第7話 セカイ系のひねくれた答え

「女の子を守らないと、世界が滅亡しちゃうんだ」

 ネット掲示板に謎の書き込み。

「女の子を守ればいいじゃん」

「わかりました。女の子を、今から守ってきます」

 ぼくは普段の作業に戻る。ニュースに素人であるぼくの意見を書くというただそれだけの作業だ。給料は出ないし、あまり、褒めてもらえない。

 しばらくすると、さっきの名無しからまた書き込みがあった。

「それが、女の子を守るためには、途中で世界が滅びるみたいです。世界、滅ぼしちゃっていいですか?」

 名無しの書き込みに、ぼくらは全員一致で、結論を出した。

「女の子を見殺しにしろ」

「たかが、女一人のために世界を滅ぼすなんて、だいそれているんだよ」

「女性経験のない童貞の悩みだろ。女に幻想抱きすぎ」

 ぼくらの出した結論に、名無しは従い、女の子は死んだ。

 女の子は死んだ。

 死んだんだ。まだ、十代だったらしい。処女のまま死んだ。名無しは、手を握ったことしかないという。

「おれは、今日、世界を救ったけど、女の子一人守れなかった男が英雄と呼ばれるわけがないですよね。おれは、どうすればよかったんでしょうか」

「きみも死ねばよかったんじゃない?」

 英雄とヒロインが死んで、世界が幸せになる。ひとつの物語の形だ。

「死後の世界とかは信じてないものですから」


 世界を救う者は、等しく不幸になるのか!


 話を変えよう。

「女の子が世界を救ってくれるんです。でも、その任務に出かけたら、女の子は死んじゃうんです。生きては帰ってこれないんです。女の子をどうすれば引き留めれるでしょうか」

 やはり、ぼくは同じ意見を出す。

「女の子を引き留めるなよ。行かせてやれ。尊い犠牲だな」

「女の子、一人に世界を背負わせて、大の大人が恥ずかしくないんですか!」

 たった一つの冴えたやり方だな。オールグリーン。

「あなた、世界を救うっていっていて、何にもできないじゃないですか」

 ぼくは答える。

「だから、ぼくが用意している提案は、思い出を残しておくことだ。女の子の思い出を残しておくがいい。女の子と思い出セックスでもすればいいじゃないか」

 ネットでいつもの罵倒。

「人間の屑の意見」

「何でもセックス願望」

 ぼくは真面目に答える。

「思い出セックスの様子を録画しておきなよ」

 ネットで罵倒。

「変態」

「マジキチ」

「これが世界の支配者の意見だっていうんですから、お察しください」

 あれ? ぼくは何をまちがえているんだ?


「女の子が世界を救ってくれるんです。でも、その任務に出かけたら、女の子は死んじゃうんです。生きては帰ってこれないんです。女の子をどうすれば引き留めれるでしょうか」

 こう答えればいいのか?

「例え世界が滅亡しようとも、女の子を守れ。女の子と二人きりで世界の滅亡を生きのびろ」

 名無しがその意見を引き受けて、女の子のところに行く。

 そして、世界が滅ぶ。

 ぼくも、ネットのみんなも、みんな死ぬ。

 名無しは女の子と、世界の終わりにたった二人で生き残る。

 アダムとイヴになりたいのか?

 神を気どったつもりか。

 まったく納得できない。死ね。そんな男女は、死んでしまえ。おまえらが、選ばれた民のつもりか。反吐が出る。


 やりなおし。

「女の子が世界を救ってくれるんです。でも、その任務に出かけたら、女の子は死んじゃうんです。生きては帰ってこれないんです。女の子をどうすれば引き留められるでしょうか」

 ぼくは答える。

「つまり、きみは奇跡が起きればいいと思っているのだろう。女の子が生きて帰ってくる奇跡を」

「おれが代わりになれれば、どんなに楽か」

 ぼくは悩む。もう、これといって、いい展開がない。

 ああ、世界の支配者だった時のぼくには解決策はいくらでもある。女の子に、死んでもいいくらいの幸せを体験させてあげてから、送り込むとか。女の子の相手を分析して、ぼくが解決してしまうとか。なんとでもなった。

