第2章 防人達の交流

1 防人達の交流

防人達の交流(前編)

 ○鳥取県境港市沖15km『LST4004 いわしろ』医務室内・マルフタフタロク


 「とりあえず酔い止め出しとくから。ハマヤマさん、それで様子を見てもらえるかな?。」


 「こんな夜中に申し訳ありませんでした。どうしても我慢出来なかったもので。」


 「いやいや大丈夫だよ、それぐらい予想してたから。今夜は“緩い”けど、陸自さん達にはきついだろ?夕飯、お腹に残ってるかい?」


 「“緩い”・・・ですか。私には“かなりきつく”感じましたよ。辛うじてお腹に残ってると思いますが。」


 「んじゃぁ、大丈夫だ」と言いながら、夜間の灯火管制中のため、すぐに赤いライトに切り替えた衛生員。

 青の作業服を着た海上自衛隊・衛生員の2等海曹と、向かいに座る、緑を基調とした、所謂いわゆる一般的なイメージの迷彩服を着た陸上自衛隊の3等陸曹。


 陸自隊員である彼が、『いわしろ』にいる理由。それは『協同転地演習』の真っ最中だから。

 では『協同転地演習』とは何か?と言うと、長距離移動の訓練の事である。

 以前は『北方機動特別演習』、つまり、本州や九州の部隊を北海道へ移動させる訓練が元になっている。

 現在は『北方』の逆、『南方転地演習』も行われており、それらを総称して『協同転地演習』となっている。


 『LST4004 いわしろ』の今回の役回りは、新設された島根県にある海上自衛隊“浜田基地”で、山口駐屯地の第17普通科連隊・出雲駐屯地の第304施設隊を乗せて出港、途中の舞鶴基地で米子駐屯地の第8普通科連隊の一部をピックアップし北海道へ向かう予定になっている。


 他の部隊は『LST4003 くにさき』の太平洋側航路・航空自衛隊の輸送機・貨物列車・民間のフェリーなどを利用して北海道に移動している。

 偵察隊に関しては高速道路などを利用して自力で移動している。


 そして、『医務室』にハマヤマがいる理由は“船酔い”である。

 1日ほど前、日本海側に低気圧が通過し、海は荒れてしまった。現在も“やや”波がうねっている。

 ただし、海自隊員にとっては“やや”であり、艦に慣れない陸自隊員にとってはある意味、「普段の訓練の方が天国」(ある2等陸士の談)と思わせるに十分な波のうねりである。


 「こればっかりは、艦に乗ってないと慣れるものじゃないからなぁ。舞鶴に着けば、少しは落ち着けると思うよ。すぐ出航しちゃうけど。」


 コンコンッ


 衛生員が話し終わると、扉が弱くノックされた。どうやらこの衛生員は徹夜になりそうな雰囲気である。

 「それでは失礼します。」と挨拶し医務室を出ようとする、ハマヤマ3等陸曹。

 開かれた扉の向こうで、青い顔で敬礼をしている1等陸士に答礼するとそのまま水を飲むために食堂に向かう。


 ○『いわしろ』艦内食堂・マルフタサンハチ


 「参ったね、コップ無い・・・か。水道も厨房側と。」


 あると思ったコップも無いし蛇口も見当たらない。であれば仕方ない、水無しでいいやと薬を取り出そうとポケットに手を突っ込んだ。


 その瞬間、誰もいないはずの食堂に、それも自分が入って1~2分経っているにも関わらず、出入り口と反対の厨房側から突然湧いた・・・・・ように感じる人の気配。


 「誰だ!」


 反射的に出て来た言葉。が、ハマヤマは、『しまった』と思った。ここは自衛艦内、不審者よりも陸自隊員身内海自隊員親戚を先に連想しなければならなかったと思われる。陸自・海自どちらにしても、上官ならかなり怒られるだろう。

 幸いにして医務室で薬をもらっている。出歩いてここに来た理由は説明出来るが・・・

 そして万、いや億が一にも不審者だった場合、自分が対処しなければならない。


 沈黙に包まれる食堂。何ともいえない空気が漂う。


 「誰・・・か、いる・・・のか?」


 沈黙に耐えきれなかった、と言うわけではなく気配が突然消えた気がしたから、声を出した。


 (おかしい・・・)


 背中に冷や汗が流れる


 そして再び感じる、人の気配。先程にはなかった懐かしさも感じているハマヤマ。


 (やはり、いる・・・のか?それに・・・っ!まさか!今頃?ここに?そんなはずは・・・)


 「誰かいるのなら、出てきてもらえると、その、助かるんだが」


 誰かを連想したのか、口調を変えるハマヤマ。その言葉に対して反応するかのように、厨房付近のテーブルから、手首が生えてきた。いや、浮かんでいる!?


