう、本当に訳が解らん!はぁ、あれか、しゃべる事はそう言う生物を発見したと考えるしかない。でも、この知識はどう解釈する?」


「昔から日本では白いモノは高貴な、神聖なモノとされてきたでしょう?キツネしかり、ヘビしかり。だから、私が高貴なモノ、神聖なモノと言う存在証明ね」


「確かに白いキツネや白いヘビは神の使いとされてきたが。ああ、うん、そんなフィクションは最後の砦だ。兎も角、ノンフィクションで考えたい」


「あら、私を前にして兎も角だなんて、ちょっとはマシになったのかしら、あなたも。ウィットが効いていてよ」


なんてウィットが効いた返し方だ、この兎は!


じゃねえな、しかし、本当にコレはなんなのだ?ありえない、は、もういいや。


俺、空腹と疲労で幻聴、幻覚を見てるか、気絶して夢でも見てると思った方が現実的な気がしてきた。


夢を見てるが現実的とか、普段だったら、一笑に付すところだが、今だったらそれが正しい、いや、思いたい。


あー、益々訳が解らなくなってきた。


やっぱり親父の言う通り、来るんじゃなかったな登山。


「兎を数える単位が匹じゃなくて羽なのは、兎が九官鳥みたいにしゃべる生物だったからなんだな」


「所説あるけど、鳥に似ている、が正解よ。なに、現実逃避?」


「したくもなるわ!」


ああ、なんで俺は人里離れた山奥で、兎と会話してるんだよ、訳が解らねえよ!


「だれか、この状況を何とかしてくれ!」


そう思うのは仕方がない、俺はそんな事を思うのであった。



俺の声を聴いて、救いの主が現れた。


のであれば、良かったのだが、木漏れ日が少し眩しい森の中、うっそうと茂る藪から現れたのは


「く、くまだああああああああああああ!?」


「きゃああああああああああああ」


体長4mは優に超えそうな巨大なクマだった。


「ぐるうううう」


「いやいやいや、ありえない、でかすぎるよ、このクマ」


「う、うそ、森の主より大きいクマなんて」


日本に生息するクマで最大なモノ、ヒグマですら体長は2m前後と言われている。


変異種、通常よりも育った個体であれば、もしかしたら3mに達する事もあるだろう。


ちなみにクマで一番大きな種は北極クマである。


「主?やっぱりこの辺りの主はクマなのか?」


「ええ、そうよ。私たち兎のような小さなモノは狙わず、鹿やキツネ、犬なんかを獲物としてるわ」


「へえ、じゃあ、兎やリスとからしたら守護神的な存在なのか」


「そうね。だから、高貴なる私も彼には敬意を払っているわ。」


「はいはい、高貴高貴。で、このクマはその主さまよりもでかい、と」


「あなた、失礼よ。ええ、主より大きいわね。じゃあ、主がこのクマに負けたと言うの?」


何者かと争ったような傷、は確かにある。


右目を遮るような傷痕が、強敵との勲章のように刻まれている。


しかも、その強敵を破っているはずだ、なんせ傷はずいぶん前に付けられたと思われるからだ。


そして、この近辺には目の前のクマの敵となる存在が居ない。


だから、真っ先に現れたのが、この巨大なクマだったと言う訳だ。


「これだけ騒いでれば、何か来ても仕方ない、と今さらながら思うが、クマって臆病だから煩かったら近寄ってこないよな?」


「本当に馬鹿ね。それは、味を、人間を襲ったことがない個体の話よ」


「じゃあ、このでっかいクマは人間を襲った経験があると?」


「でしょうね。なにせ、人間は私たち兎並みに弱い生物だから、獲物にしやすいもの」


「ぐるるううう」


藪から出てきた巨大なクマは、先ほどからこちらの様子を窺がうように見ている。


これは、あれだろうか、俺たちが簡単に、しかも、無傷で狩れるか、見極めているとでも言うのか?


人間がクマに勝てる訳がない、いや、銃を持った猟銃会の人なら勝てるかも知れないが、俺は勝てると思えない。


思わず目線を未だに握ったままの鉈と腰のナイフへ移し、シミュレーションしてみる。


鉈で斬りかかる→リーチの長い前脚でカウンターを食らう絵が浮かぶ。


ナイフを投擲する→練習したこともない事をしても当たらず、突進を食らって吹き飛ばされる絵が浮かぶ。


「ダメだ、敗北しか想像できん」


「何言ってるのよ、あなたが勝利する確率なんてある訳ないじゃない、本当に馬鹿ね」


「解ってるよ!あれ?いつの間に後ろに回ったんだ?」


「あ、あのクマが現れた時からよ。気づいてなかったの?」


「は?」


「私は白き衣を纏う高貴なる兎なのよ。あなたが犠牲になるから私は逃げるのよ」


「ああ!?お前、何、俺を犠牲にして逃げようとしてるんだよ!犠牲はお前だ、この毛むくじゃらの齧歯類!」


「ま、また、私にお前って言ったわね!しかも、毛むくじゃらとも!私はもふもふなのよ、決して毛深いわけじゃないの!後、齧歯類言わない!」


「うるせえ!お前なんてお前で十分だ、この兎!全身毛に被われてて、毛深くないとか、無理がありすぎるわ!」


「いいえ、私は毛深くないの!これはもふもふと言うのよ!」


「違う!」


「違わないわ!」


「違う!」


「違わないわ!」


「ぐるう」


「違わな、い」


「おい、今変なのが混じったよな」


「え、ええ、そう、ね。と、言うより、あなた、後ろ振り向きなさいよ」


「いやいやいや、無茶、言うなよ。どう考えてもそうじゃねえか」


「うふふ、そうね、そうよね。」


「あはは、そうだな」


「「いやだああああああああああ」」


現実逃避気味に兎と口論してたんだが、今、まさにクマに食われる5秒前。


思わず兎と抱き合った俺は、振り返って、至近距離まで近寄っていたクマを見上げる。


でかい、でかすぎる。


先ほど体長4mとか言ってたが、もしかしたら、もっとでかいかも知れない。


立ち上がったそのクマは、絶対に1階建て平屋の屋根ぐらいありそうだ。


絶対絶命、その四文字熟語が頭によぎる。


「ああ、親父。親父の言う通りだったよ。来るんじゃなかった。すまん、親孝行する前に。ごめん、もう墓参りに行けないわ、母さん」


俺は死期を悟り、育ててくれた親父、子供の頃に死んだ母さんに詫びの言葉を呟いた。

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