2話 チュートリアルの日々

 新しい朝が来た。


 知らない天井かと思ってたが、自宅の自分の部屋の天井と同じだったから、昨日のことが夢なんじゃないかと思えたよ。


 これも狙っているなら、神様は悪趣味なのかもしれない。



 食事は部屋の冷蔵庫に入っていたもので適当に作って食べた。


 キッチンまでついてるなんて、いたれりつくせりってやつだな。


 食後は歯を磨いて、顔を洗って、着替えて…いろいろ準備を終わらせたよ。


 一息ついたら、交流スペースに集まるようにと、建物内放送での連絡が入ったから、行くとしよう。


 …こんな放送もあるってことは、それなりに発達しているのか?


 それともこの建物が神様関連ということで、特別なんだろうか?


 まあ、考えても今はわからないか。



 交流スペースに行くと、見知った顔がすでに何人かいるようだ。


 仲良しグループとワータイガーにワーウルフの人、それに考察班も一緒にいるようだから、そこに行くか。


 おはようございます、ってな。



 「おはよう」


 「おはようございます」


 「おはよー」



 挨拶返しは相変わらずということで、あとは割愛だ。


 不安もあるようだが、割と元気そうに見えるということは、それなりに眠れたんだろう。


 他の人達の中には眠れなかった様子の人も見えるが、人数がそれなりにいる以上、そこまでは手が届かない。


 取捨選択、ということになるんだろうな。


 できる範囲でやっておきたい気持ちもあるが、それは今日の『奴』からの説明を聞いてからになるか。



 全員が集まって、少し経ってから『奴』が来た。


 その説明を纏めるとだ。




 ・残っている98人には支度と心の準備ができ次第、冒険の旅に出てもらう


 ・スタート地点は神様がピックアップしたどこかの村か町から好きなところを選ぶ


 ・そこの近くに神様が転移させてくれる


 ・パーティを組んでいくも、ソロで行くも自由


 ・そこから先は好きにすればいい


 ・この建物での準備期間は30日間、過ぎると神様の気分で強制転移


 ・金や武器、服は建物内にあるものを好きに持っていってくれればいい


 ・建物の地下にダンジョンもあるからレベル上げ等もあり




 等々、割と勝手だが、意外と気前がいいのだろうか?



