不愉快な生物と踊る

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話 ぼくは将来の夢を本気で書いていなかったんです

 子供の時に、自分の将来の夢を大人に教えたことはない。

 将来の夢を書く宿題が大嫌いであり、大の苦手であった。

 何を書いていいかわからない。

 大人にぼくの本音を教えるわけにはいかない。

 ぼくは秘密主義者だったのだ。

 三十歳の時、『私小説』という掌編を書いた。自分の半生記であり、自分の作品の中でかなり評判がいい。そこには、小学生の自分がなりたかった夢は、猟奇殺人犯だったことが書いてある。こんなこと、小学生の時には正直に書いてはいけないことは、小学生のぼくにもわかっていた。だから、ずっと秘密だった。三十歳になって暴露した。

 ネットで知り合った中学生は、猟奇が好きなようだった。権威をバカにしていた。具体的には、涼宮ハルヒを溺愛し、宮崎駿をバカにしていた。

 中学生は、ナウシカよりハルヒが好きだ。

 そして、三十四歳のぼくは、ハルヒよりナウシカが好きだ。

 ナウシカを尊敬するぼくは、猟奇殺人など行わない。風の谷の規則を破り、腐海に探検に行くお姫さまは、とってもアナーキーだ。ぼくは自分がナウシカよりアナーキーかどうかを考える。家出や駆け落ちでもしない限り、ナウシカには勝てないだろう。ぼくは、ナウシカより優等生だ。

 そして、そのナウシカが腐海に行く理由は、腐海の植物がきれいな土で育てれば毒素を出さないことを証明する実験のためだった。

 科学者として、ぼくはナウシカに歯が立たない。幻聴を聞いていたぼくは、この時点で、泣き出してしまった。

 ワルでも、科学でも、ナウシカに勝てないのか。ぼくはなんてダメなやつなんだ。ぼくはゴミクズだ。


 二十五歳の時、幻覚譫妄状態に陥った。

 それはすごいものだ。

 その時、体験したことを話しても、誰も信じてはくれない。

 本当に危険だと感じた異常は、正体不明の来訪者と、表皮に感じる悪寒なのだが(心臓が痛くなり、心臓が止まるのではないかと本気で心配していた)、症状のひとつに、幻聴を聞くというものがある。

 幻聴に襲われた患者の症状は決まっている。幻聴に自分の秘密をいい当てられ、自分の何が悪くて自分がこんな危機に陥ったのか、自分の人生を本気で検証するのである。自分の人生のあそこが原因でこうなったんじゃないかと、疑心暗鬼に囚われる。その疑心暗鬼を口にすれば、病院行きである。

 そういうわけで、ぼくは自分の人生を二十五歳から二十七歳までの二年半の間、徹底的に検証したのである。

 幻聴患者に比べれば、哲学者や詩人など、雑魚に等しい。思い浮かぶことすべてをさらけ出して、本気で人生について検証した我々幻聴患者は、どの哲学者や詩人より、人生について知っている。


 ぼくは本音をいい加減、語らなければならない。

 ぼくが子供時代になりたかった将来の夢の第一位は、歴史に名を残さない偉人である。二位がゲームプログラマーで、三位は無人島で生活することだった。

 本当は、猟奇殺人は三位にも入って来ないのだ。ぼくの掌編『私小説』は、子供時代の検証がぬるいといえる。

 掌編『私小説』には、ぼくが大学時代にSF作家になるという夢を見つけたことが書いてある。大学時代のぼくは、就職活動をおろそかにし、SF新人賞に応募し、落選している。落選したぼくは、嗚咽して家で泣いていた。おそらく弟に聞かれている。三時間ぐらい大声で泣いていた。涙が出てしかたがなかった。横隔膜が痙攣してしかたなかった。三十四歳になるぼくの人生で、嗚咽して泣いたことは、この一回だけである。

 ぼくは嗚咽して泣く感情を知っている。人生のすべてが否定される。

 物語に登場する振られて泣く男女が、嗚咽したら、ああ、SF作家になれなかったぼくのような気分なんだろうと思うことにしている。

 漫画で、男の子に告白した女の子が、ブスとけなされて、大声で泣き出す場面があったけど、あの女の子は、SF作家に落選したぼくのような気分なんだろう。


 嗚咽して泣いてから十年がたった。大学時代のぼくが考えていたのは、恋愛経験のないぼくには物語が書けないということである。ずっと悩んでいた。小説を書くより恋愛をしなければならないのではないかと思えて、怖かった。

 大人になり、経験後のぼくが考えていたのは、美女を自分が抱いたかどうかであり、美女をヤクザや海外に寝とられてはいないかという疑心暗鬼だった。これも幻聴により、深く検証している。

 結論として記しておくが、三十代主婦の評価によると、童貞を卒業したぼくの作品より、童貞だった時のぼくの作品の方が褒められている。

 要は、小説を書くのに、恋愛経験なんて、想像でいいんだということだ。

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