第11話 ハロー!

 ドリームパーク行きの当日。わたしは普段より一時間早く目が覚めた。自室のカーテンを開けると、雲ひとつ無い青空が明け始めた空に広がっていた。

 デート日和だって喜ぶべきだろうか。

 ……昨晩、ベッドの中で悶々とした。これって、やっぱりデートよね。

 道行く恋人同士

百組にアンケート取ったら、九十九組に「デート」だと回答されるだろう。二人きりで遊園地に行くってのは、それだけ特別な意味を持つ。

 まさか初デートをこんな形で迎える事になるなんて。

 嬉しいやら悲しいやら、寝つきの悪いまま朝を迎えたので、私はすっかり睡眠不足だった。 



「ゆうべはよく眠れました?僕は少しばかり緊張してしまって、あまり寝てないんですよ」

 もうすっかり慣れたもので、学校前のバス停のベンチで目を閉じて呼吸を整えると、数分のうちに彼が現われた。

 いつものように笑顔を浮かべている。相変わらず制服のままだ。

「……女の子とのお出かけなんだから、ちょっとくらい気を使ってくれてもいいのに」

「え?何ですか」

「何でもない」

「そうですか。じゃあ行きましょう」

 彼はそう言って先を歩き始めた。このシチュエーションに、気が付いていないのか、それともとぼけているのか。どちらにせよ、ため息をつかざるを得ない。一人で気をもんでいる自分がバカらしい。

 それにしても。

 人の消えた街のなんと静かなことか。はじめて学校の外で「忘れられた記憶の世界」に足を踏み入れたけど、異質な空気がいつもより顕著だ。雑踏も無く、朝の渋滞もない。鳥のさえずりすらしない。

「……本当に、誰もいないみたいだね」

 明滅する歩行者用信号を渡りながら、私はつぶやいた。

「ええ、そうです」

 そうか、それなら。

「ハロー!」

 わたしは大声で叫んでみた……もちろん返事は無い。

「どうしたんですか!一体何を」

 彼がちょっとびっくりしたような顔で振り向いた。

「昔見た映画のマネ。いっぺんやってみたかったんだ」

 それは子供の頃に見たイギリス映画。怪我をした主人公が数週間ぶりに昏睡から覚めてみると、見慣れた街には誰もいない。寂寥感にかられて何度も何度も「ハロー? ハロー?」と叫びながら街をさまよい歩く……個人的に凄く気に入っているシーンだ。

「驚かさないで下さいよ」

「別にいいじゃない、誰に迷惑かかるわけでもないしさ。ハロー!」

「恥ずかしいじゃないですか」

 彼は困り笑顔。ほんのり頬を染めたりして。いままであまり表情を崩すことのなかった彼の初めて見せる顔に、私は面白がっていっそう声を張り上げる。

「いいから、あんたも叫んで見なさいって。ハロー!」

「は、ハロー!」

「声が小さい!」

 私の大声と、彼の小声が静まりかえった町に響き渡る。

「…やっぱりコレ恥ずかしいですって」

「なんでよ。誰に見られているわけでもないし」

「それは、そうなんですが」

「少なくともフェリーや遊覧船の船首に二人で寄り添って立って『見て!わたし今、空を飛んでいるみたい!』……なんてやってるカップルよりはマシだと思うよ」

「それも何かの映画ですか?」

「うん」

「そっちなら、やってもいいですよ」

 そう言いながら、私の背後に移動する。

「バ、バカ言わないでよ。誰があんたなんかと」

「一度やってみたかったんですが」

「もういいよ。ハローって叫んで満足したし」

 顔が熱い。赤毛野郎はニヤニヤしてる。さっきの復讐のつもりか。赤面した顔を見られたくなかったので、私は速足で先を急ぐ。

「あ、そっちじゃありませんよ」

「え?でも遊園地はこっちで」

「歩いたら遠いじゃないですか。電車で行きましょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る