 だが、ここでは、それはなしだ。

 ぼくが無力な無職の無能な引きこもりとして、できることを書こう。


 バカな。そもそも、ぼくは世界の支配者になる過程で、殺戮の中を生きのびたのだぞ。人の死など、掃いて捨てるほどに転がっていたわ。

 そんなものに一喜一憂するのが人生の醍醐味だけど、それで世界が変わるとは思わない。

 本当の世界では、もっと大勢の死亡者の数に押しつぶされて、女の子の死ひとつで右往左往しているのが、みっともなく見えるものだ。

 つまりは、女の子にとっては、死ぬことなど怖くもなく、答えは超有名な台詞ですでに出ている。

「わたしが死んでも代わりはいるもの」


 ぼくも、名無しの男の子も、とんだ茶番だ。勘ちがいして盛り上がっていただけだ。

 世界の命運をかけても、業務は淡々と進む。


 ああ、もう忘れてしまったけど、ぼくが世界を征服する途中で、自己同一性が崩壊するんだ。自分が自分である意味がなくなる。自分の複製がつくれるようになる。

 精神科医には話していないが、ぼくは自分を自分の原型の複製だと信じている。オリジナルだろうと、コピーだろうと「生き残ったやつが本物だ」というのが、ぼくが中学生の時に考え出した答えだった。

 ぼくがぼくである限り、このルールは守られる。よって、今、生き残っているぼくは、本物だ。


 つまり、最低限これくらいはいっておかなければならない。

「女の子が世界を救ってくれるんです。でも、その任務に出かけたら、女の子は死んじゃうんです。生きては帰ってこれないんです。女の子をどうすれば引き留められるでしょうか」

 ぼくは答える。

「女の子は、自分が死ぬことは百も承知だし、きみは女の子が死んでも、なぜか不思議と生きて帰って来た女の子とその後、生活することができる。最初から、大人はそこまで面倒みてくれている。何もきみが心配することはない」


 これでは、ぼくがこの作品で書く独創的な要素がないではないか。

 それでは、悔しいので、簡単にひとつの展開を書いておく。

「女の子が世界を救ってくれるんです。でも、その任務に出かけたら、女の子は死んじゃうんです。生きては帰ってこれないんです。女の子をどうすれば引き留められるでしょうか」

 ぼくは名無しにいう。

「条件がある。きみが二度とその女の子と会えなくて、きみは体を壊し入院し、看護士に虐待され孤独に生きつづける。きみには、もう楽しいことは何一つない。ただ、無間の地獄がつづくだけだ。しかも、女の子はきみの記憶をなくしてしまう。それでいいなら、彼女を別天地で幸せに生きのびさせよう」

 名無しがいう。その条件で、彼女が助かるなら、引き受けます。

 そして、女の子は世界を救い、死んで帰っては来ない。男の子は入院して再起不能になる。女の子の複製がどこか知らない場所で生きつづける。

 面白そうなので、女の子を男の子に会わせる。

「あなたなんて知らないわ。わたし、あなたに会ったことないもの」

 男の子は、幸せで号泣して、女の子に別れを告げる。

 男の子は、女の子の記憶に残らない。

 女の子は走り出す。

 わたしじゃない誰かのいつくしみを届けるために、わたしは生きているんだ。

 女の子は、男の子に再会する。

「わたしじゃない誰かが、あなたに会えてよかったって」

「きみじゃない誰かって?」

「わからない。どっかの誰かが、あなたのこと、好きだったって。愛していたって。もう一度、会いたかったって」

「これからその子に会えるかな?」

「もう死んじゃったって」

「そう」

 男の子と女の子は、病室に座る。

 女の子がいう。

「あなた、いつも一人ぼっちね」

 男の子が答える。

「うん。いつも一人ぼっちだ」

 寂しくないの?

 女の子が聞こうとする。声には出さない。

 寂しくないよ。

 男の子が答える。

 だって、世界を救った女の子は、ぼくより惨めな一人ぼっちだったんだ。

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