 『すぐに死なれてもつまらないだろう?』



 なるほど…まあ、考えたところでどうにもならないからな。


 あの条件内でできるだけのことをするしかないんだろう。


 ソロでいきなり行くよりは知り合いと行ったほうが心強いのもあるな。


 仲良しグループやワータイガー、ワーウルフ、考察班のメンバーに声をかけて、いろいろと確認等していくか。


 心を読まれたことを流したことで、『奴』がどこか悲しそうな顔をしているようにも見えるが、多分気のせいだろう。



 一応言っておくと、考察班のメンバーとは昨日の『奴』の質疑応答中にお互いの考察を話していた、ということで、仲良くなったわけだ。


 こうして思い返すと、一応俺も考察班になるのかもしれないな。


 昨日のことなのに、もう懐かしく感じるのはどうしてだろう。


 と、感傷にふけるのは、この辺りにしておこうか。



 そういえば、知り合い達と自己紹介したときに名前を聞いたんだった。


 登場人物紹介っぽく紹介しておこうか。



 ・仲良しグループ


 物部 数馬(もののべ かずま) 仲良しグループの中心人物、イケメン


 綾部 雪(あやべ ゆき) 物部君の幼馴染、ギャル


 須藤 礼一(すどう れいいち) 物部君のクラスメイト、チャラい


 稲垣 紅葉(いながき もみじ) 物部君のクラスの委員長、でもギャル


 深崎 当麻(ふかざき とうま) 物部君の幼馴染、硬派



 ・獣頭同盟


 谷上 新(やがみ しん) ワータイガー、元は警察官らしい


 三芝 誠司(みしば せいじ) ワーウルフ、元はガードマンとのこと



 ・考察班


 新道 純(しんどう じゅん) 考察班筆頭オタク


 有馬 誠一郎(ありま せいいちろう) 隠れオタク、イケメン


 有村 香澄(ありむら かすみ) 隠れオタク


 佐崎 有耶(さざき ありや) 俺




 と、まあ、こんな感じだ。


 谷上さんと三芝さんはどうかわからないが、顔面偏差値は割と全員高いように見える。


 まあ、この世界に召喚されたときに少し変わったのかもしれない…みんな日本人に見えない髪と瞳の色してるし。



 ともあれ、とりあえずの話し合いの結果、ダンジョンアタックをしてから出発ということになった。


 その後、どのタイミングで転移してもらうかは、それぞれの判断で、ということになる。


 さすがにこのまますぐに転移してもらう人はいなかった。



 俺達は今紹介した11人のグループで行くことになるが、状況に応じて他のグループとも協力することにもなるんだろうと思う。


 あくまで予想でしかないが、98人もいればそういう風に考える人が少しくらいいるんじゃないだろうか。



 そして、『奴』らが用意したらしい、装備から好きなものを選んで準備をすすめるわけだが…魔法のスクロールとかもあるんだな。


 さすがに基礎っぽいものしかないが…火、水、土、風、光、闇、あとは生活魔法か。


 生活魔法はその名前通りに生活に役立つ程度の魔法しか使えないわけだが…1人旅にはいろいろとあったら便利なようだ。


 基本的に、魔法はそれぞれひとつしか覚えられず、基礎魔法を極めたら上位の魔法が使えるようになる、これも定番といえば定番か。


 たまに複数の属性の魔法を覚えることのできるのもいるようだが、稀なようだ。



 俺は武器は剣に、魔法は生活魔法にしたよ。


 いつかは1人でいろんなところに行ってみたいって気持ちもあるからな。


 それがいつになるかはわからないが、今は彼らと共にレベル上げに勤しむとしよう。



 準備はしっかり、安全マージンを取ってから…これがゲームなら違ったんだろうが、現実にこういう世界に来た以上は、その方針に反対する人はこのグループにはいなかったよ。



 さあてっと、準備ができたら、今日は剣や魔法をそれぞれ使えるように練習するとしよう。


 ダンジョンアタック?違う違う、訓練場もあるんだ。


 そこで今日は最低限の体を動かせるようにしておくんだよ。


 ダンジョンアタック自体は武器と魔法が使えるようになってからでいいんだ。


 使い方もわからずに行くのは無謀だし、せっかくここまで建物内に施設がある以上利用しない手はないだろう?



 それに、心の準備っていうのも必要な人もいるだろう。


 と、いうわけで今日中に武器と魔法を使ってみて、明日からダンジョンアタックということになるな。


 使えるようになったら、各自自由行動というわけで、皆が使えるようになるのを見  届けた後に部屋に戻って休むとしよう。



 …結構早く皆使えたな。


 それじゃ、また明日、お疲れ様。




 あれから時は流れて、ダンジョンアタックを始めてから28日が過ぎた。


 建物を出る期限まであと1日、できるだけの準備はした。


 あっという間だったな…。



 え、ダンジョンアタック中の出来事?


 いや、普通に命を奪う嫌悪感や仲間同士の青春を味わったよ。


 こういう思い返して、心地いいって思える思い出は語らずに、心の中にしまっておきたいじゃないか。


 まあ、レベルも上がって、スキルも増えた、それでいいんだよ。



 正直レベルが上がることの変化に驚いたよ。


 ゲームだと数値が上がるからわかりやすいけど、実際にこうなると体感で思いしる。


 わかりやすく言うなら10キロのダンベルしか使えなかったのが、今では片手で50キロのバーベルを振り回すこともできるってことだ。


 …上には上がいるってことも思いしらされたけどな?


 谷上さんとか三芝さんなんて500キロくらいあるモンスター殴り飛ばしたり、ぶん回したりするんだぞ。


 物部君もそうだが、他グループのまとめ役や戦闘に偏ってる人は頭2つか3つくらい戦闘力が違うって見ててわかるくらいだ。


 綾部さんや有村さんみたいな魔法を見てると才能があるっていうのはああいうのを言うんだって思えるしな。


 俺は…かゆいところに手が届く、という感じになるか。


 いいんだよ、いつか気楽にソロで行くならこれでいいんだ…。



 それはいいとして、明日はもう転移の日だ。


 行き先は『奴』曰く、割とおすすめらしい王国の地方の町だな。


 そこで経験を積んでから王都に向かうのが王道っぽいとのことだ。


 もう先に転移で帝国や皇国、連合国とやらにいったグループもあるが、元気にしてるだろうか。


 まだ死んだ人はいないと『奴』は言っていたから、多分大丈夫だと思いたい。



 町に行ってから、王道のギルドで冒険者登録してから、各自自由に、となる予定だ。


 グループのメンバーで組んで動くもよし、ソロで動くもよし。


 しばらくは町にいる予定だが、町から離れるときに一応連絡だけしていくことになっているよ。


 ドライかもしれないが、こういう世界だと合わせて動き続けるのも難しいときもあるんだ。


 これまで一緒に行動してきただけが、グループのメンバーでどうしても方針が合わないときもあったし、そのときのことで距離ができた人もいる。


 年長組が間に入っていたが、それにも限度はあるわけだ。



 ま、そういうわけで、集団行動も明日まで。


 寂しがっている人もいたが、惰性で続けても無理が出るってこともわかったから、結局は一応全員納得はしたよ。


 …いや、俺が他の人と揉めたわけじゃないことは言っておくぞ?


