防人達の交流(後編)
静かになった『いわしろ』の艦内食堂。波の音だけが聞こえてくる。
「気を取り直して聞くんだけど、坊や君は“神様の見習い”って子にお願い聞いてもらったりとかしたのかしら?例えば、統幕長になりたいとか?」
統幕長とは統合幕僚長の略で、3自衛隊をまとめる長である。その下には陸上・海上・航空幕僚長となっていて、各自衛隊の長である。
「とっ!統幕長!そんな恐れ多いですよ。あの子とは、ただ普通におしゃべりしてただけでした。もしお願いを聞いてもらってたら、今頃は空自のUH60Jに乗ってるでしょうね。救難のヘリパイは憧れでしたから。」
「陸自さんたちもあるんじゃなかったかしら?陸自さんのUHー60Jも来たわよ?」
首を横に振るハマヤマ。
「陸自には専門部隊はありません。専門なら空自の救難団か
「あらぁ大村とか館山基地はふられちゃったのね。でもそれなら空自に入れば良かったんじゃないの?」
「それが、高校の頃に目を悪くしたのと、英語が全然ダメで・・・。なので、ヘリパイを諦めて、何か直接人助けになるものを探していたら
話を区切ると空にしたはずのコップに、いつの間にか入れられた水を飲む。
「81式ってどんな物なのかしら?」
「81式自走架柱橋の事で、簡単に言うと
実際に東日本大震災の際、92式浮橋等と共に市民生活を支えていた。この81式自走架柱橋は、90式戦車は重量超過のため通行不可だが、一般の車両なら問題なく通行が出来る。
「へぇ~、陸自さんだと、戦車とかレンジャー・・・だっけ?とかって言うかと思ったけど。変わってるのね。私も変わってるって言われるけど、同じ位じゃないかしら?」
「良く言われます。施設隊に配属された時、第一志望だって答えたら小声で『無理してないか?』って小隊長から言われました。もっとも、小隊長の方が無理してたみたいで、しばらくして退職されましたけどね。」
「あらあら」と相槌をうつと、何かに気がついたように出入り口を見る。つられてハマヤマも見るが、特に変わった所もなく、艦の揺れ方も変わってはいない。
「ちょっと席を外して良いかしら?すぐ戻るから。それとも、もう一回寝る?」
「そう・・・ですね。もう少し位なら大丈夫です。2時間くらい寝られれば大丈夫ですから。」
「わかったわ、って言っても、本当に直ぐ戻ってくるけどね。」
そう言って岩代は、出入り口からどこかへと向かった。
○鳥取県
岩代が言葉通りに、直ぐ戻ってきてから5分程だろうか。雑談を再開していると、不意に誰かの近づく足音が聞こえた。
一瞬身構えるハマヤマだったが、岩代が右手で制する。
扉の前あたりで止まった足音。一瞬の静寂の後ノックされた。
「ノックいらなかったのに。どうぞ、入ってもらえるかしら?」
「失礼します、岩代3・・・佐?あっ先客でしたか?」
扉から入ってきたのは、岩代と同じ作業着を着た女性自衛官。両肩の階級章には太い1本線。3等海尉のものである
ハマヤマは立ち上がると、10度の敬礼をし自己紹介した。
女性自衛官も答礼して自己紹介を始めた。
「私は、輸送艦『いわしろ』の第2分隊船務科船務士、ナガウラカイリ3等海尉です。よろしくお願いします、ハマヤマ3等陸曹。」
「ほらほら、堅苦しい挨拶は私の権限でなしにしましょうよ、ね。“お嬢ちゃん”も“坊や君”も座りましょうよ。」
手のひらを上に向け、両手で椅子を指し示し、座るよう促す。
「“お嬢ちゃん”?この方が話に出てきたあの“お嬢ちゃん”ですか?」
「“坊や君”て、こちらのハマヤマ3曹の事ですか?」
二人は同時にしゃべったため、声が重なってしまった。
「同時にしゃべられても、私には聞き分けられないわよ?土佐ちゃんとか石見ちゃんとかなら
音響測定艦『AOS5201 ひびき』は、速度約11
この『ひびき型』、ディーゼルエンジンを積んだ水上艦ではあるが、動力は潜水艦と同じバッテリー駆動で静粛性に特化した艦である。
