第8話 あなたも誰かに忘れられたの?
「ここ、どこ?」
私が昨日と同じような質問をすると、
「教室ですが」
「旧校舎の、でしょ」
「あいにく新校舎を知らなくて」
昨日と同じような答えが返ってくる。
話題をループさせるのは好きじゃない。
とにかく、私はまたこの世界に来て、彼と接触している。
彼が、私の記憶の残滓が生んだ存在なのか、平行世界人なのかは分からない。
でも、今はそんな事で悩んでる暇なんてない。
「ちょっと、力を貸してくれない?」
「もういい、もう結構ですから」
「いやです。持てる力を全力でぶつけないと意味ないじゃないですか。あ、十五問目は③ですから」
非常識でアホみたいな赤毛だから見くびっていた。どうやら彼は非常に頭が良いらしい。
私は答えを書き写すだけなのに、彼の解答速度に追いつけない。それどころか、彼は問題文から読み取れる教師の思惑やら嗜好やらを解説しながら含み笑いする始末。
うん、この人、私の忘れられたくない記憶が生んだ存在とかなんとか、そんなんじゃないや。どう逆立ちしてもこんな天才君が私の頭から出てくるワケないわ。隣席子さん、ハズレ。
「ストップ、ストーップ!もっとゆっくりでいいから!時間はたっぷりあるから!」
「ああ、すみません。テストは久しぶりだったんで、ついはしゃいじゃって」
特徴的な赤毛をくしゃくしゃと手で掻きながら、彼は苦笑いした。
「あれ、いま久しぶりって言った?」
「言いましたけど」
「それって、この世界でテスト受けてたってこと?」
「あれ?」
なんでそこで首をかしげる。とぼけてる……ようには見えない。
「覚えてないの?」
「そうですね、自分に関する事だけはさっぱり。この世界に教師なんていませんし、テストを受けた経験があるってのも変ですよね。受けたことあるのかな?どうなんでしょう」
「……私に聞かれても困るよ」
新委員長が提唱する並行世界人からのコンタクト説も消えた。
私なら、自分の立ち位置すら怪しい人間に並行世界人とのコンタクトなんて重責を負わせたりしない。
「あのさ、自分の事を何も覚えていないって、怖くない?」
「いえ、別に。怖いものなんですか?」
「だってさ、自分が何者なのか、とか、家族や友人の存在とか、大切な思い出とか、全部忘れちゃったら……って想像すると不安になる。寂しい」
「それは忘れたことを覚えてるからじゃないですか?僕はなーんにも覚えてない。忘れたことすら覚えてないですから」
「そういうもの?」
「そういうものです、たぶん。それに、ほら」
彼は立ち上がって教室を見回す。「あなたが言うには、ここは取り壊されたはずの旧校舎らしいですね」
「間違いないよ。記念にって、取り壊された校舎の破片を貰ったもの」
「でもこの世界には確かに存在している。思い出だって、残ってる。消えたわけじゃない。こっちの世界に引っ越してきただけ。いつかまた会えるかもしれない。そう考えたら、寂しくはないですよね」
「じゃあ、ここは忘れられた思い出で出来てる世界?……ちょっと信じられない話ね」
「あくまで僕の仮説ですから、信じるも信じないもあなた次第」
彼は、おどけて首を振った。
「……でも、ちょっといいかもね。観覧車に乗りたくてたまらなかった自分は、消えたわけじゃなくて確かに存在して、また出会えた訳だし」
「仮説の支持者が増えて大変光栄です。恐悦至極」
そう言って、大げさに一礼して見せる。礼が過ぎて無礼になってる仕草が滑稽で、私は思わず噴き出した。
ひとしきり笑ったあと、ふいに、素朴な疑問が口をついて出た。
「じゃあさ、あなたも誰かに忘れられたの?」
「え?」
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