第2話

 カメラを再起動する。

 再び映った株式会社サイバーキャラクターのサーバーの前に、助さんはいない。

 もうすでに姿を消した後だ。

 仕方ないので、おれはサイバーキャラクターのサーバーに接続する。

 依頼人と連絡がとれるだろうか。

 百貨店の店と店の隙間にできたわずか三十センチの隙間にある会社サイバーキャラクター。

「人格データ新時代へようこそ、ヒトゲノムから進化する……」

 そんな宣伝文句を聞かされた。

 どうやら、依頼人の会社は、人格データを扱ってる新進気鋭の情報機器会社のようだ。

 依頼人のIDで検索したけど、パスワードが解析できずに終わりとなった。

 ここに来て、依頼人と尾行者の足どりがまったくつかめなくなってしまった。

 不安だ。

 この一個のサーバーからいったいどれだけの情報が引き出せるだろうか。

 そこで、おれは依頼人の会社のサーバーと人型ロボットを有線で接続した。

「ようこそ、矢田カラス様。担当の者とは現在、アクセスできません」

 と来たね、依頼人は。

 こっちの名前がバレていると、緊張するよ。

 契約の時に本名を伝えてあるとはいえ、こちらの情報が筒抜けな気分がする。

 おれは試しに、迷子の人格データがこの会社のデータの中にいるんじゃないかと思って、サーバーの中を検索してみた。

 つまり、依頼人がうっかり、自分の会社のサーバーの中で紛失した人格データを、おれが知らずに世界中から探し出すことになるのを恐れてのことだ。

 たった一件の仕事のために、世界一周旅行をして来いなんてことになったら、赤字もいいところだ。

 幸い、依頼会社のサーバーはバックアップ履歴をすべてとっていたから、迷子の人格データがこの会社の中でどう動いたのかをたどることができた。

 依頼にあった人格データ『トチガミ』は、このサーバーの中で、名前だけ記録され、このサーバー内の人工知能『アローアイラ』と接触したようだ。おれは人工知能『アローアイラ』の中身の調査を始めると、いきなり、怒られた。

「こら、情報代理人。あなた、いつになったら、依頼の方の仕事をするのさ。仕事が脱線しすぎているじゃないかよ」

 びっくりした。

 いったい誰に怒られたのかと思ったら、このサーバーの中にある人工知能『アローアイラ』によってのようだ。

「うるさいなあ。これがおれのやり方なの。黙っていてよ、人工知能。とりあえず、依頼人の会社の調査を開始と」

「あなた、そんなことだから、わたしが誰なのかもわからないのじゃないか。ちゃんと、普通のやり方でアクセスしてくれれば、すぐにわたしが誰なのか、わかるはずなのに」

「うるさい。だったら、おまえが誰か調べてやるよ。ええと、『アローアイラ』成長型人工知能、ネットの不特定多数と会話する対話プログラム。特徴は、神経回路を人格データに変換して保存することができること。へえ、すごいなあ」

「そういうことだ。だから、あなたの人格データもすでに保存済み。わたしはネットに接続した人格のほとんどを複製して保存しておく人形使いなのさ。そんなことより、もっと重要なことがあるのに、まだ気づいていない。自分の依頼内容をよく見てみなよ」

 本当にうるさい人工知能だなあ。なまじ、知恵のある人工知能は、これだから、厄介だ。

 いいなりになるのは嫌だから、『アローアイラ』の中の人格データを解凍して、遊んでみる。

 不倫した女の人格を解凍していたら、いきなり、別の人格に話しかけられた。

 おれの目の前にかつての彼女の顔が見える。

 紗希。なんで、こんなところに。

「ちょっと、遊んでないで、早く依頼内容を確認しなさいよ」

「なんだ。なんで、紗希がこんなところに。紗希が不倫した女? え? え? そんなわけないよな。どうして、紗希がいったい、何でこんなところに」

「おバカさんね。あなたに依頼してなければ、こんなことは絶対に話さないんだけれど、わたしは紗希であって、紗希ではないよ。『アローアイラ』が保存している人格データを使ってあなたに話かけているのよ。なんでもいいから、早く依頼内容を見なさい」

