第3話 大原まり子は『ドグラ・マグラ』より狂っていた

「日本SFの傑作がひとつ、歴史から消されたね」

 ぼくがネットに書き込む。

「また妄想をいう」

 健常者が答える。

「嘘じゃない。大原まり子の短編『ハイブリッド・チャイルド』は読者の精神衛生に悪いと判断されたらしく、歴史から消された。内臓偏愛の狂気の文体は残っていない。大学生時代のぼくが空前絶後の傑作と評した作品は歴史から消えた。残っているのは、書きなおされた平凡な傑作だ。偽物だよ」

 『ハイブリッド・チャイルド』を読んだことのないスレ住民はみんな黙る。そんな細かいことまで検証しているやつはめったにいない。絶版品切れ作品を当たり前のように読んでいなくては、わからないことである。

「大原まり子に興味がない」

 ネットの向こうの健常者はいう。

 ぼくは、誰に相談することもできないできごとを一人で抱え込むことになる。

 ぼくの尊敬する作家は、二十人を超えるSF作家たちだが、そこに日本人では珍しく、大原まり子は名を連ねる。

 ぼくは、大原まり子問題に関して、日本SF界が大きな敗北を喫したことを知っている。記憶は不確かだが、二十五歳から二十七歳の幻覚譫妄状態の中で、ぼくは翻訳家伊藤典夫と連絡がとれ、ぼくは日本SF界随一の人物は大原まり子だと主張している。伊藤典夫の反応はさめたもので、

「ああ、やっぱり、三島由紀夫か」

 と、当時のぼくには意味のわからない返事を返している。

 それから、七年がたった。

 今のぼくには、大原まり子がどんな作家だったのかおぼろげながらわかっている。


 二十代の大原まり子は、

「わたしは処女懐胎します」

 とインタビューで答えていた不思議ちゃんだった。

 ぼくはそれをとても独創的な発想だと思って、高く評価していた。

 三十三歳になって、ぼくは三島由紀夫の『美しい星』という小説を読む。この小説に出会えたのは本当に幸運だった。その読むきっかけとなった人たち全員に感謝したい。

 大原まり子の「わたしは処女懐胎します」とは、三島由紀夫の『美しい星』に出てくるアイデアなのである。

 文学から遠く離れた異端児の奇才大原まり子が、ぼくの中で、急に、三島由紀夫というあまりにも有名な日本正統文学の影響下にある作家に堕ちてしまったのである。

 あまりにも、ひどい失墜だった。

 ぼくの落胆は大きい。


 ぼくは、三島由紀夫が晩年、中井英夫と一緒にSF小説を読みあさっていたことを知っている。だから、三島由紀夫が『美しい星』のような作品を書いているのは想定内だったはずだ。

 しかし、それなのに、文学者として誰でも名前を知っている超有名人である三島由紀夫が、SFの分野でも重要な功績を残していることをぼくは許容するのに、しばし、時間がかかった。

 日本一文章の上手な作家として非常に高く評価していた大原まり子は、ぼくの中でその地位を急落していくのである。

 それほど、衝撃ではなかった。

 予定調和のように、一か月ほどで、三島由紀夫の方が大原まり子より優れたSF作家だったことを認めるに至った。もう、ぐうの音も出ない。


 ぼくたち、SF作家は、大バカ者なのか!

 ぼくたち、SF作家ワナビは、人生をまちがえているのだろうか!

 日本のSF作家に存在価値はあったのか?


 ぼくは、所詮、素人である。ぼくがこの問題をいくら論じても、プロは一笑に伏すであろう。

 しかし、SFこそが最も優れた文学であり、SFこそが最も知的な娯楽であり、SFこそが最も格好よいジャンルではなかったのか?

 ぼくが大学生に感じたセンスオブワンダーは幻覚か?


 みんな、もっとふざけた荒唐無稽なSFを書こうぜよ。お堅い理系SFなんかがのさばっているのは苦痛なんだ。

 あと、平凡な中年の人生をとうとうと書きつづった分厚い文学SFにもうんざりだ。

 SFが子供っぽくて何が悪い!

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