俺と白兎は脱兎の如く
「目を瞑れ!」
その呟きに答えたのは、第三者の声と、強烈な光。
「ぐるあああああああああ」
目を開けると閃光にやられたのか顔を抑えて転げ回るクマ。
「ぐるああ、ぐるああ」
まるで、目があ、目があ、とどこかのアニメで見たような光景である、クマだが。
「走れ!」
急展開に付いていけない俺へさらに声が掛かる。
生存本能のなせる業なのか、それとも真っ白な思考に与えられた命令を忠実に守ろうとする意志の無さなのか、兎も角走りだした。
走り出した先には山師?と思われる獣の皮を鞣した、革を身に包んだ男の背中。
山師と思われる、と言うのは、背中にありえないモノを下げてるからだ。
足場の悪い森の中でもしっかりとした足取りで走るその男の背中には、巨大な鉄の塊が背負われていた。
あれ?日本って銃刀法が存在してるから、大きな刃物は所持できないよね?あ、俺も鉈持ってるから他人の事言えないか。
と、今日何度目かの現実逃避をしながら、その男に続いて森の中を駆けていく。
ああ、兎?そいつだったら、なんか思わず抱きかかえてそのままにしてますよ。
「ちくしょう、なんで、俺は兎なんて抱えながら、死地を抜け出すために走ってるんだ?」
「無駄口叩いてないで、もっと速く走りなさいよ!」
「しかも、この兎偉そうだああああああああ」
「偉そう、じゃなく、偉いのよ。だって白き衣を纏いし高貴なる兎ですもの」
だから、兎がしゃべるなよ、返答するなよ。
俺の常識よ、どこに落とした、あの亀裂にか?
などと考えながら、目の前の銃刀法違反な男の背を追い駆け続けた。
「はぁはぁはぁ」
どれぐらい走ったのか解らないが、流石に息も切れ切れで、足元も覚束なくなってきた。
最初の頃は煩くて仕方なかった兎も、今は俺の服を掴み大人しくされるがままになっている。
やれもっと速くだの、抱き方が丁寧じゃないとか、思わずとは言え運んでやっているのに兎に角煩かった。
走りながら「何様だ、お前は」と言ってやったが「白き衣を纏いし高貴なる兎さまよ」と返しやがる。
その返答に頭に来たから投げ捨ててやろうとしたが、意地でも離さないとばかりに俺の服を掴み、終いには噛みついてきた。
「いてえ!この齧歯類、何しやがる!」
「むぎゅむぎゅむぎゅー!」
「何言ってるか解らねえよ!いや、元々兎の言葉が解る時点でおかしいわ!」
しばらくそんなやり取りをしていたが、先頭を走る男から怒られた。
「良いから黙って走れ、馬鹿野郎!他の魔物まで呼び寄せたらどうするつもりだ!」
「すんません」
「むぎゅー」
なんか気になる事を言っていた気がするが、あのクマや他にも野生動物が居るのだろうし、襲われたらたまったものじゃないので、俺たちは黙って走ることにする。
いや、走ってるのは俺なんだけどさ。
「まぁ、ここまで来れば大丈夫だろう」
先頭を行く男が速度を落とし、立ち止まったのは木々も疎らで、そろそろ森を抜けるかも、と思わせる場所だった。
息を整えつつ、兎を降ろし、振り返った男を見る。
背丈は190cmを優に超え、素肌が見える二の腕や首筋からも相当鍛えているだろうと窺える肉体。
濃い茶色の短髪に堀の深い顔立ち、そして赤みがかった茶色の瞳で20代半ばから30才ぐらいに見えた。
あれだけ走ったのにも係らず、息もあまり切らして無いようで、すでに息も整っている。
日本語を話しているが、明らかに外国人と思われる人物だ。
男は腰に下げていた革袋を口元に持っていき、おそらく水筒代わりの水袋で喉を潤していた。
「ありがとうございます、助かりました。あの閃光弾を使ってくれましたよね?」
「ん、ああ、礼には及ばないさ、助け合いが基本だからな。飲むか?」
男に近寄り礼を言えば、何とも男前な返答がかってきて、水袋を渡された。
