風景 その4

 各艦魂が白瀬の出迎えのために整列している中、遅れて姿を現した赤龍に対して、並んでいた面々のうち昨年のトラブルを知らない何名かを除いて、今年はトラブルが起きないよう各々が祈っている。



 「遅くなって申し訳ありません、鳴潮1佐。出航準備の為遅くなりました。」



 挙手敬礼で鳴潮に報告する赤龍。答礼した鳴潮は、自分のそばに並ぶよう促した。


 (全く・・・このまま大人しく出航してくれたら良かったのに・・・)


 『しらせ』から降りてくる乗員達を見ながら、辛うじて苦々しい気分を表情に出さなかったものの、視線は鋭くなっている鳴潮。

 そんな鳴潮を、後ろに並んでいた橋立はさり気なく見やると何かに救いを求めるかのように目線だけを空に向ける。

 時刻は1305となり、離艦する乗員の列の最後尾には青い作業服、2匹のペンギンが刺繍された帽子、黒縁のメガネを着用した女性が降りてきた。



 「皆さん、お出迎えありがとう!いやぁ~、今年はお陰様で無事に帰ってこれたよ!」



 ラッタルの真ん中辺りで歩きながら挙手敬礼し、さん橋で整列している面々に声をかける白瀬。鳴潮達もそれに対して答礼し、白瀬が挙手敬礼を終えて、一拍おいてから答礼を終えた。



 「出迎えの指揮官が鳴潮君とは珍しいねぇ?霧島君達とかはどうしたんだい?」



 鳴潮の側まで来た白瀬は、握手をしながら普段と違う雰囲気の理由を問うた。



 「現在米海軍との共同演習中です。今回は少し規模が大きくて、あちら側のさん橋もご覧になったと思いますが、あの通りですよ。」



 右手で海の方を指し示し、白瀬もそちらを見やる。

 米海軍側のさん橋には、普段は見えているイージス艦や空母も見えず、閑散とした様子である。

 そして顔を鳴潮に戻そうとした時、並んでいた中の1人に目を留めると、そちらに近づいていく。



 「あれ?何でここに出雲君がいるんだい?君だったら真っ先にお呼ばれされそうなのに?それに髪も随分短くしたねぇ。あんなに自慢にしてたのにどうしたんだい?何か問題があったのかねぇ?私でよければ話を聞くよ、出雲君?あれ、加賀君だったかな?」



 そうまくし立てた白瀬は、少しずれたメガネを人差し指で上に上げながら相手の顔を覗き込んだ。



 「初めまして、白瀬さん。私は出雲の妹で土佐と言います。自己紹介が遅れて申し訳ありません。」



 挙手敬礼しながら自己紹介する土佐。白瀬は少し驚いたような顔をして、上げたばかりのメガネをもう一度人差し指で上げる。



 「えっ?出雲君の妹?良く似ているねぇ。それにしても妹は加賀君って聞いてたけど、間違って覚えていたみたいだったねぇ?いやぁ~これは失敬、失敬。てことは、加賀君は誰の妹だったかな・・・?金剛君?愛宕君・・・?んん?そもそも建造されてたのかねぇ?・・・ブツブツ・・・そう言えば駿河君も・・・ブツブツ・・・」



 「白瀬さん、加賀と駿河は・・・あの、白瀬さん?」



 右手をアゴに、左手を腰にあてると独り言を呟きながら思考の海に向かって出航する白瀬。

 土佐は声をかけ損ね困惑していると、不意に2回肩を軽く叩かれる。左後ろを向くと遠州が話しかけてきた。



 「土佐2尉、白瀬さんは一度こうなるとしばらく戻ってこないんですよ。っと、鳴潮1佐!白瀬さんが思考モードに入っちゃいましたけど、どうしますか!?」



 「仕方ないけど、これでこのまま解散しようか。本当ならちゃんと挨拶してから解散って思ったんだけど、白瀬さんがこれじゃあ・・・。」



 鳴潮はやれやれといった様子で肩をすくめると「解散!」と一声かけて解散させた。

 しかし打合せ通りに、さり気なく土佐と白瀬の側に遠州と曳舟数人、赤龍の側に鳴潮・橋立・曳舟二人が雑談をしながらさり気なく残っている。

 鳴潮は赤龍を土佐達のグループから離れるように誘導しようと、話しかけようとする。

 本来は土佐を、足止めした赤龍から離すように動く予定だったが、白瀬が予定外に動きを止めてしまい、土佐も動くに動けなくなったためによる急な作戦変更である。

 最も橋立から、土佐が白瀬と話し込む場合も想定するよう具申されていたため、所謂いわゆる”プランB”になっただけである。

 ところが赤龍は鳴潮が話しかける直前、囲みきっていない橋立と曳舟の隙間から、スルリと抜け出し土佐達の方に向かって歩き出した。

 赤龍の出航が近いという情報があったため、”自分から土佐に近づく”ことは想定されていなかった。

 何と声をかけて足止めしようかと鳴潮は焦っていたが、赤龍は数メートルしか離れていない土佐達の所に着いてしまった。

 1人の曳舟が背後の気配に気付き、後ろを向くと赤龍がいるという想定外の事に一瞬驚き、一歩引いて道をあけてしまった。



 「何度か見かけたけど会うのは初めてね。赤龍よ、よろしく土佐2尉。今あなたとは一緒の階級だけど、あと2週間したら1尉だから、タメ口するんなら今のうちよ?まぁ、あなたいい子ちゃんぽいから言える訳ないよね~」



