ミオソチス・シルヴァティカ

宮野原 宮乃

第1話 ずいぶんさっぱりしちゃったね

 何かを忘れている事に気づいていて、なのに何を忘れているのか思い出せなくてもどかしい。

 誰にだってそんな時が、たまにはあると思いたい。

「……○○君にしか務まらないと思います」

「いや、俺なんか無理だって。部活あるし。××、お前やれよ」

「ええっ!カンベンしてよー!」

 ……紛糾する放課後のロングホームルームを他人事のように感じながら、私はひとり頭を悩ませていた。

 朝、目覚めたときから放課後までずっとこんな調子。畳まれて積み重ねられた布団の奥に挟まったシャツが、手は届くのに引っ掛かって出てこないような感覚。いっそのこと、頭をかち割って脳みそから直接記憶を探り出したい。そんな気分。

「ちょっと、長すぎるよね」

 ふいに隣の席の子が、苦笑いしながら小声で話しかけてきた。どうやら、決まらない議題にイライラしていると受け取られたようだ。気を使ってくれたみたいで、なんだか申し訳ない気分になる。

「そうだね、早く終わって欲しいよね」

 笑顔を作って返答する。ホームルームの議題は何だったか、ああ、クラス委員を決めるんだっけ。

 どうでもいいや。

 五月の半ばになるまで決めずに放っておかれた委員なんて、どのみち大したものじゃない。

「髪、切ったんだ」

「うん、なんとなく」

「ずいぶんさっぱりしちゃったね。えーと…平気?」

 声に心配とも好奇心とも取れる色が混じる。そんな色気づいた話なんてないのに。

「何にもないよ。本当に、ただなんとなく」

「……そっかー」

 ホッとしたような、拍子抜けしたような微妙な表情を浮かべながら、隣席の彼女は机に突っ伏した。嘘でも何かあったと言っておけば良かったのだろうか。なんだか悪い事をしたようで、いたたまれない気分になる。

 これも全部ロングホームルームが長引いたせいだ。

 さっさと終われ。

 私は彼女の真似をして机に突っ伏した。思い出そうと悩み続けたせいか、すごく疲れた。

 主に脳が。

 窓から舞い込む午後の風が、疲れた頭に心地良い。席替えのくじ引きで窓際の席をゲットした自分の強運に感謝する。

 風薫る五月。眠るには最高の季節だ。

 飛び交う怒号すら、まるで子守唄のように私を眠りにいざなってゆく―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る