第4話

 しかし、いくら博士の秘蔵の兵器だといっても、これでロキシーに勝てるのだろうか。今、地上で網を撃ちだして戦っているようなロキシーは、ロキシーの本隊じゃない。ロキシーの本隊は宇宙にいるのだ。宇宙にいて、地球に接近しながら様子を監視中のはずだ。宇宙にいるロキシーの武器は、星をひとつ撃ちだす恒星砲である。その威力は、天体を一撃で消滅してしまう威力であり、惑星から発生した生物はまずたいてい焼き殺されてしまう。恒星規模の建造物があったとしても、恒星砲と衝突した衝撃でお互いに形を崩してしまう。人類程度の生命体なら、ものの数ではなく蹴散らせる威力をもっているのだ。

 ロキシーはこの恒星砲を駆使することによって、この銀河で連戦連勝している。ロキシーの攻撃とは、星をぶち当てることであり、ロキシーの兵站とは、星を移動させ運用することであり、ロキシーの征服とは、星を奪うことであり、ロキシーの銀河征服とは、銀河の星の配置を自由につくりかえることだった。

 ロキシーは最も効率の良い征服の仕方を研究した結果、少しでも手間どったら、相手をまるごと消し去ってしまうことにしていた。必要なのは、星であり、それ以外のものはきれいに掃除してしまってもかまわない。むしろ、掃除するべきなのだ。異種文明の解析は余裕のあるときに余技として行っており、地球を襲った情報機器ジャックも余技の範囲だった。ロキシーの拡散が最大の目的であり、集めた星のもたらす莫大な富が次の目的だった。異種族から得るものなど、ほんのわずかしかないとロキシーは推測しており、容赦なく異種族を消し去りつづけているのだ。

 未だかつて天の川銀河を統一した種族はひとつもないのであり、その偉業を達成する方法があるとしたら、それは無駄な文明には気にもかけずに一撃で消し去ることだった。天の川銀河には二千億の星があり、それくらいの素早さで行わなければ、銀河の征服など間に合うわけがないのだ。今、ロキシーは最も天の川銀河の統一に近づいた種族である。

 人類はもっと早く気づくべきだった。夜空を見て、天の川銀河の星が不自然に一箇所に集まりつつあることに気づくべきだった。天の川銀河の星が、ロキシーの本拠地に集まりつつあることに気づくべきだった。星を支配し、星を使役するロキシーという文明に気づくべきだったのだ。もう、何万年も前からそれは行われていた。天の川銀河を征服するのに、数十万年かかるといわれているが、すでにそれを半ばまで終えているのだから。数百億の星を支配し、数千の文明種族を征服したロキシーにとって、人類などものの数ではないのだ。


 ヨシヒサの家には、アカネという女がいた。ヨシヒサの女だ。アカネは、ヨシヒサが光速砲を空にぶっぱなし、上空から襲いかかってきたロキシーを一体吹きとばすのを見た。

「ちぇっちぇっ、おまえが抵抗するなら、地球ごと消してしまうぞ。ちぇっちぇっ」

 ロキシーがいう。

 ぐおん、光速に近い速度でロキシーに弾丸を当てる。ロキシーの胴体部がふっとんで消えた。ロキシーの背後のマンションに弾丸が当たり、丸い穴が開いた。

あの博士はロキシーと戦っていたのだとヨシは気づいていた。博士はいった。これでロキシーに勝てると。いま、ヨシヒサはロキシーに対抗できる人類の中枢兵器を背負っているのだ。

 ぐおん、光速砲を撃って、ロキシーの最後の一体を吹きとばす。

「ロキシーと戦ってるの?」

 アカネがいう。

「政府はロキシーに降伏するのを決定したよ。ロキシーが地球に向かって二発目の恒星砲を撃ったんだって。恒星砲は太陽より大きな星だから、逃げれないって。もうすぐ、地球は蒸発して消えちゃうって」

 ヨシヒサは黙って聞く。

 恒星砲は、星より大きな弾丸だ。勝てるだろうか。一撃で地球艦隊を全滅させたという恒星砲に勝てるだろうか。

「あたしたち、大丈夫かな」

 大丈夫じゃない。

 ヨシヒサは思う。

「きゃあ」

 空に太陽よりも大きな青白い星が見えた。ロキシーが放った恒星砲だ。青白い星は急速にどんどん大きくなる。ロキシーの恒星砲だ。地球は終わりだ。このままでは恒星砲が直撃して、地球は蒸発して消えてしまうだろう。ヒトなど、ひとり残らず跡形もない。