 インドアでアラフォーな社畜の俺の人と揉めないためのコミュニケーション能力はそこそこグループ内で役に立った…はずだ。


 みんなとそれなりに仲良くはできた、はず…。


 絶対の自信はないが、結構悩み相談とかもされたから、そうなんだろうと思いたい。



 考えるとネガティブな方向に行くから、この辺りにして、今日は最後の準備の確認をしてから、この建物での最後の交流に行くとしようか。


 武器も防具も荷物も問題はなし、もし足りないものがあっても、転移後に町で揃えられるし、大丈夫。


 と、交流に行く前にステータスを見て浸るとするか。



 Number:52

 Name:佐崎 有耶(サザキ アリヤ)

 Lv:16

 Job:無職

 Race:魔女

 Skill:冷静、魅力、剣術、生活魔法、体術、料理、大工、瞑想



 これが今の俺のステータスだ。


 こうして、レベルが上って、スキルも増えたのを見ると成長を感じられて気分が良いんだ。


 数値化されてなくても、実際にできなかったことができるようになっていくのは、努力が報われた感があるんだよ。


 元々仕事や趣味でDIYをしていたのもあったが、大工のスキルが生えた後は明らかに手が前より動くようになったんだ、あれは感動した。


 料理も独り身だったから、よくやっていたが、これもスキルが生える前と後じゃまるで手際が違った。


 瞑想もスキルが生えてからはその効果が実感できるようになった。


 意識の切り替えに便利で重宝しているよ、これがあって良かったと心から思う。


 あまりに感覚が違って少し怖いところもあったが、やればやるだけ成果が出るのは、モチベーションも上がるし、素直に嬉しい…ああ、嬉しいんだ。



 生活魔法も魔法が使えるということは感動だった。


 今ではだいぶ慣れたが、この感動は忘れたくないと思う。


 剣術も最初は剣を振ってるだけだったが、今では普通に斬れるようにもなったんだ。


 命を奪う感覚にはまだ慣れきってないが…この世界で生きる以上はいつかは慣れるのかもしれないな。


 体術も体が思うように動くのは良い気分になれる。


 アラフォーの俺がここまで動けるようになるなんて夢の様だよ。


 まだチュートリアルでしかないが、今は神様に感謝している。


 これからどう思うようになるかはわからないが、この気持ちは確かにここに在る。



 さて、思う存分浸ったことだし、建物内を練り歩いて適度に交流してくるとするか。


 この部屋とも今夜でお別れだ…素直な気持ちを伝えてから散歩に行くか。


 ありがとう。



 『どういたしまして』



 散歩に行こうと部屋を出たら、『奴』がいた。


 なんで『奴』がそう言うのか。



 『準備をしたのが私だからさ』



 なるほど…すべての部屋を?



 『もちろん、チュートリアルというのは鬱陶しいくらいに説明が多い方がいいだろう?』



 定番すぎるゲームだと説明書も読まない人もいるが、俺は一応説明書も読むし、チュートリアルもやる派だ。


 わからないことはその都度確認すればいいだろうから、割と流し読みになるが。


 ただ、こういう状況だと確かに質疑応答に答えてくれたことは助かったし、自分の部屋で休むときも元の世界の自宅の部屋をベースにしていたように思えたから、ストレスもそこまでにはならなかった。


 装備や訓練所、食堂にダンジョン、ここまでいたれりつくせりなのはまさしくチュートリアルだったように思える。



 『そう思ってもらえるようにこだわったからね』



 どうして?


 勝手に召喚した玩具相手にそこまでする必要があるのか?



 『せっかくの娯楽なんだ、少しでも長く続いて欲しいと思わないか?』



 …そうだな、楽しかったゲームはずっと続いてほしかったよ。


 オンラインゲームのサービス終了したときは寂しかったし、悲しかった。



 『そういうことさ、他の神々の中にはそう思わないのもいるが、選んだ玩具を大事に思っている神もいるのだよ』



 そうか…なら改めてお礼を言わせてもらうよ。


 ありがとう。

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