第2話 空理空拳の在野の研究者

「糖質ですが氏、次スレ立てないのかい?」

 ぼくはネットの知人に語りかける。

「いっとくが、国家を統治するには学問をやるしかないんだ。次期君主のおれが強すぎたため、赤坂はもう対抗馬を立てるのもむなしいという立場をとっているんだ。これが実力のちがいだということをわきまえなくてはいけないよ」

 ぼくのネットの知人は、自分の力を誇示して見せる。ネットの閲覧者のほとんどは、それを虚栄と判断しているけれど、ぼくの立場は、難しいものだ。彼の意見を受け入れつつも、あいまいな部分について質問し、対話をするという行為を行っている。

 実は、ぼくは、ネットで『在野の研究者はオカルト』というスレを掲示板に立てて、日夜、話し合っているというか、自分の見解を一方的に述べたてるという素人研究会に参加しているのである。

 そこには、三人の在野の研究者がいる。

 三人とも、統合失調症で闘病中の無職である。


 一人は、ぼく。文学研究者である。海外SF小説を大学時代に二百冊読んだぼくは、三十四歳の今では、SF以外のジャンルにも手を出し、合計八百冊を超える小説を読み、その書評をネットにのせている。

 ぼくは、書評以外にも、政治科学風俗についてのニュースの分析を書いたりしている。自称、ネット論客である。


 もう一人は、糖質ですが氏。法律研究者である。彼が、このスレの主催者である。が、彼は、過去に司法試験に合格したと嘘をついていた前科があり、彼の主張することのほとんどは妄想だとされている。(ぼくの経歴も妄想扱いされている)。

 糖質ですが氏は、天皇の娘とお見合いし、二児の子供をもうけたと主張する。まあ、ぼくとしては、二児の子供を妄想するのも御愛嬌である。

 そんなわけで、彼によると、彼は皇室と婚姻関係にあるため、天皇継承権をもつらしく、一代かぎりの天皇を継ぐと言い張っている。

 もちろん、天皇の娘、紀宮清子さんは黒田憲樹さんと結婚しており、それは周知の事実であり、世間の常識であり、誰も、糖質ですが氏が紀宮さんと子供をつくったとは信じていない。

 だから、彼は重度の妄想狂といえる。なぜか、司法試験の勉強をしており、一回も司法試験を受けたことがないまま四十代になっているのに、それでも法律の勉強をしつづけている。

 ネットでは、全員一致で、糖質ですが氏の自己分析は妄想だとされている。(なお、まだ語っていないが、ぼくの自己分析も妄想だといわれている)。


 もう一人は、分裂さんという。統合失調症患者であるが、過去の妄想は全部妄想だったと認めており、三人の中で最もネットでの評価が高い。数学科出身のバリバリの理系であり、最初、出会った時、

「数学の話をしたいならしなよ。たいていの問題はぼくたちで対応できると思うよ」

 などと、ぼくはいってしまい、実際に答案を見せられたら、まったく理解できないほど高度だったという筋金入りの理系である。慶応模試を理系なのにまちがえて、文系として申請してしまい、全国四位になってしまったこともある。理系が文系に混じって数学を受けると、それくらい差があるらしい。

 文系のぼくらにとっては難解すぎる数学を、分裂さんは真剣に研究中である。無責任なぼくは、分裂さんに、ヒッグスレス模型の計算ができるようになるまで勉強してもらうことを期待し、促している。正直、あまりにも困難な課題で、迷惑だろうが、分裂さんなりにがんばっているようである。本当にすごいとしかいいようがない。


 ぼくと糖質ですが氏は、人生が妄想だといわれており、ネットでひどい罵倒を受けている。まあ、ぼくらも、それを超えるかもしれない罵倒を書きこんでいるのだが、明らかに次期天皇にはなれない糖質ですが氏に勝ち目はない。

 そして、ぼくの経歴とは、元世界の支配者である。


「記憶さんは、おれと殺し合いをすることができますね」

 と、糖質ですが氏はいう。彼は孤独な王者なので、仲間を一人もつくろうとしない。触れるものみな傷つける状態である。大いに嫌われている。

 おれは、彼と一騎打ちをする資格を認められた数少ない人物である。その原因は、過去に幻覚体験を話し合った結果、おれの幻覚の方がぶっとんでいたからである。

 ネットの名無しは、幻覚体験を聞き終わると、おれを用なしとして捨てようとした。


 というわけで、ぼくら三人は、在野の研究者として、日夜、世界の動向を分析しているのである。

 ぼくら三人は本気だが、ぼくら三人を誹謗中傷する声はやむことがない。

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