第12話 臨港ドリームパーク
臨港ドリームパークは、もう十年も前に閉鎖された、都市型の遊園地だ。
私が小さい頃の話なので、閉鎖された事情までは知らなかったが、インターネットで検索したところ「都市計画の失敗例」「税金の無駄遣い、市長は責任を取って辞任」「子供をダシにした税金搾取・建設業界の闇」なんてネガティブな言葉がたくさんヒットした。
要約するとこんな感じ。
『もともとこの町はずっと港湾産業で潤ってきた。それが社会構造の変革によって観光業や都市化・居住スペースに特化したほうが税収で儲かる事がわかってきたため、市は新たな街づくり構想を掲げた。
だが経験の浅い市の首脳陣は、百戦錬磨で口のうまい設計事務所や大手ゼネコン連中にまんまと主導権を握られ、整地された港湾の膨大な空き地に、真っ先にぽつんと遊園地を立ててしまった。
最寄駅から徒歩で赴くには微妙に遠く、かといって駐車スペースもない場所に、都市型の遊園地を、だ。
本来ならこういった施設は公共交通機関や近隣の商業地区や大規模な居住区があってこそ生きるもの。当然の事ながら客足は振るわずに大赤字を出して、開園から数年であっけなく閉鎖・取り壊しの憂き目を見た。
もちろんそれも設計事務所とゼネコンの思惑通り。取り壊しの工事も代金が取れるからだ。
それから十年。臨海地区は相変わらず再開発を続けている。一から計画をやりなおすには資金がかかりすぎるため、設計事務所や建設会社もそのままに。ただし、市の首脳部はさすがに懲りたのか、第三者を雇って計画のチェックを行っているため、それなりにまっとうに進行中のようだ。
だが今度は野球のホームチーム用ドーム球場を作ろう!などと言い出し始め、市民運動として広め始めたので油断大敵である』
……大人の思惑がどうであれ、小さな頃の私は、単純に遊園地に行きたかった。観覧車に乗りたかったのだ。まぁ、最近まで忘れてたけど。
だが実際にドリームパークを目の当たりにして、わたしの遊園地への期待感は吹き飛んだ。
静まり返っていてアトラクションの一つも動いていない。一切の静寂。
敷地内はカラフルで楽しげな看板や建物で溢れているのに、人の気配が全く無い。
まるで廃墟だ。お化け屋敷と似た空気も感じる。
もし曇天や雨天だったら、あまりの雰囲気に逃げ帰っていただろう。
「さ、まいりましょうか」
そんな彼の能天気な言葉に背中を押されながら、しぶしぶ園内に足を踏み入れた。
実際にアトラクションに乗ってしまえば現金なもので。
ジェットコースターが急斜面を登り始めると、ワクワクが止まらなかった。
どうせならと思って選んだのは、長時間並ばなければ乗れないだろうメインアトラクションのジェットコースター。岩山を模したトンネルをくぐったり、ジャングルを再現した茂みを突っ切ったりと冒険心溢れるタイプらしい。インターネットで調べたとき、過去の体験者が一番楽しかったと書き記していた。
「緊張するね」
「ええ、そうですね」
彼がわたしの顔をまじまじと眺めながら言う。いつになく真剣な顔で、少し照れくさい。
ふいに、重力が消えた。
落差数十メートルによって時速八十キロまで加速した車両が、急カーブをうねりながら走り抜けていく。ジャングルだろうか?生い茂った草むらを抜け、水が滝のように流れる裏側を通り過ぎていく。
怖い。
楽しい。
ラスト、崖を模した高所から真ん中にトンネルがある沼地めがけて突っ込んだ時にはワクワクが最高潮に達した。これなら人気が出るのも頷ける。だって楽しすぎるもの。
続けて三回乗ったけど飽きなかった。連休中の行楽客が見たら垂涎ものだろう。
次に乗ったのは、備え付けの光線銃を使って行く手を阻むモンスターを撃退するアトラクション。
私はインターネットの記述を思い出す。確か売り文句は『恐怖のバイオモンスターがあなたを襲う!ハリウッドSFX技術と日本のCG技術が融合したリアルホラーが今、ここに!』だったか。
日本のCG技術を売りにしている辺りに時代を感じる。そちらの技術も、海外に追い越されて久しい。
二人一組でひとつのカーゴに乗り、わたしは前、赤毛君は背後から来る迫り来るモンスターを迎え撃った。モンスターはありきたりなデザインだけど、光線が命中した部位が炸裂する様が妙にリアルだ。
光線がヒットするとポイントが加算され、ボスクラスの頑丈なモンスターは高得点。クリア
時にポイントランキングが表示され、ハイスコアラーは記録が残る。当然の事ながらわたしたちが一位と二位を独占した。他にチャレンジする人もいないし。この先も破られることはないだろう。
「食べますか?」
ベンチで休憩していた私に、少年がポップコーンと缶ジュースを持って戻ってきた。
「お店、営業してたの?」
「いいえ。どちらも自動販売機で」
ポップコーンの香りが鼻腔をくすぐる。自販機だろうがなんだろうが、できたてに文句なんてあろうはずもない。
私たちはベンチに並んで、しばらく腹ごしらえをした。自販機のポップコーンなんて食べるのはずいぶん久しぶりだが、いま食べてもやっぱり美味しかった。
「今日は、誘ってくれてありがとうね」
私は素直に感謝した。
「あなたが楽しそうにしてくれてるので、僕も誘った甲斐がありましたよ」
「調査の手伝いはできてない気がするけど」
私がそう言うと、彼はニヤッと笑った。「調査になんて来た覚えはありませんよ」
「じゃあ、何でここに来たの?」
「純粋に、好奇心で」
「何よそれ!」
「僕は男一人で遊園地に行くのはつまらないだろうと思って『一緒に行ってくれますか?』と誘っただけですが?」
彼は、私が来るまでずっと一人で過ごしてきたんだっけな。つい忘れてしまいそうになる。
確かに一人で遊園地に来てはしゃいで――なんて想像したくない。
「あんたってさ、私がいないときは何をやってるの?」
「普通に生活していますよ。朝起きて、学校に行く。夕方に下校して、夜には眠る」
「あんた以外に誰もいないんでしょ。学校に行く意味あるの?」
彼は腕組みして難しい顔をした。
「うーん、でも僕にとっては人がいないのが普通だから。あなただって日常の行動に疑問を持ったりしないでしょう?」
「そりゃあ、そうだけどさ。でも、何か違和感があるんだよ」
「どんな?」
「何か忘れてるような気がする。でも、それが何なのか思い出せない。ここのところ、ずっと頭に引っ掛かってるんだ」
「忘れてしまったものなら、こっちの世界に来てるかもしれませんね。探すのをお手伝いしましょうか」
「まず、あんたの探し物を見つけてからね。でないとテストのお礼の意味が無くなっちゃう」
「お礼ならもう貰いました。一緒に来てくれたじゃないですか。久しぶりに楽しかった。実のところ、探し物はあんまり興味なくて」
そう言って彼は、満面の笑顔を見せた。
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