「ところで岩代3佐、ナガウラ3尉も“艦”なんですか?」
「いいえ、私が所属を言うなら、“第1輸送隊所属”とか、“呉基地所属”って言うわね。他の艦達はなんて言ってるか判らないけど。で、ナガウラのお嬢ちゃんは“第2分隊”だからあなたと同じ自衛官よ。」
おもむろに立ち上がると岩代は「ちょっとだけ時間もらえる?」と言い、厨房に向かった。
「あっ、えっと失礼しました、ナガウラ3尉。岩代3佐が艦魂と伺っていたもので、ナガウラ3尉ももしかしたら・・・と思いまして。」
軽く頭を下げるハマヤマ。ナガウラは若干困惑気味だ。
「ああ、いえ。お気になさらずに。ところで、ハマヤマ3曹はどうしてこちらに?」
「船酔いで薬もらったんです。で、水を探してこちらに来たら、岩代3佐に会いまして。ナガウラ3尉はどうして?」
「私はなんとなく目が覚めてしまったんですが、部屋に来た岩代3佐に、紅茶を飲みに来ないか?と誘われたんです。3佐の入れた紅茶、美味しいですよ。」
あの時席を外したのは、ナガウラを呼びに行ったのかと、納得するが、今度は“どうしてナガウラが起きたのが判ったのか”に疑問符がついた。タイミングでは恐らく扉を見たときなのだろうが。
「質問ばかりですいませんが、岩代3佐はどうしてナガウラ3尉が起きたのが判ったのでしょうか?特殊な能力かなにかでしょうか?」
「多分、“見えたから”だと思いますよ。ね、岩代3佐?」
自衛艦に載せているとは思えない、高価そうなティーカップを3人分とクッキーをトレイに載せて持ってきた。
「正解よお嬢ちゃん。あっこのクッキー、摩周ちゃんの差し入れで手作りよ。昨日、浜田基地で行き合った時もらったの。どうぞ二人とも。」
「いただきます。」と二人はそれぞれ手を伸ばしクッキーを食べる。
ナガウラは「美味しいですね。」と満面の笑みである
ハマヤマも「本当ですね。表現出来ないくらいですよ。」と紅茶に口を付ける。「この紅茶も最高に美味しいです!」と驚いた顔をして岩代を見る。
「そんなに喜んでもらえると、私も入れがいがあるわね。言ってくれれば作ってあげるから、遠慮しないでね。」
自身が入れた紅茶を誉められ、嬉しそうに微笑む岩代。
「ところで岩代3佐、2つ質問が。一つは“見える”とはどういうことか?と、もう一つは摩周さんとはどなたでしょうか?」
おかわりを受け取ったハマヤマは、カップを置くとこう切りだした。
「一つ目の前に二つ目からね。摩周ちゃんは『補給艦AOE425 ましゅう』で、空自さんの『空中給油機』みたいに、動きながら給油や給水に食料や資材を届けてくれるの。彼女たちのおかげで、私達は海外にも行けるのよ。」
「動きながらですか?すごいですね。
「次に一つ目の事なんだけど・・・」
少し間を空け真面目な顔をする岩代。すると、ハマヤマの方に顔を少し近づけ、目線を合わせてきた。ハマヤマは少し緊張しているようだ。
「防衛機密な事なんだけど・・・」
その一言でハマヤマに訪れる、極大の緊張。自分は施設隊の人間で、そもそも防衛機密にふれる機会はほぼなかった。
それなのに海上自衛隊の事とは言え、ここで艦魂とはいえ、上官から「防衛機密」と言う単語を聴くことになるとは思っていなかった。それもかなり重大事案のようだ。
一応取り扱いについては多少は知っていたが、自分が扱うのは1曹とか陸曹長になってからとたかをくくっていた。
だからこその“極大の緊張”である。
その直後、意外な形で重苦しい雰囲気が壊れる。
「ぶっ!・・・ゴホッゴホッ!ちょっと岩代3佐!ゴホッ!笑わせないで下さいよ。・・・ゴホッ・・・クッキーが気管に入りかけたじゃないですかぁ。」
ナガウラは言い終わると紅茶を流し込み、落ち着こうとしている。岩代は座りながら、ナガウラの背中をさすっている。
「ごめんなさいね。お嬢ちゃんにそんなに受けるとは思わなくって。坊や君もごめんなさいね。あれ冗談だから。」