 ヨシヒサは背中に背負っている光速砲を手で触った。最初にこれを持っていた男は、これでロキシーに勝てるといった。なら……

「大丈夫。ダメだったらすぐ帰ってくるよ」

ヨシヒサは光速砲の機能を使って、まっすぐに宇宙にまで跳ね上がった。


 宇宙に飛ぶと、ヨシヒサは光速砲の作りだす透明の膜に包まれた。光速砲は地球外生命体との戦闘を考慮して作られた実戦兵器だ。これひとつで宇宙空間での活動に対応できるようになっている。

 遮光ゴーグルを通してみると、恒星砲の表面でうごめく気流の流れがはっきりと見えた。ものすごく巨大なエネルギーの流れだ。あれがすべて水素で、プラズマ状態で激しく暴れまわっているのだ。核融合を起こして爆発しつづける恒星という爆弾なのだ。

 ボールのようだった恒星の大きさが見る見るうちに膨れあがり、視野の何分の一かを占めるようになった。大きすぎて、大きさの感覚がつかめない。恒星の大きさに比べれば、ヨシヒサの大きさなど、ほんの小さな点にすぎない。

 あれをなんとかしなければ。あの近づいてくる巨大な恒星を吹きとばさなければ、地球は焼き消えてしまう。宇宙の小さな点にすぎないヨシヒサの腕が動き、光速砲の弾丸を準備する。

 狙いはよし。あんな巨大なもの、外すわけもない。だが、できるだけ恒星の中心を撃たなければダメだ。威力を最大に伝えるためには、恒星の中心を狙って正確に撃つんだ。

 威力は最大だ。ここで躊躇してはダメだ。最大の威力で、光速砲を撃つんだ。うまくいけば、ひょっとすれば、恒星砲の威力に勝てるかもしれない。

 恒星はとどまることのない勢いで急速に近づいてきている。もうヨシヒサはかわすこともできない。これでダメなら、ヨシヒサは死んでしまうだろう。一万度を越える熱に当てられ、一瞬で気化して消え去ってしまうだろう。もう試すしかない。光速砲が恒星砲の威力を上まわることを期待して撃つしかない。

 しっかりとした手つきで、構える。標準よし。威力よし。ためらうな。撃て。

 グシッ。光速砲の引き金を引いた。

 光速砲の弾丸が加速され、弾きだされる。光速砲の弾丸は、百グラムのプラスチックの球体だ。百グラムの弾丸を普通に当てたのでは、恒星砲は倒せない。しかし、百グラムの弾丸は加速器によって光速近くにまで加速される。今は威力が最大に設定されているから、光速の99.9999……%の速さにまで加速される。

 ここで、特殊相対性理論についてちょっと説明しておこう。物体というものは、光速に近づけば近づくほど、時間の流れが遅くなり、長さが長くなり、質量が増えていくという性質がある。時間が遅くなったり、長さが長くなったりという怪現象はそれはそれで非常に興味深いものであり、注目に値するさまざまな物理現象を引き起こすことが予想されるが、残念ながら、今回はあまり重要でない。今回注目したいのは、光速に近づけば近づくほど、だんだん質量が重くなるという性質である。光速に近づけば近づくほど質量が増え、だんだん加速しづらくなっていく。今回は、光速の99.9999……%で発射されたから、百グラムのプラスチックの弾丸は、質量が非常に重たい重さになっているのだ。これはもう、恒星よりも圧倒的に重い質量だ。たった百グラムのプラスチックの弾が、星よりも重い重さに変化しているのだ。

 非常に質量の増したプラスチックの弾丸は、さらに光速の二乗の運動エネルギーを得て、×秒速三〇万キロ×秒速三〇万キロというとてつもなく大きな衝突エネルギーをもって恒星にぶちあたることになるのだ。

ぶおおおっと恒星砲に丸い穴が開いた。

 目に見えないほど速く飛んだ光速砲の弾丸が、恒星砲にぶち当たったのだ。星よりも重い光速の弾丸は、向かってくる星の中心に大穴を開けて吹きとばしたのだ。

 恒星砲の穴はどんどん大きくなっていく。突き破った光速砲の威力がありすぎて、吹き飛んだ水素に引きずられる形で、周辺の水素も吹き飛んでいくのだ。地球に致命的なほどに接近しつつあった恒星砲は、ヨシヒサの光速砲によって、跡形もなく散ってしまい、宇宙の塵となった。

