風景 その3
○横須加地方総監部近くの公園・1245
沖の方から突然出現した『しらせ』のオレンジ色で大きな”船体”に、保育園の園児だろうか?小さなリュックを背負った子ども達が、公園海側の柵の近くではしゃぎながら、『しらせ』に向かって大きく手を振ったりしている。
そんな子ども達を保育士らしき人達が、柵から身を乗り出さないようにと注意したり、柵に乗った子をおろしたりと動き回っている。
「すっげー!おれんじのふねだぁ!おっきいー!」
「せんせー!あれなんていうおふねなのー!?」
小さな女の子が船を指して、直ぐ側の保育士らしき女性に質問をしている。
「あれはね、キョウコちゃん。『しらせ』っていう南極に行くお船だよ。」
「なんきょくってどこ?せんせー。」
女の子は小首を傾げて、保育士らしき女性に初めて聞いた地名を質問する。
「ペンギンさんが住んでて、す~っごく寒い所なの。」
両腕を組むとオーバーに寒そうなジェスチャーをする。
「ペンギンさんがいるの!?いいなぁ~。あのおふねもペンギンさんとあそんだのかなぁ~」
「そうだね、遊んだかは聞いてみないとわからないけど、会った事はあるかもね?」
そんなやりとりがされている側では、スマートフォンや大きなレンズのついた一眼レフカメラ等が『しらせ』の姿を撮っている。
中には撮ってすぐにスマフォを操作している人達もいる。SNSにでもアップしているようだ。
一方で、別方向にカメラを向けている人達もちらほらいる。レンズの先には他の一般の港では見られない、異質の存在感を放つ”艦艇達”が目刺し係留されている。
そのうち公園側の一隻は、自衛官の出入りが多い。出航でも予定されているのだろうか?
けれど、質問しても答えなど返ってはこないだろう。
何故なら
"彼女達"の行動は”秘匿”されているのだから
○横須加地方総監部 さん橋・同時刻
「白瀬さん、相変わらずお子様達の人気者ですわね。微笑ましいですわ。そう思いませんか、鳴潮1佐?」
「橋立1尉もよく色んな人達から手を振られてるじゃないですか。あれ見て下さいよ。私なんか目立ちにくいですから、たまに入出航で動いているときくらいしか手を降ってもらえませんよ。」
「あら?あちらに写真を撮っている人がおりますわ?鳴潮1佐も人気者なのでは?」
橋立が子ども達の奥側に見える、『しらせ』とは別方向にカメラを向ける人達に鳴潮の注意を持って行く。
「あっあれは、赤龍が出航準備だと思いますが、動きがあるから注目されるのであってですね・・・その・・・見分けもつかないでしょうから、”私”ということで撮っているわけではないと・・・」
「確かに
はっとした表情をさせた後、恥ずかしさのため赤くなった顔をうつむかせている鳴潮。
橋立はそれを見てふふっと笑うが、すぐに真面目な顔になる。
(鳴潮1佐をからかうのも面白いのですが、そろそろ切り出さないとですわね。)
鳴潮の真横に移動した橋立は、声を少し抑えて話しかけた。
「ところで・・・赤龍2尉の事ですけれども、遠州2曹と曳舟の方々にお願いしようと思いますの。よろしいですわね?」
先程までの優しい表情から一変し、厳しい顔つきに変え正面を見据える橋立。
「いえ、私があの
そして橋立と同じく表情を一変させた鳴潮は、同一
奥歯をギリッと言わせて強く噛みしめると、小さく何かを短く呟いた。
横にいる橋立の耳にも、その呟き自体は聞こえたが、内容までは聞き取れないほどの声だった。
「確かにその方が・・・よろしいかもしれませんわね。土佐2尉に本気を出されたらと思うと・・・ぞっとしますわ。」
言い終わった直後、身震いをさせた橋立。その行動といつにない緊張した表情から、決して土佐を茶化しているものではないとわかる。
「橋立1尉、遠州2曹達が来ました。私が行きましょうか?」
「いえ、私が説明してきますわ。それに今日は鳴潮1佐がまとめていただかないといけませんもの。」
そう言うと、遠州の方に向かって歩き出す橋立。
鳴潮はそれを見やると、辺りを見回す。
普段であれば、DDGやDDといった面々の中からまとめ役が決まる。しかし今日は米海軍との共同演習のため主力メンバーが欠けている。ちなみに土佐がその演習に参加していないのは、出雲が参加しているということもある。
鳴潮は軽く溜め息をつくと、集まった面々に並ぶように指示を出し始めた。
○横須加地方総監部 さん橋・1258
「ちょっと!大磯、力入れ過ぎ!白瀬さんが危ないでしょ!私が大磯に合わせるって打ち合わせしたばっかりでしょうが!!」
「そんなぁ~!言われたとおり、さっきよりちょっと強く押しただけですよ~!!そんなに入れてませんよぉ~!!」
「ちょ、ちょっと新人君!も、もうちょっと穏やかに押してくれないかねぇ!?茅ヶ崎丸君と主機が違うのかわからないが、もっと繊細に調節してほしいんだがねぇ?今年はせっかく無事に帰って来れたのに、最後の最後、地元で骨折なんてごめんなんだからねぇ!!」
もう間もなく接岸なのだが・・・茅ヶ崎丸と大磯丸の息が上手くあわず、白瀬が真っ青な顔で2人に声をかけている。
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「心配ないですわ・・・と言いたいのですが、会話を聞く限りでは言い切れませんわね。気は抜けませんが、もう間もなくですし、白瀬さんの幸運を祈るしかありませんわね」
岸壁に集まった面々の顔には、不安や心配といった表情が浮かぶ。後列に並ぶ曳船達の表情だけみても、「あちゃぁ~」とか「うわっ!」と今にも聞こえてきそう・・・いや、頭の中で言っているようである。
そんな艦魂達のやり取りを知ってか知らずか、自衛官達が艦上から係留用のロープを投げ、受け取った自衛官達は係留柱に括り付けていく。
そして無事に接岸し、茅ヶ崎丸と大磯丸は白瀬達に大きく手を振りながら離れていった。
その間にも離艦の準備が進み、『しらせ』にラッタルがかけられた時、橋立の肩が軽く2回叩かれ、小声で「赤龍2尉が、お見えになりました」と、遠州から報告を受ける。
そのまま橋立の左側に並んだ遠州、内心で自分の出番がないようにと祈っていた。
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