 赤龍の出現に挙手敬礼をした土佐だったが、赤龍の態度に困惑してしまい、手を下げるタイミングを逃してしまう。



 「あのさ、いつまで敬礼してんの?別にいつまでもやってて良いけど。それよりあなたってさぁ、あそこにある図体がでかいだけで1人じゃ自分も満足に守れない空母よね?あ、ゴメンゴメン!『ヘリコプター搭載型護衛艦カッコ空母カッコとじ』だったっけ?あたしにとっては『標的(笑)』だけどね~」



 「赤龍!ケンカ売る前にさっさと自分のとこに戻れ!出航準備で忙しかったんじゃないのか!?」



 「いやだなぁ、あたしはコンビニでもスーパーでもないですから、ケンカなんか販売してるわけないじゃないですか、鳴潮1佐。それに土佐2尉とケンカしてるように見えましたか?そうだったら心外ですよ。はあぁ~」



 「なっ!」



 これ見よがしにわざとらしく大きくため息をつくと、これまたわざとらしく肩を落とす赤龍。

 橋立は鳴潮の後ろから様子を伺っているが、普段の赤龍とは違うことに気づく。

 普段であれば何か事を起こしたとしても、鳴潮たち潜水艦組の言うことはそれなりには聞いていたし、このような物言いもしていなかった。

 ところが現時点では、まるで鳴潮に対してもケンカをふっかけているように見える。

 一方の土佐は特にどうという事もなく、普段通りの表情で口を開く。

 



 「お言葉ですが、私は就役してからずっと、国外の方々艦魂達から空母では?と言われて慣れていますから、何かの意図を持って挑発されてるのでしたら、私には全く意味はありません。確かにDDやDDGの方々に守ってもらわないといけないですが、だからといって自衛出来ない訳ではありません、“挑発の赤龍”2尉。」



 「“あんた”なかなか言うじゃん?全く・・・“あんた”も“あんた”の姉貴共も、ほんっとーにムカつくわぁ!!まぁ、出雲も加賀も大したことなかったし、その妹の駿河も“あんた”も、どうって事ないんだろうけど!」



 そう言い終えた赤龍は、土佐の微妙な表情の変化を捉えた。

 わずかにだが、片方の眉がピクッと動いた。

 土佐にしてみれば本人も気付かない”たったそれだけの事”だが、赤龍には十二分な判断材料になってしまった。

 数秒の沈黙の後、鳴潮達は両者を止めるべく動こうとした瞬間、赤龍は口の端を少しだけ上げこう切り出した。



 「そうだ、良いこと教えてあげようか、土佐2尉?あたしが出雲と加賀を大したことないって理由。」



 「おい、赤龍!本当にいい加減にしないか!」



 「いえ、鳴潮1佐・・・。赤龍2尉、お聞かせ願いますか?」



 土佐は視線を赤龍から外さず右手を上げ、赤龍の肩を掴んだ鳴潮を制すると、視線を鋭くしながら質問する。



 「演習で出雲と加賀に負けたことないんだよね。ちなみに金剛と出雲ペア、いかづちと加賀ペアともやったけど、撃沈判定食らわせてやったわ。最も雷に”だけは”苦戦したけど、あんたの姉貴共はあっという間。そこら辺で浮かんでる空き缶と同じで、ただ浮かんでるだけの役立たずね。あんなのがいるから、あたしたちにまで税金の無駄遣いって言われるんだから、良い迷惑だわ!」



 「赤龍2尉、私の事は何を言われても構いませんが、姉達を悪く言うのは止めていただきたい!!」



 土佐が怒鳴って一歩踏み出すという、前代未聞の出来事に周囲は凍りつく。鳴潮は辛うじてその空気にのまれずに赤龍と鳴潮の間に割り込む。

 赤龍は鳴潮の肩越しに、嘲笑を浮かべこう言い放った。


 「悪く言ったつもりはないわ。事実を言っただけ。実際に格下の私から演習とは言え、魚雷食らって撃沈判定されてる!だからあんたの姉貴共は大したことないって言ってるだけ!!許せなかったらどうだって言うの?去年の加賀みたいにあたしを殴るわけ?出雲みたいに泣きわめいても良いわよ?!駿河とあんたはどんな無様な姿を見せてくれるか楽しみね!」



 土佐は言い返すことなく、表情も大きく変える事無く沈黙した。

 しかし若干ではあるが肩を震わせ、右手の握り拳からは血が滲んでいる。

 そして血が表面張力に耐えきれず、一滴、二滴と地面に垂れ始めた時、事態は動いた。



 「と、土佐君!どうしたんだい!?ああ、こんなに血が・・・手を開いてくれるかい?急いで止血しよう。鳴潮1佐、いつもの悪癖が出たみたいで申し訳なかったねぇ。このまま僕の医務室に連れて行くよ。」



 そう言いながら、土佐の血塗れの手をとり傷口を確認しながら、ハンカチをとりだした。



 「お願いします白瀬さん、後で伺います!それから赤龍、来い!!」



 「鳴潮1佐、行きたいのは山々ですけど、残念ですね。時間切れですよ?」



 もう一度、今度は強く肩を掴んだ鳴潮だったが、赤龍に手を払われる。その隙にさん橋を『しらせ』の艦尾側に向かって走り出し、数メートル行ったところで赤龍の姿が虚空に消える。



 「赤龍!まちなさ・・・くそぉ!!」



 パンッ!!


 鳴潮は開いた左手に右の拳を強く叩きつけた。そして『しらせ』の艦尾側の海を睨みつける。

 ちょうどその時、潜水艦が少しずつ見えてきた。哨戒活動なのか単独か合同の演習なのか、定かではないが出航していくのが見える。

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