 パニック状態になりかけたハマヤマだったが、「だっ!だれ・・・だ!」とやや掠れてはいるが、声を出すことで平常心を保とうとした。

 でなければ、腰を抜かすか、大声を出して逃げている所だったであろう。


 すると、「驚かせちゃって、ごめんなさいね。」と声が聞こえ、テーブルの下から女性が出て来た。

 黒っぽい作業着を着て、両肩に階級章をつけている。


 (なんだ海自の人か・・・黒っぽい作業着だったから、手首浮かんでいるように見えただけ・・・って、あれ?両肩に階級章・・・・・・?黒っぽい作業着?海自の曹士って青じゃなかった・・・か?・・・あれ?)


 ハマヤマは、海自との接触は、今回の『協同演習』が初めてであり、海自の曹士が青い作業着と言うのも聞いてはいたが、見たのは今回が初めてである。

 それが、目の前の女性の作業着は黒っぽい。そして両肩に階級章で、少し距離はあるがこの薄暗がりでも金色ぽく見えている。


 それすなわち・・・


 「こんな時間と場所ですみません。私は岩代3等海佐と申します。陸自の方の様ですが、伺ってもよろしいでしょうか?」


 ハマヤマは(幽霊とかお化けとかの方がマシだった!)とさっきとは違う意味で背中に汗をかいている。


 「わっ、|私(わたくし)は第4施設団第304施設隊ひょ・・・所属、ハマヤマリクト3等陸曹です!先程のご無礼、申し訳ありませんでした!」


 食堂内に木霊こだまする、悲痛な自己紹介。恐らく、そばに誰か居たとしても、彼にかけられる言葉は無いだろう。


 「まぁ少し落ち着いて、そこにかけて下さい。お水持ってきますから。」


 「岩代3佐、お気遣い有り難いですが、岩代3佐に用意していただくのは・・・」


 椅子をすすめられたハマヤマだったが、立ったままである。また所属違いとは言え、上官に飲み物を用意させるわけにはいかないと断ろうとした。


 「でも、さっきコップが無いって言わなかったかしら?それに医務室から来たんなら、薬飲むんでしょう?だったらお水持ってくるから、座ってて。ね?」


 「はい。いや・・・あっ・・・・やはりその・・・」


 このまま押し問答が続くと思われたが、岩代の次の言葉で一変する。


 「ハマヤマリクト3等陸曹。私は3等海佐です。所属は違いますが、同じ自衛官。この意味が判らなければ、命令・・しなければなりませんが?」


 先程までの柔らかい雰囲気を纏っていたのが、まるで食堂内全体の空気を変えるかのように静かに、しかしハマヤマに真っ直ぐにぶつけるかのように言葉を紡いだ岩代。

 自衛隊は階級社会。上官の命令は絶対である。

 こうまで言われてしまっては、何も言い返せず、「失礼します」と目の前の椅子に座るハマヤマ。


 テーブルに水の入ったコップを差し出されるが、それにどう反応したらと言った感じになるほど緊張状態になっているようで、なかなかコップに手を出さない。


 「薬、飲まなくて大丈夫かしら?もうしばらくは続くみたいよ、この揺れ。」


 ほんの1分も経たないくらい前に、自分を威圧したとは思えないほどの柔らかな雰囲気の岩代。どこか、懐かしさもこみ上げてくる。ハマヤマはどっちが本当の彼女なのかと、混乱し始めた。


 「い、いただきます、岩代3佐」


 「遠慮しないで大丈夫よ。でも艦の水は、貴重だって言うのも忘れないでね?機関科の人達で作ったお水も入ってるんだから。」


 「はい!」と返事をすると、ハマヤマは錠剤を口に含み、一気飲みで流し込んだ。


 「ところで、ハマヤマ3曹?ちょっと質問なんだけど、どうして私が居るって判ったのかしら?かくれんぼには自信あったんだけど、あっさり見つかっちゃって、ビックリしているのよ。」


 「はい。なんとなくと言いますか、どう説明したらいいか判らないのですが・・・なんとなく雰囲気で、としかお答えできません。申し訳ありません。」


 申し訳なさそうに俯くハマヤマに対して、「気にしないで」と手を振る岩代。


 「あの“お嬢ちゃん”は別にしても・・・。それともう一つ、3回目の呼びかけの時、私が誰か判って声をかけたように感じたんだけど。私が見えた・・・のかしら?」


 ハマヤマは、それにどう答えようか悩んだが、岩代にごまかしは恐らくきかないと、正直に話すことにした。


 「岩代3佐かどうかは全く判りませんでした。岩代3佐が出てくるまで、雰囲気しか判りませんでしたし・・・その雰囲気が・・・知り合いにそっくりだったもので・・・」


 「私とそのお知り合いの方が?どんな方かしら、興味ひかれるわね?詳しく教えてもらえると、嬉しいんだけどなぁ。」


 ハマヤマは、そんなに岩代が食いつくとは思わず、やはり適当に答えておけばと悔やんだ。言葉の端々に威圧感が漂っているからだ。


 (うわ、今ごまかしたら、海に叩き込まれそうだ。何なんだ、この岩代3佐って。何者なんだ?)