「じょっ!冗談なんですか!?さっきのがですか?!もう、ビックリさせないで下さいよ。きついですよ、岩代3佐の冗談。」
ナガウラは落ち着くと、岩代に「すみません、ありがとうございます。」と声をかけ、放心状態のハマヤマの方に向き直った。
「さっきの“防衛機密”なんですが、私が小さい頃、石見3佐に言われた言葉なんです。石見3佐、私のピーマン嫌いや母とのカレー作りを知ってて、どうして判ったのか聞いたら、“ぼーえーきみつ”だと答えたんです。」
「はあ・・・えっと防衛機密の事は判ったんですが・・・私の質問と繋がる亊・・・でしょうか、ナガウラ3尉?」
「はい。種をあかすと、『うちの子がピーマン嫌いで困ってるんだが君の家ではどうしてる?』とか、『いわみ』の中で父が他の方と話していたのを聞いていたらしいんです。」
「えっ?と言うことは、岩代3佐も艦内なら誰でも把握できる、と・・・それと別件ですが、ナガウラ3尉のお父さんも海自の方ですか?」
「はい、あの当時は護衛艦『いわみ』の副長で、現在は浜田基地の基地隊司令を勤めています。来月1日付けで海将補で護衛隊群司令になります。本人はまた移動かぁとぼやいてましたが。」
父親の方のナガウラも、あれからいつの間にか、自衛隊内や身内としてのカイリから見ても『雲の上の存在』になっていた。まさに『光陰矢の
「海将補ですか!凄いです!ナガウラ3尉も将来は将とか将補を目指すんですか?」
「いえ、私は副長になって石見3佐・土佐3佐と仕事する約束してますから、2佐までは頑張って目指します。ですが、そこから先・1佐以上になると、
「あら?お嬢ちゃんならお父上譲りの聡明さが有るから、海幕長いけるわよ。それとも統幕長が良い?」
「岩代3佐、私には海幕長も統幕長も無理ですよ。父ならあり得ると思いますけど。」
言い終わると、紅茶を飲むナガウラ。
「あの岩代3佐、幕長の話って、皆にしてるんですか?僕にも聞きましたよね?」
「皆って言っても、両手で余る数の人としかおしゃべりしてない・・・と言うか、出来ないって感じかな?もともと他の人には見えてないみたいだし。艦同士だったら、いつでも近場なら遊びに行けるんだけど・・・」
少し寂しそうに微笑む岩代。こんなに近くに人が居るのに、判ってもらえないことの虚無感。それについて理解のしようがない二人は、何ともいえない様子で岩代を見つめる。
「ごめんなさいね、こんな話。そう言えば、二人ともそろそろ戻らなくて大丈夫?寝る時間無くなっちゃわないかしら?」
「そうですね。申し訳ないですが、自分は戻ろうと思います。」
そう言うと立ち上がるハマヤマ3曹。
「それなら、私が部屋まで送ります。よろしいですか?岩代3佐。」
同じように立ち上がるナガウラ3尉。
「いいわよお嬢ちゃん。さて・・・私は・・・片付けたら見回りでもしようかしら」
飲み終わったカップをトレイに載せる岩代3佐
「また時間を作って紅茶をいただきに伺いたいと思います。それでは岩代3佐、おやすみなさい。」
「岩代3佐、私もこれで失礼します。おやすみなさい。」
「はい、おやすみなさい二人とも。良い夢見てね。」
二人は10度の敬礼した後、廊下に出た。
○鳥取県琴浦町沖37km『いわしろ』艦内食堂・
一人食堂の厨房で洗い物をする岩代は、何故かご機嫌である。
最後のカップを洗い終わると手を止め、ふふふっと笑う。
「お嬢ちゃんと坊や君、なかなか相性良さそうかしら?でも結婚したら大変だろうな?まあでも、二人の前途は今日と同じくらいの波かしら?」
海自のナガウラに合わせて“緩い”という意味なのか、それとも陸自のハマヤマに合わせて“キツい”という意味か。
その答えは岩代3佐の“防衛機密”のフォルダにしまわれた。
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