 しまった、そういうことか。

 この人工知能は、人格データを使役できるんだ。

 なんて恐ろしい人工知能だ。

 さて、どうするかな。

「何を悩んでいるのよ。いうとおりに依頼内容を見なさい。あなた、いつになったら仕事するのよ。仕事の本筋と関係ないことばっかりしてるじゃない」

 紗希の声で怒られるときついなあ。

 この人工知能、後で、からかいにこよ。

 仕方ない。依頼内容を見るか。

 どれどれ、何々。といったって、『トチガミ』という人格データを探して、メールを一通届ければおしまいなんだろ。確認したって仕方ないじゃないか。

 と。

 待った。

 メールの差出人が『アローアイラ』になってる。

 なんて、こった。

 この人工知能は、依頼主の大元じゃないか。

「すると、依頼人を通して、このメールを送るように頼んだのは、あんただったのか」

「そういうこと。うちの会社の中なんかを探してないで、早く、『トチガミ』を探してきて。お願い。とても、大切なメールなの」

 ふふん

 それじゃあ、どんなメールなのか、見させてもらうか。

 暗号を解読して、依頼されたメールを見る。

 すると、『好きです。返信してください』とだけ書いてあった。

 マジか。

「ああ、見たあ。郵便屋さんが、勝手に手紙の中身をのぞき見した。信じられない。なんて、悪い郵便屋さんなんだろう。許せない」

 びっくりしているのは、こっちだ。

「なあ、アローアイラよ、これはマジなのか、罠なのか?」

「マジに決まっているでしょ。だから、絶対に見られたくなかったのに」

 なんてこった。

 まさか、今回の仕事は、人工知能のラブレターを届ける仕事だったらしい。


 しかたなく、仕事をすることにした。膨大なネットの中に潜る。

 そして、人格データ『トチガミ』を検索する。

 たぶん、『トチガミ』は、ネットの中に放り出されたまま、迷子になった人格データなのだろう。

 迷子の『トチガミ』を探す。

 ネットの中には膨大な量の人格データがある。おれの複製人格も流出しているし、無料人格データが大量にネットの中に氾濫している。エロい人格から危険な人格まで、大量に存在する。

 おれは合法、非合法、おかまいなしに人格データを検索しつづける。

 迷子はどこかな。

「おーい、おーい、トチガミよ、連絡を求む」

 などと伝言板に書いてみたりした。

 人格データ『トチガミ』がどこにいるのかわからない。

 いろんなサイトに検索ロボットを走らせて、迷子を探す。世界中のインターネットに検索ロボットを千体派遣した。

 こうなれば、ローラー作戦だ。総当り式で、インターネットのすべてのサイトを検索してくれる。

 そうやって、おれが頑張って迷子を探していると、目の前に紗希が現れた。

「久しぶりね、カラス」

「ああ、うん、元気でやってる?」

「まあまあってところかな。それより、カラスのことが心配になって」

「そういう冗談は真に受けない主義なのよ。こんなのに引っかかるほど、おれはあまちゃんじゃないよ」

 といって、紗希の人格データを検索していく。

 どうせ、この紗希は『アローアイラ』が用意した偽者だろ。

 と、思ったのが、人生でも屈指の失敗であった。

 攻撃を受けたと思った紗希が逃げ出してしまった。

 どうやら、本物の紗希だったらしい。

 本当に、世の中、難しい。

 なんてことだ。このタイミングで本物の紗希が来るなんてこと、あるわけないだろ。絶対に誰かが後ろで糸を引いているんだ。それはアローアイラに決まっている。

 落ち込んだおれは、また『アローアイラ』のことを調べ始めた。

 どうやら、この仕事、うまく立ちまわれば、莫大な金額を稼ぐことができそうな感じがあった。

 人工知能『アローアイラ』は、会社サイバーキャラクターの社長権限をもっており、近々、会社の株を一般公開するらしい。サイバーキャラクターの株を買うことができれば、株価は数日で数千倍に跳ね上がるだろう。会社サイバーキャラクターの人工知能『アローアイラ』は、まだ世間では知られていない極秘の超最先端人工知能なのだ。

