第5話

 絶望があった。夢も希望もない。愛も名誉もない。親も子もない。記憶にも記録にもない。思い出もない。

 たった一人、宇宙の真空に生まれ、少年は死ななかった。なぜ死なないんだろう。

 それは、おれが絶望しているから。思い出した。おれはジャラテクだ。食性宇宙に帰ってきたんだ。

 絶望から再構成されたジャラテクは、無限と思える孤独の中で、メキを探していた。ジャラテクは絶望の中を旅をした。存在をなぎ払う豪爪がジャラテクから生え、辺りにあるものすべてをかき食らった。宇宙塵が消し飛び、隕石群が壊れた。滅びかけた宇宙の機械で宇宙ワープした者は、その感情になった時、暴食爪と呼ばれる攻撃能力を装着するのだった。静かな粉塵群の中、異星文明を破壊しながらすすんだ。食らう、食らう、ジャラテクの暴食爪が食らう。近づくものすべてをなぎ壊して、荒れ狂う数千メートルとの爪が破壊をとり返した。遠い遠い宇宙の果ての、広い広い宇宙の中の小さなできごとだった。


 食性宇宙の中に、純粋な恋があった。分身し、重複解析され、メキが再構成される。メキは恋でつくられていた。恋でつくられた宿命として、誰に恋しなければならなかった。メキの第一感で浮かんだのはジャラテクだった。あまり好きではなかったはずのジャラテクにメキは恋をした。

 メキは暴食爪をふりまわしながら、どこかに感じる安らかな感情を目指して移動した。いとしく、せつない心が体を埋めつくしていた。遠くにジャラテクが見えた。その時、暴食爪が消えた。運命的出会いだった。あのジャラテクとメキが恋に落ちて出会っていた。


 ジャラテクとメキのもとに、宇宙船艦がとんできた。大軍だった。

「何者?」

 正気をとり戻したメキがいう。

「我らは『財宝わきいずる泉』を目指す軍隊だ。邪魔する者は虐殺するのみ」

 砲撃が二人に向かって飛んだ。絨毯爆撃。かわすジャラテクとメキ。

「ねえ、ジャラテク。わたしのこと覚えている? ここはわたしたちの宇宙じゃないかしら」

「すると、あいつらは『財宝わきいずる泉』を手に入れるために旅に出たドーピング・ウーの競争相手というわけか」

「負けるわけにはいかないよ、ジャラテク」

「でも、メキ、おれたちはどこへ行けばいいんだ」

「『財宝わきいずる泉』に行こう」

「よし」

 ジャラテクはその時、メキと一緒にいるのが気分がよかった。

 ジャラテクがリトルリップする。軍隊の真ん中に穴が開く。ジャラテクはメキを守るために戦う。それだけで生きていけた。鬼神のように強い二人は、たった二人で数千人の軍隊を倒した。

「ジャラテク、わたしのこと、どれだけ覚えている?」

「全部だよ。全部、覚えているよ」

「ねえ、ジャラテク、こんなこというのはちょっと恥ずかしいけど、本当はどうでもいいことかもしれないけど、カノウとアーシスはどうなったんだろう」

 ジャラテクは、いわれて初めて一緒に宇宙ワープした二人のことの思い出した。本当に二人のことを忘れていた。ちょっと、うっかりしていた。

 ジャラテクは強く決心していった。

「なあ、メキ。おれはメキがいれば、他に何も入らないよ。メキの好きなようにすればいいよ」

 メキはジャラテクが二人きりでいようといっているのだと思った。メキは顔を真っ赤にして、

「うん」

 といった。しばらく、静かな宇宙に二人きりでいた。幸せな思い出だった。二人はそれだけでよかった。


 勇気により転送した族長カノウは、勇気から体を再構成し、食性宇宙に帰ってきた。暴食爪をふりまわし故郷の宇宙の中を進んでいた。さすがカノウである。みずから、自分の置かれた状況を把握し理解していた。カノウはくじけることなく、勇気のあるがままにみずからの志に突き進んでいた。カノウの暴食爪は八本の包丁のように見え、包丁が乱舞して『財宝わきいずる泉』の競争相手を打ち倒していた。

 カノウは悟っていた。自分の目的は『財宝わきいずる泉』だと。だとすると、敵は滅びゆく宇宙にいたアーシスだと。カノウは転送して宇宙ワープした自分の中からとてつもない力が次々と湧き上がってくるのを感じていた。これと同じ力をもって、アーシスは『財宝わきいずる泉』のある食性宇宙を滅ぼそうとするだろう。それだけは阻止しなければ。

 一人では不利だ。まずは、ジャラテクとメキと出会って、仲間を集め、三対一で戦おう。

 族長カノウはさまざまな異文明を渡り歩き旅をした。暴食爪の覚醒したカノウは圧倒的強さでのし歩き、カノウにとって良いと思うことをした。その結果、英雄カノウの噂が語り継がれた。英雄カノウは圧政を倒し、『財宝わきいずる泉』への旅を守護するという。

 そして、運命のように、ジャラテク、メキ、カノウ、アーシスの四人が出会ったのだった。


 献身によって転送されたアーシスは多世界宇宙を救うために食性宇宙を滅ぼそうとしていた。

「『財宝わきいずる泉』をとるというのなら殺す。答えろ。お前たちの望みは『財宝わきいずる泉』なのかどうかを」

 アーシスが三人に問うた。

「おれはちがう」

 ジャラテクはいう。

「わたしは狙う」

 メキがいう。

「当然、奪いとる」

 カノウがいった。

「小さな世界しか見えず、善悪を違える愚かな隣人をおれは許さない。見せたはずだ。我々の宇宙が滅びゆくところを。それなのにまだ己の利益だけを求めるか」

 アーシスのことばに、三人それぞれの思いを秘める。ジャラテクはメキへのいたわりを、メキは生まれ育った村の夢を、カノウはみずからの意思を。そしてアーシスの決断は。

「罰を受けよ」

 多世界宇宙すべての献身のため、感情の最大にまで拡大化したアーシスの暴食爪が三人を襲った。

 アーシスの暴食爪とカノウの暴食爪が激突した。

 メキとジャラテクは現在、覚醒状態にない。だが、二人も戦闘に参加する。

「ジャラテク、攻撃の終わった隙を狙うよ」

 メキはいった。

「戦うのかい」

 ジャラテクは迷った。だが、メキのためなら戦える。

 宇宙を縦横になぎ払う暴食爪の戦いにメキとジャラテクは一撃を加えていく。

 アーシスは怒った。

「貴様らには一片の良心もないのか」

 多世界宇宙すべての支援を受けて、アーシスの暴食爪が広がる。その時、勝負は決した。あまりの暴食爪の巨大さに、カノウが臆したのだ。勇気を失ったカノウの覚醒が解ける。暴食爪を失ったカノウは一撃で屠られた。

「ジャラテク、メキ、貴様らも許しはしないぞ」

 アーシスが二人の精神に揺さぶりをかけた。メキが泣いた。

「わたしは本当は誰が好きなの?」

 アーシスがメキから恋を奪った。メキはアーシスに恋をした。

 メキはひとこという。アーシスに向かって、

「好き」

 そして、アーシスはメキを殺した。まだ温かいメキの体がジャラテクにぶつかって触れた。温かい。それだけで、ジャラテクはまだ頑張れた。

 メキの恋を失い、ジャラテクが絶望する。ジャラテクが覚醒した。ジャラテクに暴食爪が生える。絶望覚醒したジャラテクが、アーシスを殺した。


 そして、ジャラテクは『財宝わきいずる泉』たどりついた。金銀財宝、魔具神具に妖具、何でもあった。でも、でも、ジャラテクがほしいのはこんなものじゃない。

「メキが、メキがほしい」

 すると『財宝わきいずる泉』の住人がいった。

「はははは、女か。いくらでも手に入るとも。お前の好きな女も、お前の好きな女よりいい女も手に入るぞ。ここが『財宝わきいずる泉』だ」

 だけど、だけど、こんなものはジャラテクのほしかったものじゃない。

「さあ、いくぞ。神殺しだ」

 ジャラテクが叫んだ。

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