第2話 みだりに髪を茶色に染めたりしない

 彼の存在に初めて気が付いたのは、いつだったろう。

 ずいぶん昔だったような気もするし、数日前だったような気もしないでもない。 そんなあやふやな認識ではあるが、彼はわたしの視界の片隅にいつの間にか居座っていた。

 別に好意からって理由ではない。単に髪の毛が鮮やかな赤色で、インパクトが強かったってだけ。

 退屈なロングホームルーム中にあくびを噛み殺しながら窓の外に目をやると、今日も中庭の花壇の前にひときわ目を引く赤毛が咲き誇っていた。もっとコッソリ体育館裏にでも行けばいいのに、大胆な授業エスケープだ、さすが髪が赤いだけの事はあるなとわたしは妙に納得していた。

 生徒手帳の校則のページにはこう書いてある。

「みだりに髪を茶色に染めたりしない」

 茶髪はダメでも赤髪は問題なし!なんて校則の抜け道は当然ないだろう。つまり彼はただのアウトロー気取りの不良行為少年ってワケで。

 彼はただそこに立っていた。雲ひとつ無い青空の下、五月の風に吹かれながら、何をするわけでもなくただボーッと。花壇に咲き乱れる青紫の小さな花―――名前は知らない―――を、ただひたすら眺めていた。

 正直言って、今だけは彼がうらやましかった。クラスが一触即発な空気に包まれる中、無関係でいられる彼が。

 まどろみつつ、どれくらい眺めていただろうか。

 「俺が決めるからお前らもう帰れ!」

 業を煮やした担任教師の怒号が雨天コールド的効果をもたらして、ホームルームはめでたく幕引きとなる。同時に私は、カバンをひっつかんで教室から逃げるように飛び出した。

 クラスメイトのどよめきが背後で巻き起こったが、構わない。

 ちょっとした気まぐれだった。

 赤髪の彼はまだ花壇の前にいるだろうか?

 ちょっとだけ、彼の見ている風景を見てみたくなったのだ。

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