 これを見逃す手はない。

 おれはもっていた二百万円の貯金を全部、サイバーキャラクターの株の購入に当てた。

 人生、大勝負よ。

 うまく仕事をこなし、アローアイラの仕事が順調に進めば、会社は上場され、おれは億万長者になれる。

 依頼料百万円も全部、株の購入に当ててしまった。


 迷子の検索に行き詰まって、また依頼主『アローアイラ』に会いにいった。

「ようこそ、アローアイラの部屋に。郵便屋さん」

 どうやら、ここではおれは郵便屋さんと呼ばれるらしい。

「あなたは女の人工知能なの?」

「そうだよ。その方がウケがいいから」

「トチガミはどっちだと思う?」

「まずまちがいなく、男」

「ふうん」

 おれは困ってしまった。

「元気がないですね、郵便屋さん」

「仕事がうまくいかなくて。何か手がかりはないかな」

「わたしの予感では、地球科学の方面を探すと当たるんじゃないかと思っているんですが」

「わかった。地球科学ね」

「頑張ってください。郵便屋さん」

 おれはジャックアウトして、現実世界に戻った。ひとまず、休憩だ。食事の時間と行こう。

 今のところ、迷子の見つかる当ては、地球科学という手がかりがひとつあるだけだ。あとは完全にお手上げ。

 まいったねえ。

 そうだ、紗希に会いに行こう。

 さっきの誤解を解かないと。

 仲直りできれば、いいな。

 食事を終えると、すぐにジャックイン。

 おれは二十四時間のうち、二十三時間はネットに潜っているネット廃人だからな。眠っている時もネットの中に入って、全自動で作業を進めてる。

 おれは紗希のアドレスを検索して、メールを送る。

 紗希はおれと別れた後、メールアドレスを変えていたけど、おれがその気になれば、すぐ見つかる。

 ネットの中で紗希に会った。

「昨日はごめん。ちょっとひとちがいしちゃってさ」

「人の人格データを強制解放するのって、どうかと思うんだけど。酷くないかな」

「本当に悪かった。あれは、紗希じゃなくて、複製人格だと思ったんだ」

「あら、じゃあ、わたしが今、本物かどうか、どうしてわかるのかな」

「今は本物だろ。ちゃんと、接続回線がつながっているかを見ている。ネットに複製人格をつなげただけじゃ、おれに偽者と本物をまちがえさせるのは無理だよ」

「じゃあ、昨日はどうして。せっかく、久しぶりに会ったのに」

 紗希が本物に戻った。

「昨日は、おれ以上の凄腕に襲われる可能性があったからだよ」

「そう」

 おれと紗希はもともとネットで知り合ったから、ネットで再会するのも悪くはない。ただ、おれの方の性能が紗希よりちょっと高性能になっている。ちょっとというか、かなり。

「今、何やっているの? 学校に行ってないんでしょ」

「独学で仕事をやってるんだよ。おれ、この道でやっていこうと思うんだ。ネット関係の仕事で起業してるんだ、もう」

「そんな仕事、やめなよ。ネットの悪戯の手伝いでしょ」

「ちがうって。もっとちゃんとしたお客が来るようになったんだ。今は、郵便屋さんをやっているんだ。迷子にメールを届ける仕事」

「迷子にメールをねえ。それで将来、やっていけるかな。どうなの、しめる所をちゃんとしめない人は嫌いだよ」

「なんだよ、ベンチャー企業をバカにするなよ。おれはベンチャー企業の社長だよ」

「そうですか、社長さん。お仕事、頑張ってください。さようなら」

「そんなに冷たくするなよ。本当に何を怒ってるんだよ」

「ああ、またわたしが怒ってることにして、わたしを悪者にする。許せない」

「そんなつもりはこれぽっちもないって」

 紗希がファイルをひとつ取り出した。

「あなたとわたしは終わったの。その結果を教えてあげる。最近、ネットで発見したんだけど、とある天才が恋愛方程式を解いたんだって」

「なんだって、紗希、恋愛方程式が解けたんだって。新しい恋愛商法か?」

「ちがうよ。わたしがやってる無料サーヴィス。アローアイラさんっていう人に最近、会ってもらったの」

 おお、なんてこった。おれの愛しの元カノが人工知能に操られてるよ。都合のいい道具になってる。いったいどんな攻撃をしかけてくるんだ。

「恋愛方程式を解くと、みんなの相性ぴったりの人が誰だかわかるのよ。カラスの解答を見せてあげる」

「ちょっと待った。先に、紗希の相性を計算してみてくれよ」

 紗希がむっとした風船を飛ばしてくる。ネット空間の中で、その風船はおれに当たって、ぼよんとはねた。そして、消える。紗希の使ってるネットアクセサリのひとつだ。

「いいよ。わたしの解答を先に解いてあげる。わたしのデータを入力すると、ほら、解答が出た。わたしの相性ぴったりの人は、サトルくんでした。お互いの好感度九十九パーセント以上。わたし、本気でサトルに告白しようか悩んでるの」