 ○『いわしろ』艦内食堂・マルフタヒト


 「自称“神様の見習い”・・・ねぇ・・・」


 ハマヤマは幼い頃と小学校高学年の頃の2度だけ、“神様の見習い”と自称する少女と会っている。

 父親はその少女と面識があったらしいが、幼い頃の方の記憶なので曖昧であった。

 とにかく、その“自称・神様の見習い”の少女と雰囲気がそっくりであったと説明した。


 「それなら、私も“神様の見習い”ってことかしら?とっても光栄な事ねぇ。あ、てことは、中海ちゃんとか土佐ちゃんもってことね~。二人とも聞いたら喜ぶわね~。災害派遣から帰ってきたら教えてあげようかしら?」


 災害派遣と聞いた瞬間、ピクッと反応するハマヤマ。数週間前、ハマヤマの同期が国外の災害派遣に赴いたのだが、その際、多国間演習が終わったばかりの『とさ』に乗って行ったからである。

 そして同時に冷静になったハマヤマは、自分が乗っている艦の名前も思い出してしまった。


 『・いわしろ』と


 「岩代3等海佐、質問がありますがよろしいでしょうか?」


 「何かしら?改まって。」


 目を細める岩代。一瞬気おされるが、あえて岩代を見据える。


 「岩代3等海佐がこの“・いわしろ”に乗り合わせているのは、偶然・・と言う解釈でよろしいでしょうか?また、話に出た土佐さんと“護衛艦・とさ”、中海さんと“護衛艦・なかうみ”との間の関係性の有無を、お答えしていただきたいと思います。」


 ハマヤマは“なかうみ”に関して、聞き覚えは無かったのだが、あえてブラフのつもりで質問した。結果としては正解であるのだが、現時点で本人は知る由もない。


 「一つ、訂正させてもらえるかしら?。」


 人差し指をたてた岩代は、ハマヤマの鼻のそばまで指を持って行く。たじろぐハマヤマ。

 数秒の沈黙が辺りを包むが、ハマヤマには数分、いやもしかすると十数分にも感じたに違いない。


 「『いわしろ』はね、護衛艦じゃないのよ。輸送艦なのよ。ゆ・そ・う・か・ん!覚えましたか?ハマヤマの“坊や”君。それから、私が乗艦してるのは偶然じゃないわよ。中海ちゃんと土佐ちゃんの方の質問も、『有り』って言っておくわね。」


 輸送艦であることにプライドを持っている岩代は、“お嬢ちゃん”に間違えられた時以上に怒ってしまったようだ。

 そして、『世の中どこに逆鱗が転がっているのかわからない』と痛感したハマヤマであった。


 「そうそうもう一つ訂正ね。『なかうみ』のカテゴリーは補給艦よ。そこもついでに覚えておいてあげてね。」


 そして、ふと思う。岩代は、関係性はあると言ったが、何故その様なことになったのか?、と。

 海上自衛隊の事はよくわからない。しかし、女性自衛官で艦と同じ名前の人物をなぜ“配置”しているのか?

 そして岩代は、なぜ“私は輸送艦・・・・・”と言ったのか?普通“私の”とか“我々の”艦、ではないのか?まるで自分の事のように言っているように聞こえる。


 “私『神様の見習い』”


 “私『輸送艦』”


 “『神様見習い』と似た雰囲気”


 “突然食堂内に現れた”


 ハマヤマが導き出した答え・・・


 それは・・・


 「岩代3等海佐、失礼を承知の上で伺います。」


 「何でしょう?ハマヤマ3等陸曹。」


 「岩代3佐は、ごえぃ・・・輸送艦の神様、もしくはそれに準ずる存在、ということ・・・でしょうか?」


 (何を馬鹿げたことを言ってんだ俺は!でも・・・それしか言いようが・・・どっちにしても、俺の自衛隊人生・・・終わったなぁ)


 『神様ではない岩代』に頭がおかしくなったと報告されてしまえば、現場からデスクワークに配置転換かもしれない。最悪、自衛隊にも居場所が無くなるかもしれない。もしかすると、ある特定の病院に直行かもしれない。

 『神様である岩代』ならば、この艦内でこのまま神隠しに合うかもしれない。小説やアニメみたいに転移または転生させられて“この世界”から「さようなら~」ではないか?と。


 「ん~、神様って言うのとは違うのよね。“お嬢ちゃん”にも説明したけど、『艦魂』って言って・・・まぁ早い話、私はこの艦の“魂”とか“意識”とか“分身”みたいなものなのよ。」


 「えっ!じゃあ・・・それって・・・ゆ「ストップ!それ以上はストップ!」


 突然の岩代のカミングアウトに、ハマヤマはもしかしたらと確認するように聞こうとしたら止められてしまった。


 「もぉ、“お嬢ちゃん”も“坊や君”も、なぁんでそっちに考えがいっちゃうのかしら?“艦魂”はあくまでも“艦魂”なのよ!幽霊とかお化けとかと一緒にされるのは迷惑なのよねぇ。」


 頭痛がしているのか、こめかみの辺りを指でグリグリと押している岩代。


 「はぁ・・・りょ、了解しました。」


 やや安堵したハマヤマ。とりあえず特定の病院への入院や神隠し・転移・転生の類いはなさそうではあるようだ。


 原因は別ではあるが、共に疲れ果てたような顔をしている。

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