茶会(後編)
「もしかして土佐ちゃんって、黄龍1佐さんのこと、好きなのかしら?」
3人それぞれの時間が止まっている医務室内。
その空気に耐えられなかったのか、顔を真っ赤にしている土佐が動揺を抑えきれないまま、口を開く。
「ご、誤解を招くような発言は、控えて下さい、岩代3佐!」
「誤解って、友達なんでしょ?だから“教練”つけたんでしょ、土佐ちゃん?」
自分の方が誤解していたのを悟り、何かを言おうと口を開こうとするが、言葉が出てこないようで、そのまま俯いた。
その様子を見ることしかできなかった、もう一人の当事者である黄龍。土佐が岩代から視線を外した時、一瞬だけ見えてしまった。
岩代の口角が上がるのを。
今見た出来事を自分の記憶に“機密指定”して封印する事にした。新たな紛争に発展しかねず、被害者はまず間違いなく自分になると思ったからだ。
「ところで土佐ちゃん。なんで、そんなに目の敵にするのかしら?」
唇を強くかみしめ、悔しさをにじませた表情に変わる土佐。体を震わせているようにも見える。
「も、もしかして・・・姉の
「確かに『
黄龍はやおら立ち上がると、土佐に向かって深々と頭を下げた。
「
「黄龍1佐・・・」
「はいはい、じゃあこのお話は、これでお終い。良いわよね?二人とも?それで私はそろそろ戻らなきゃ。中海ちゃんと明日の洋上補給について打ち合わせするから。中海ちゃん、
中海の腕をとると医務室から出ようとする。
「あの、岩代3佐、ちょっと強くないですか?あんまり引っ張られると、こけちゃいますって!あ、黄龍1佐、土佐3佐、このまま失・・・」
中海が最後まで言い切らないうちに、岩代は引きずるように医務室から出て行った。
○某国沖38km・『AOE429 なかうみ』飛行甲板荷扱所兼ヘリ格納庫内・
「申し訳ありません、岩代3佐。今、私の所では、ここしか御案内出来なくて。」
折り畳み式のテーブルと椅子が用意された格納庫内。静まり返ってガランとしている。
演習時になれば、荷物があふれ、ヘリが外の飛行甲板から離発着を繰り返し、人の出入りがひっきりなしに行われる事だろう。
なお今回の訓練の都合上、『なかうみ』の掃海・輸送ヘリ『MHー53
「良いのよ、中海ちゃん。それより紅茶美味しいわよ。なかなかの腕前ね。」
目を細め、紅茶の香りをもう一度楽しむ岩代。
向かいに座る中海はおずおずと、話を切り出した。
「岩代3佐、あれで良かったのですか?黄龍1佐と土佐3佐、二人きりにして・・・。悪化しなければ良いんですが。」
「この抹茶ケーキ、紅茶と合うわねぇ。不思議よねぇ?中海ちゃん。」
「そうですね。作った自分が言うのも・・・って、岩代3佐。話逸らそうとしてませんか?してますよね?」
身を乗り出し、岩代の顔を下からのぞき込むようにして疑問をぶつける中海。
「仕方ないわよ。あなたは知らないと思うけど、黄龍1佐さんのお姉さん、『SS508
「『挑発の』って穏やかじゃないですね?それで土佐3佐、あんな態度を?でも赤龍1佐本
抹茶ケーキをフォークで一口サイズに切った岩代は、それを顔の前でクルクル回しながら、話を続ける。
「多分・・・『坊主憎けりゃなんとやら』ね。とばっちりも良いとこよ。黄龍1佐さん、可哀想すぎるわねぇ・・・。そうそう、これは石見ちゃんから聞いた話なんだけど、赤龍1佐と黄龍1佐って
岩代はケーキを口に含むと幸せ一杯な顔で、味を楽しんでいる。
「『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ですか・・・。しかも岩代3佐みたいに穏やかな石見3佐を怒らせるって、尋常じゃないですね。赤龍1佐は。」