 これが博士が死を賭してまでヨシヒサに譲り渡した光速砲の威力だ。

「いける」

 恒星砲が吹き飛ぶのを見て、ヨシヒサはひとり呟いた。

 ロキシーと人類の血で血を洗う戦争が今、本格的に始まろうとしていた。


 星が地球のまわりに集結しつつあった。星はロキシーの弾丸だ。星を装填し、星を炸裂させ、星を射出する。そして、星によって異物をすべて焼却し、星の掃除機で宙域を殺菌して、星の配置を変えてしまうことによって占領する。星が舞い、星が踊った。ロキシーの軍隊が地球に進軍したのだ。

 ヨシヒサは迫りくる星の群れを見て、荘厳な戦場にただひとり立たされたことを知った。地球最高会議はすでにロキシーに降伏している。太陽の所有権がロキシーに委譲され、太陽系から太陽が持ち運びだされることが決定している。ロキシーの財産とは、みずから光り輝く星に限定されており、地球にあるものを何ひとつ奪っていったりはしない。ただ、じゃまならば排除するだけであり、もはや、ロキシーが太陽を収奪することをじゃまするのは、光速砲をもつヨシヒサただひとりであることは明白だった。地球最高会議が降伏したにもかかわらず、ヨシヒサが戦闘を継続することにロキシーは文句をいったりしない。ヨシヒサが地球最高会議の命令を聞かないことはすでに分かっており、ならば、ヨシヒサと直接、語り合うまでである。

 ヨシヒサにも分かっていた。たったひとりの宇宙戦争なんだと。味方はもうすべて降伏してしまった。たったひとり戦いつづける自分は、人類から見たら命令違反の裏切者であると。みんなは応援していてくれるだろうか。宇宙空間に閉ざされて、もう地上の声は聞こえない。

 天の川が歪むのが見える。ロキシー帝国全体がヨシヒサを敵として認識したためであり、天の川を構成する四分の一の星が地球に向かって移動した。星の貯蔵庫とよばれる星の密集地点こそ、ロキシーの本拠地であり、星の貯蔵庫は地球に向かって動いていた。星を兵站するロキシーの進軍は、銀河の脈動そのものに見えた。

 いままでにない速さで星が四つ飛んでくる。ヨシヒサは光速に限りなく近い速度でプラスチック弾を撃ち出して、四つの星を撃ち抜く。星が四つ、穴を開けて消えた。

 宇宙に輝く星がすべてものすごい速度で自分に近づいてくるように見えた。

 何千、何万、何億という弾丸がこれから飛んでくるのか分からない。それはすべてロキシーの攻撃であり、負けるわけにはいかない。地球を守らなければならない。恒星砲が一発でも地球をかすめれば、地球は消えてなくなってしまう。押し寄せてくるすべての星を撃ち落とさなければならないのだ。

 光速砲は、相対論効果によって星よりも重い質量を撃ちだすことのできる弾丸兵器だ。理論上は、銀河よりも重い弾丸を撃つことはできる。しかし、おそらく、どこかで相対性理論でも解き明かせない質量の限界というものがあって、その限界点に達した時点で、質量の増大は失効するのだろう。もつだろうか。迫りくるすべての星たちにまさるだけの機能が光速砲にはあるだろうか。

 ロキシーが次々と星をくりだしてくる。マシンガンのように恒星砲が飛んでくる。ヨシヒサはそれを正確に撃ち落としていく。戦いが終わったら、この銀河から星がなくなってしまうのではないかと、ヨシヒサには思えた。


 長いこと戦っていると、ロキシーたちの星の配置がどのようになっているのか、おぼろげながら見当がついてきた。星の動きが血液の循環のように見え、ロキシーの動きがただ急流にぶらさがる飾りのように見えた。

 とびかう星のなか、ヨシヒサは自分が撃ち落としていく星の数を数えながら、勝てると思った。この戦いに勝ったかもしれないと、そう思った。そう思った時だろう。めまいがした。宇宙で上も下も分からずに飛びまわっていたからだろうか。めまいがした。

 それは最初から行われていた個体と個体の遭遇だったが、お互いの認識が今の今まですれちがっていたのだ。頭の中でそれの表象がちらついた時、ヨシヒサは地平線より大きなものが存在しうるのだということを思い出した。まだ、めまいがした。対象を正しく認識できなかったときにもたらされる違和感というめまいだった。

 めまいがしたのだ。今まで自分に気づきもしなかった何かが、やっとヨシヒサという動物が存在することに気づいたのだ。向こうが気づいたのだ。向こうがヨシヒサを見たのだ。そして、ヨシヒサはヨシヒサとして認識され、それによって対象であるヨシヒサの側からも向こうを認識することに成功したのだ。

 ヨシヒサはいま自分が巨大な生き物の爪の先にいるのを知った。

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