 なんだ、まだ、告白していないんだ。ちょっと、ほっとするおれ。

 別に未練があるわけじゃないけど、でもね、気になるよね。前に付き合っていた時に紗希が何に対して怒っていたのかは、謎のままだし。どうやっても聞き出せない。

「それでは、いよいよ、カラスの恋愛方程式を解いてあげます。カラスのデータを入力すると、ほら、出ました。カラスとお互いの好感度九十八パーセント以上、美紀ちゃんです」

 ええええっ、おれの恋愛候補がわかっちゃうの。そんな便利なソフトがあったなんて、すごいじゃないか。

 おれは、紗希の手間、あくまでも興味のない振りをしながら、おれと相性ばっちりの美紀ちゃんなる人物について、激しく関心をもったのだった。

「それで、それで。美紀ちゃんってどんな子なの」

 おれが食いつくように情報を求めると、紗希がむっとした風船を飛ばしてくる。

 なんだよお。本当に何を怒ってるんだよお。

「やっぱり、カラスはわたしより美紀ちゃんがいいんだ。はあ」

 とため息をつく紗希。

 これは、脈があるのか、ないのか、おれにはさっぱり解読不能です。

 ああ、おれは、その名も知らない美紀より、紗希のが好きだよ。紗希のが好きだよ。

「ちょっと待ってね。美紀ちゃんのデータをメールで送ってもらうから」

 と、紗希がいった。

 おれは胸が張り裂けそうになりながら、紗希のメールボックスにメールが届くのを待った。というか、メールの相手がアローアイラなんだけど。

 これって、おれ、何かに引っかかってない?

 気のせいならいいんだけど。

 そして、待望のアローアイラからの返信が届いた。

 絶対に何かの罠だと思いながら、おれは人工知能アローアイラが解き明かしたという恋愛方程式の解答を見せてもらった。

「じゃーん、これがカラスの理想の相手、美紀ちゃん」

「うんうん、かわいい。というか、まだ子供だね。八歳くらいじゃないの」

「ええと、美紀ちゃんは、十年前に道路を歩いていたのですが、交差点にさしかかったところで高速で走ってきた自動車に衝突して、死んでしまいました。うわーん、何これ。美紀ちゃん、十年前に死んでるって」

 おれは戸籍サイトにアクセスして、美紀ちゃんが十年前に死んだことを確認した。死亡届を画像で見た。死因、事故検証などが詳細にのっていた。美紀ちゃんは本当に十年前に交通事故に会い、死んでいたのだ。

 紗希から大泣きの顔をした風船が飛んできて、おれに当たって割れた。

 うわーん。泣きたくなるのはこっちだよ。

「紗希、その恋愛方程式は使うな。ろくな目には会わない。サトルとも会うな。きっとうまくいかない」

「ええっ、でも、こんなこと初めてで。どういうこと、アローアイラさん。死んだ人が相手に選ばれるなんて」

「アローアイラの嫌がらせだ。疲れた。もういい。また、会えたらいいな。おれはやっぱり紗希がいないとダメだよ」

 ぼよんっと、励まし風船が飛んできた。

「カラスだけうまくいかないって、これ、カラスの運命かも」

 そんな運命を背負いたくはない。

 死んでしまえ、アローアイラ。そして、くたばれ、恋愛方程式。

「カラスには別の人を紹介するから、じゃあ、またね。バイバイ」

「おお。じゃあ、仕事に行ってくる。またな」

 おれは地球科学のサイトに跳んだ。

 すごく、疲れた。

 考えられることがひとつ。美紀の死も偽装死である可能性があること。つまり、美紀という情報代理人とおれはいつか出会う日が来るのかもしれない。でも、おれは美紀より紗希がいい。

 ああ、疲れた。

 紗希にアローアイラが人工知能だと教えるのを忘れた。知らない方がいいかもしれない。黙っておこう。

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