第4話 数千年で人類は絶滅するのだあ

 どどどどどどどどどどど……

 窓から水が入ってくる。ぼくの部屋が水没する。地上にすがすがしい風が吹く。選ばれし民を除いて、人類は絶滅するのだ。

 どどどどどどどどどどど……

 窓から滝のように入ってくる水が、美しい。

 これは失われた『ハイブリッド・チャイルド』の幻視だ。確か、こんな場面があったはずだ。

 どどどどどどどどどどど……

 ぼくは自分の生活していた空間が滅びるのを待っている。洪水による浄化を待っている。町は水没している。

 大原まり子は、十四日間でいっきに短編『ハイブリッド・チャイルド』を書きあげたことを述懐している。そして、その後、発表後に、どんどん平凡になるように書きかえている。

 どどどどどどどどどどど……

 東日本大震災の人はこの風景を実体験している。SF作家の水没への幻視は、滅亡を待望する感傷的な感情だったけれども、実際の町の水没は、やはり恐怖で悲劇のようだ。生き残った人たちは、歓声をあげて再会を喜び合い、抱き合っていた。あれが、水没する町の真実だ。今更、水没する部屋のアイデアを書いても、空回りなだけだろう。

 どどどどどどどどどどど……

 ぼくは死にたがっており、世界の滅びゆくさまができるだけ美しくあれと思っている。その水没して滅びるという幻視は、事実として現実に起こることにより、その虚飾の美しさを剥がされた。もう、水没する町を何の哲学もなく、滅びゆく美の描写のためだけに書くことは不可能だろう。

 どどどどどどどどどどど……

 ぼくの部屋の窓から滝のように水が雪崩れこんでくる。部屋が水没する。鬱だ。この部屋は、ぼくの精神を現しており、それは水没することにより機能を停止しようとしている。


 ぼくはネットに書き込む。

「ぼくの実験結果によると、数千年後、人類は滅亡に向かう」

 ネットの反応は嘲笑したものだ。

「数千年後の人類滅亡を叫ぶなんて、ただの妄想以外に考えられないですね」

 とのことだ。

 しかし、ぼくにはぼくの言い分がある。というのも、かなり恥ずかしい話になるのだが。

 ぼくは、低学歴ながらも、三十四歳になる今まで、ずっと勉強ばかりをしてきた。

 その勉強ばかりをしてきたぼくに、子供がいない。

 ということは、勉強をする者は子孫を残せないことになり、数千年で人類は、勉強をあまりしないことに適応するように進化する。その結果、人類の知恵の最重要部は理解することができなくなり、人類は文明を維持できなくなり、衰退するというわけだ。


「過去の妄想にとらわれるのはやめようよ、記憶」

 と、ネットの友人がいう。記憶とは、ぼくのことである。ぼくは、ネットで『記憶喪失した男』を名のっている。

「ぼくは七年前から、過去の妄想とは無関係に、無職のネット論客として活動している」

 ぼくが反論する。ネットの友人は、ぼくの幻覚譫妄状態をすべて妄想だとして切り捨てている。

「だから、記憶が未来に向けてできることを考えた方がいいんじゃないかな」

 ぼくは本気になる。

「だから、ぼくは家で、世界を幸せにする方法を考えるといっているだろう。それしか予定はない。この先、何十年もずっとだ」

「一生、無職でいるつもりだよ、こいつ」

「だから、ぼくは、微力ながらもそれを実行するし、そのまま行き詰まるだろう。それがぼくの人生だ」


 あとは、いつもの嘲笑と罵倒。

 ぼくはそれを無視する。世界を幸せにする方法を真剣に相談にのってくれる人が友人にほしい。

 まあ、政治板とか経済板にそういう人はいるのだけれど。

 大量の政治工作書き込みの中に、わずかながらも、真剣に検討した書き込みは載る。ぼくはそれを参考にしている。

 惜しむらくは、政治板と経済板の書き込みは、日本を幸せにする方法を議論しているのであり、世界すべてを幸せにしようというぼくの立場とは少し異なる。

 ぼくは、平和な世界で正しく経済活動が行われた時、必ず、先進国が負け、発展途上国が経済的に有利になると主張している。

 このままでは、祖国日本が危険だ。


 ぼくは、アメリカも二十一世紀に没落すると予測している。その時、第三次世界大戦が防げるか。難しい問題だ。

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