お礼と共に水袋を受け取り口を付け、持ち上げると、新鮮な水が喉を潤す。
よほど喉が渇いていたのだろう、かなりの勢いで飲んでいき、水袋に残っていた全てを飲み干してしまった。
「すみません、貴重な水を」
「いや、気にするな。村までもう少しだし、水なんていくらでも補充できるからな」
水袋を返し頭を下げると、また男前な返答を貰う。
うん、安価に見える衣服や黒い革製の胸当てや膝当てという、ちょっと変わった服装だが、この男、かなりかっこいい。
流石にこの男の前で虚勢や意地を張ろうとは思えない、そんな雰囲気を醸し出していた。
「隻眼に襲われて無事だったとはツイてるな、兄ちゃん。そんなナリで良くこの森に入ったと、叱るべきか迷うところだな。」
「隻眼?ああ、あの右目を怪我したクマですか。確かに運が良かったと思いますよ。あと、もう少しでやられていたでしょうし。」
「運も実力のうちとも言うしな。もしかしたら女神さまにでも愛されてるのかね?白い兎を連れてるし」
「いやいやいや、白い生物が神の使いなんて迷信でしょう?」
「は?何言ってるんだ、兄ちゃん。白い獣のほとんどは女神さまの眷属にして聖なる獣、聖獣だぜ?子供でも知ってる事だぞ。今までどんな暮らし方してたんだよ」
あの白い毛むくじゃらの齧歯類が、女神の眷属で聖獣だと?
ありえないだろ、と言う前に、女神?聖獣?どこのアニメだよ。
それにだ、男の背にある大きな刃物、剣は何なんだ?
まるで、アニメに出てくる戦士、もしくは冒険者と言った感じだ。
異世界、そんな言葉が頭によぎるが、ありえない、そんなのはアニメなんかのフィクションだけだ、と頭の片隅に追いやった。
「まあ、いいや。とりあえず、村まで行くか。あ、そうそう、俺はノラン、職業は見ての通りだ」
「あ、俺は藤堂直哉です。職業は学生です」
「学生さんがこんな辺境に?あと、トウドウナオヤ?長くて変わった名だな。」
「まあ、祖父の供養を兼ねて登山に来てました。ああ、藤堂が苗字で、直哉が名ですよ」
「苗字持ちとか貴族だったのか。東国の生まれなのか?」
「えっと、貴族ではありません、一般市民ですよ」
うん、フィクションでしかありえない、こんな事はアニメの中の主人公だけで十分だ。
でも、もし自分がそれを体験しているとすれば、勘弁してくれと思いつつも、ワクワク感が止まらない。
だって、異世界にやって来たんだぜ?
冒険者になって一獲千金とか、剣を使ってのし上がるとか、魔法もあったりしたら使ってみたいじゃないか。
とは言え、そんな事はまず起きないし、起きたとしても俺にじゃないだろ。
そういう事は、どこぞの主人公さまのようなスペックを持ったやつか、もしくは、平凡なやつに限られてるだろうし。
俺はそこまで突飛なスペックは持ってなし、平凡でもないと思う。
平凡なやつが、山籠もり経験済みとかないだろう。
勉強や運動神経も上には上がいっぱいいたしな。
でも、もしかしたら、俺も勇者に?なんて失ったはずの十代前半な心、厨二病が顔を覗かせるのは致し方ないはずだ。
村に向かうと歩き出したノランに付いて行く傍ら、俺はそんな事を考えつつ、思わず拳を握りしめていた。
あ、あの兎はどうしたかって?
俺たちが話している間、付近の草を啄んでは「こんな植物初めてみるわね?あ、これ美味しい」と採取活動に精を出してたよ。
移動の際には、俺の背に飛びつき、採取した草なんかを俺のポケットにねじ込み張り付いてる。
ここでもひと悶着あったが、再びノランからお叱りを受け、黙々と後を行くことになった。
「騒ぐと魔物が寄ってくると言ったろうが!」
「「はい、すみません!」」
魔物が寄ってくるって事は、やっぱりそういう事なのかな?
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