「まぁ石見ちゃんの本職は『
「
「私も初めてするわよ。で、あの二人の話はもうお終い。二人共大人なんだし、二人でなんとかするでしょう。」
言い終わった岩代は抹茶ケーキのお代わりを、皿を差し出すことで無言の要求をした。
「岩代3佐、もう少ししたら夕飯ですよ?食べていきますか?」
「中海ちゃん良いの?じゃあ、ケーキは夕飯の後にしましょう。」
差し出した皿を引っ込めると、紅茶を一口飲んだ。
「それなら明日出すおやつ、水ようかんなんです。特別に夕飯の後、食べますか?」
「本当!?水ようかんも中海ちゃんが作ると美味しいのよね~。もちろん食べるわよ~!!」
○某国沖40km・『DDH186 とさ』艦内医務室・
岩代と中海が出て行き、医務室に三度訪れる静寂。
「黄龍1佐、私の方こそ今回の非礼、お詫び申し上げます。」
口火を切った土佐は、深々と頭を下げた。
「いえ、あの、姉がしでかしたことの方が問題ですし、土佐さんは悪くないですから、その、頭を上げていただけませんか?」
土佐の態度に、困ったような表情で頭を上げるようにお願いする黄龍。しかし、土佐は頭を上げる気配すら見せない。
「
頭を下げたまま、悔しさをにじませたような声音で語り始めた。
「え?は、はい。」
「私は・・・・・・、ミスを犯しました。黄龍1佐と赤龍1佐の
「聞き違えですか?そういえば、確か足柄さんと金剛海将さんも似たような事おっしゃってました。『黄龍と赤龍は一卵性双生児ですか!』って言われた事があるんです。」
「例えそうであっても、きちんと違いがあるにも関わらず、聞き分けられず・・・、それを悟られたくなくて・・・その・・・」
黄龍はゆっくりと土佐に近づき、両肩に手を置くと体を起こすように促した。
土佐は正面の黄龍に目線を合わせられず、泳いでしまっている。
「ありがとうございます、土佐3佐。」
土佐を抱きしめた黄龍はそう言った後、土佐と目線を合わせた。
「あの時、『教練』を小さく言ったのは、本当は私・・・黄龍だと気づいたからですね?」
「・・・はい、医務室前と言った瞬間、黄龍1佐独特の
頭をもう一度下げようと、黄龍から離れようとしたが、黄龍はそれを抱きしめたまま阻止した。
「嬉しいです。土佐3佐。だって、かなり近付いてからとは言え、姉と私を聞き分けてくれたんでしょ?いつも、入出港の時や瀬戸内海で浮上航行してると姉と勘違いされるんです。姉と違うって判ってくれただけで良いんです。嬉しいんです。」
黄龍は土佐から離れると、冷め切ったお茶を飲み干した。
「土佐3佐、お茶を入れて頂けますか?まだ土佐流の歓迎受けてないですよ?」
黄龍の言葉を受け、顔が真っ青になる土佐。
「あ、あの、
「あっ!ごめんなさい、言い方が悪かったです!ごめんなさい!ただ、土佐3佐の入れてくれたお茶が飲みたかっただけで、深い意味があるわけじゃなかったんです!」
急に下を向き、肩を震わせる土佐。
「・・・ふふっ・・・ふふふ・・・」
「土佐・・・3佐?」
「あ、あの・・・ふふっ・・・笑ってすいません。なんか私達似ている気がしたら、可笑しく思ってしまって・・・。」
「早とちりとかですか?・・・ふふっ、似てるかもしれませんね?」
土佐は黄龍の湯呑みを手に取り急須のそばに置くと、大事そうにお茶の葉を出してきた。
「良かったら、私のとっておきの玉露を用意します。少しお待ちいただけますか?」
「玉露ですか?初めてです。楽しみですね。」
彼女達の1日も穏やかに過ぎていく。
それはまるで彼女達の停泊する海域のように
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます