第4話 悪魔と天使
「天野は帰った方が良くないか?」
俺が言うと、レナも頷いた。
「そうだな、チビはどう考えても、足手まといだ」
「バカ野郎!! お前ら暴力だけが全てじゃないぞ!! 大体何だよ、各務、乗り気じゃなかったクセに!! 有希ちゃんが可愛かったら、豹変したな!!」
「何、言ってんだよ、天野。お前こそ、何だ。馴れ馴れしく名前呼んだりして」
「バーカ。俺は彼女と仲良くなったんだよ。お前らが暴れてる間にな」
「どの程度の仲良しさんかは、簡単に想像つくよ」
「なっ……!! 何だよ!! その言い種!!」
「……別に」
「お前らがジャレあうのは、結構なコトだがな」
レナは髪を掻き上げる。
「私はそう、気長なタチじゃないんでね」
一瞬、俺と天野は硬直した。
「判った。俺は遠くで見守っている。ヤバいと思ったら、警察呼ぶから」
「おそらく、必要ないだろうがな」
「ま、健闘を祈る」
「……帰ってもイイぞ」
レナがぴしりと言う。
「いや、俺には全てを見届ける義務がある!!」
「……何、熱血してんだよ。天野」
「イイだろ!! それくらい!!」
「単なるヤジ馬じゃねェの?」
「ほら、行くなら行けよ!! 各務!!」
「行くぞ、佳月」
「…………」
ゲームセンター内へ入る。中高校生がごった返しているが、大学生とか大人とかカップルなんかはいない。
女はいてもケバ系とかヤンキー風とか……要はいかがわしそーなガキ共の溜まり場、か。
ここのゲーセン、流行ってねェな。タバコとアルコールの匂い充満してる。
「……レナ」
レナは目を上げる。
「何だ、心配か?」
「俺じゃなくて、お前が」
「バカか」
「俺もそう思う」
「…………」
レナは辺りに視線走らす。
「顔が判らないな」
「名字だけじゃな」
「その辺の一人、締め上げるか」
「……お前、暴力に訴えすぎ」
「攻撃は最大の防御だ」
「……絶対違うとは言わないけど、少しは押さえろ。お前、そんなんで友達いるのか?」
「必要ない」
「……お前ッ……」
「友達いないと変か? お前だって、チビの他にいないクセに」
「だけどそれじゃ駄目だろ」
「……お前も医師と一緒なコト言うんだな」
「へ?」
「私は『病気』なんだと。冗談じゃない」
「…………」
……コイツ。
「私が『病気』ならこの世にいる奴全部、『病気』だよ。全員『病院』行きだね」
くくっ、とレナは笑った。
「……お前……さ」
「佳月は私をキ×ガイ扱いしないんだな」
「……レナ」
「反吐が出るよ。結局、助けてなんてくれないくせに。自分の身は自分で守るしかないんだ。そのくせ、人に危害は加えるなだと」
「…………」
「言っとくけど、私は『加害者』にしか手を上げないよ?『被害者』を殴ったコトはない。……今のところ、ね」
「『加害者』にだって、危害を加えた時点でお前がその『加害者』で、相手が『被害者』になるんだよ」
「そんなのは当たり前だ」
「判ってるなら……」
「泣き寝入りしろと言うのか? お前が? それで良いのか? 許せるのか?」
「……方法は幾らでもある。『暴力』じゃ何も解決しないって……新たな『暴力』を生み出すしかないって……俺は知ったんだ」
「それで『相模中の各務佳月』が、今は無名な訳だ」
「……いつまでもガキのまんまじゃいられないだろ? お前、言っとくけど、やってるコト、もう『犯罪』だぞ?
『年少』だって『施設』だって年齢制限あるんだ。『大人』になったら、入れて貰えないぞ」
「そんなドジじゃない」
「今に痛い目を見るぞ」
「佳月のように?」
「……俺の言葉なんか、全然信用ないかもしれないけどな」
「お節介だな」
「お前は女だろ」
「……だったら何だ」
「ちょっとは自分の身を心配しろ」
「安心しろ、そんなものとっくに……」
言いかけて、レナは眉をひそめる。その視線の先を追い掛ける。俺達を見てひそひそ話してる連中。俺の顔、指差している。
「……怪しい、な」
レナは無言で頷く。そちらへ向かう。店内の一番奥まった処。カウンターからは死角だ。
「日向ってのはどいつだ?」
詰問する。台の上に偉そうに座って腕組みしてた奴が、腕を外す。
「お前か」
そいつを見る。
「……何か用か?」
しらっとした顔で言う。ガタイのデカい奴。二m七cmある俺と同じか、もう少し低いくらい。
けど、幅が違う。プロレスラーみたいな奴。目つきが周りの奴と違う。据わってる。……一目でアブナイ奴だと判る。
「『各務葉月』を知ってるか?」
「……さあな、あんたは?」
おそらく、判ってるだろうにシラを切る。周りの奴が、ごくりと息を呑む。
「俺は各務佳月。奴の兄だ」
「『相模中の各務』か。噂は聞いている。最近は聞かないが」
「マジメにガッコ通ってたんでね。おかげで知らないヒヨコがピヨピヨ徘徊してる」
「それはご苦労」
「あんたの名前も知らないな」
「俺はあんたの『年少』時代のデビューでね」
「成程、で? 一体何してんだよ、『日向』ちゃん。え?」
「何のコトだか判らないな」
「俺を怒らせたいらしいな?」
「怒らせるような何かがあったか?」
「『写真』はどうした!!」
日向の襟元掴んで怒鳴る。周りが殺気立つ。
「暴力はよしましょうや、各務サン」
にやりと日向が笑った。不意に、ガシャン、と大きな音がした。ぎくりとする。
レナだ。片手でゲーム機を叩き割った。つくづくコイツ、化け物じみてる。
俺だけじゃなく、周りも総毛立つ。
「あんたのその汚いツラも叩き割られたくなかったら、吐きな。私は佳月ほど親切でも心優しくもない」
氷のような微笑で笑う。さぞやぎょっとしたらしい。周りの三下共は硬直してる。当然だ。コレに平気な奴らなら、下っ端は卒業だ。
「随分威勢の良いお嬢ちゃんだな」
日向が言った。
「お前みたいな奴、知ってる。『反吐』喰いながら生きてんだ。この世のダニだよ」
レナは冷笑する。
「『ダニ』は殺してもイイんだ。『人間』じゃないからな」
そう言って、悪魔のように笑う。物凄く凶悪なのに、壮絶なくらい、綺麗。さすがの日向もたじろぐ。
レナは壊した機械の破片を掴む。制止する間もなく、それを日向の眉間に突き立てる。
ぎょっとする。が、寸止めだったらしい。
「……人間には幾つか死ぬ為の『急所』があるんだ。知ってるか?」
眉間の代わりに目の縁に突き立てる。
「やめろッ!!」
「ぎゃあああっ!!」
……やった……このバカ……。
「『写真』は何処だ?『河村有希』の他にもいっぱい隠し持ってるんだろう?」
全員、怯えている。下っ端が逃げ出そうとする。
「佳月、逃がすなよ。一人も」
ぞっとした。一応、言う通りにするけど。
「言うコト聞けば、俺が言って無茶はやめさせるから、な?」
情けない話だが、そう言って相手を宥める。レナは破片で傷を抉りながら、冷酷に尋問している。
「どうした? 返事は。だらしないな、男のクセに」
「……レナ、あまり怪我させると喋れなくなるぞ。さっきみたいに」
その言葉で、連中は尚更震え上がった。一応、親切のつもりだ。こいつらが、これ以上、ひどい目に遭わないように。
「……『写真』は……家だ……」
「ほう。家は何処だ」
「……案内……する……するから……」
「佳月、そいつら縛っておけよ」
「……縛るって……」
レナは目を上げる。
「……仕方ないな。私の鞄の中にガムテープがある。それを使え」
何でそんなモン持ち歩いてんだよ。……思いながら取り出す。手下共をぐるぐる巻きにする。
「佳月、お前、手下とかいないのかよ」
「んなモン、四年も前に解散したよ」
「……使えないな。終わったら貸せ」
渡す。レナは日向の手首を後ろ手にぐるぐる巻いた。慣れた手つきだ。末恐ろしい奴。今でも十分だが。
「案内しろ。当然だが、下手な真似したら……判るな?」
日向の後ろ手になった腕を掴んで、レナは歩き出す。俺は慌てて、そのガムテープ部分を隠すように近づき、歩く。日向の家へ到着。
「鍵が開けられない」
「鍵は何処だ」
「……上着の内ポケット」
「……佳月」
溜息をつく。相手の顔を見ながら上着の中に手を入れる。鍵。抜き出す。……開ける。不意に日向が駆け出した。
ドアを閉めようとする。ガツッとレナが足を突っ込んで、ドアを蹴る。物凄い音がして、ドアが跳ね上がった。
一気に押し込み、蹴り上げ、殴る。その後から入る。日向が鼻血を出して、気絶していた。……思わず息を呑んだ。
「……ちゃんと縛っておけ。足もな」
「…………」
ずかずかとレナは土足のまま上がり込む。
「おいおい」
「……指紋なんか取られたくないだろう? 後でドアも拭いておけよ」
そう言って白い綿手袋をはめている。
「……お前……何、手慣れてるんだよ」
「佳月は経験ないのか?」
「普通ないって!!」
「黙って手伝え。手袋が無いなら貸してやる」
「…………」
つくづく、自分の意識が甘かったコトを思い知らされる。
「火ぃ付けて燃やした方が早いな、この部屋」
「それは犯罪だ」
「既に、だろ? 自分で言ったじゃないか」
「…………」
さすがに放火犯にはなりたくないんだが。窃盗犯にもなりたくないが。
「無駄口叩くな。探せ。いざとなったら、こいつ警察突き出してやれば、指名手配されずに済む」
「…………」
やっぱり、こいつ、確信犯だ。しかも、初めてじゃない。レナは俺には構わず、ごそごそと探す。かなり荒っぽい。
「早くしろ。少なくとも河村有希の分だけでも、見つけろ」
「……写真って一体何だよ?」
「お前の鈍さには頭が下がるな。イイから探せ。そしたら判る。こいつがどれくらい最低な奴か」
「……まさか」
「口でなく手を動かせ」
レナは一心不乱だ。俺も探す。
「こういう手合いは痛い目を見るまで、自分が『犯罪者』だというコトにすら気付かない。そういうのが一番タチ悪い。……反省なんてしないからな」
「……レナは……」
「こういう連中が一番嫌いだ。それを見過ごす奴も。だから、河村有希も嫌いだ」
「…………」
「泣いていりゃ済むもんじゃない。王子サマなんて、この世にはいないんだ」
「……お前にはいないんだな」
「殴られたいか?」
「悪い。無神経な事言った」
「判ってるならイイ」
あ。この箱。中にいっぱい……一つを取り上げる。……ばささっと写真が落ちた。
「!?」
幾人もの美少女の、写真。無理矢理撮られたのは、一目瞭然だ。
「……あったか」
無言でレナを見る。レナは黙々と中を探す。中からSDをいくつか取り出した。そしてポケットへねじ込む。
「……通報だ。お前、掛けろ。スマホじゃなくて、そこにある電話機を使え」
「嫌いなら、何で庇うんだ?」
「お前が庇いたいんだろ? 弟の『女』だから」
「……まさか……俺のため?」
「他に何だと思ってたんだ」
「……だって」
「そんなに物好きじゃない」
レナは冷たく言った。
「悪かった」
「……別に」
気まずい。
「その……何て……通報するんだよ」
「貸せ」
レナが受話器を取る。ポケットからハンカチを出して当てて、110に掛ける。
「もしもし、人が、倒れています。すぐ、来て下さい。それと、変なものがあるんですが……調べて下さい」
そう言って受話器を保留にする。
「行くぞ」
慣れた風だ。俺はごくり、と息を呑む。レナは動かない俺の腕を掴み、玄関へ向かう。写真が入っていた箱を置き、日向がまだ気絶してるのを確認して、ハンカチでドアを拭って外に出る。
俺はそれを見ながら一緒に外へ出た。
「悪かったな」
「……別に」
「でも、何でだ?」
「鈍い男だな」
「……まさか」
「チビは一体何処にいるんだ? 帰ったのか?」
「レナ」
レナは俺を見る。いつもの冷たい瞳で。
「俺の事、好きか?」
「……だから?」
平然とした顔と声で。思わず、愕然とする。
「……その」
言葉が出てこない。
「……あのな……」
「帰ろう」
「あのな!!」
「何だ」
「俺は……たぶん、好きだ」
「……そうか」
「……ッ!? じゃなくてッ!!」
「何かあるのか?」
思わず呆然と相手を見つめる。
「お前は、俺をどう思ってるんだ」
「……聞いただろう」
「…………ッ」
「さっさと行かないと、警察が来る。言い逃れできなくなるぞ」
そう言って、すたすたと歩き去る。慌てて俺はレナを追い掛ける。
「待てよ!!」
レナは立ち止まらない。全く傍若無人だ。信じられない。
「待てッたら!!」
十m行った処で、ようやくレナは立ち止まる。俺もようやく追いついて、その肩を掴む。
「……こんな恐ろしい女とは付き合いたくないって言ったクセに」
ガン、とした。
「悪かったッ!! ほらッ!! 天野の手前ッなッ!!」
「……そうか、チビのせいか」
「いや……ほら……色々あるだろ? な?」
「……どうしたいんだ、佳月は」
「え?」
「……エッチなことでもしたいのか? 私と」
「!?」
目の前真っ白になる。
「……言っとくけど、そんなのごめんだぞ。面倒臭い」
「バカ!! 何言ってんだ!! あのな!!」
「じゃあ、何だって言うんだ」
「……キス、してもイイか?」
「……したいのか?」
そう言われると、身も蓋もない。
「……え……あの……その……レナはしたく……ないか?」
「イイよ」
レナは笑った。……その笑顔は、可愛かった。不覚にも、見惚れた。
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