第3章 秘密の里
第3章 秘密の里1
白く雪を抱いた巨峰の山腹に、朱塗りの寺院がぽつりと建っていた。それは実際、驚くべき威容を持った大聖堂であったが、その背後に聳える山脈のあまりの巨大さに、寺院はひっそりと潜めているようにすら見えてしまった。
寺院は赤い衣の僧侶達が一杯だった。みんな勤勉に修行に勤しんでいる。
寺院の周囲には商人や巡礼の旅人が多数訪れ、彼らが連れて歩いているヤクの列で、意外に賑やかな様子を見せていた。その辺りでは雪が絶えず、空気も薄い天空の彼方であるのに、人々は決して絶えなかった。
そこに現れた旅人は、いかにも場違いな珍客であった。くたびれたローブに、質素な鎧姿。こんな寒さの厳しい場所に関わらず、馬に乗って現れる。謎多き魔術師バン・シーである。
僧侶達は突然現れた、見慣れない風貌の珍客に戸惑っている様子だった。しかし何人かは魔術師の素性を知り、恭しく寺院の中へと歓迎する。
バン・シーが寺院の中に入り、待つことしばし――。少年の僧が入ってきて、お茶を置いていく。バン・シーは始めは目当ての人物ではなく、無関心に目を逸らしていたが、すぐに少年に何とも言えない気配を感じて、じっと見詰めた。
少年はバン・シーの目線を気に留めず、丁寧な挨拶をして部屋を去って行く。
それと入れ違いに、ゲシューと称される僧侶達が入ってきた。
高僧
「よくぞおいでくださいました。山脈の向こう側とはいえ、あなたさまの尋常ならざる霊力の数々、ひそかなる活動の数々。風の噂にまじえて聞き及んでおりました。まさか、生きているうちにご本人をお目に掛ける機会が来ようとは、幸運と光栄の極みでございます」
バン・シーはまずお茶を手に取り、表面の油を息で吹いて、一杯、くいっと飲んだ。
バン・シー
「悪くないな。丁重な歓迎、恐縮にいたみます。あの、先の少年は?」
高僧
「お気づきになりましたか。名をゲンドゥン・ドゥプと申します。まだ少年ゆえに、直接引き合わすわけにはいきませんでしたが、どうかお見知りおきを」
バン・シー
「ふむ。それでは時間に限りがございます。早急に本題に入りたいのですが……」
高僧
「せっかちなことも聞いております。その理由も。――あなたがお探しになっている方なら、確かにこの寺院におりました。しかし、すでに亡くなっております」
バン・シー
「いつ?」
すでに聞いていたのか、バン・シーに動揺は少なかった。
高僧
「40年前でございます」
バン・シー
「……そうか」
高僧
「生前はそれは稀な高僧でした。あれほどの人間を再び見出すことは、我々にはもうできないでしょう。皆もそう考えております。私も同じ思いです。本当に偉大な方でした。――しかしあなたにとっては残念でしたな。このような場所まで足を運んでいただいたのに、かの者を目にできず、人足違いとは……」
バン・シー
「いや、気を遣う必要はありません。無駄足ではないからな。世界中の寺院を回った。ピースの多くは埋まった。あともう一息です」
高僧
「かの者は、もう現れている……。そうお考えですか」
バン・シー
「その考え方はあなた方のほうがよく心得ているでしょう」
高僧
「そうでしたな。しかしあなたのような西の魔術師が、東方の信仰に興味を抱くとは珍しい」
バン・シー
「輪廻転生……そういう名であったな」
高僧
「特別な力を持った僧侶は、死とともに別のどこかに同じ力を受け継いで再生します。我らの最高位の僧侶は、その継承者を探して相応しい地位に据えます。そうやって、我らの教えは守られてきました」
バン・シー
「かの者はたった1人でしか生まれぬ。逆に言えば、必ずどこかで生まれる。その跡を辿っていけば、必ず見付かるはずだ」
高僧
「まるで仏陀を探すような旅でございますな。――ところで、西の方角からもう一つ、よくない噂を耳にしております。かの邪教の一団は、はるか東の国まで手を伸ばし、戦の火をつけていると聞きます。いずれは我々の身にも降りかかるでしょう。私もその時には、この手に武器を持つつもりです。この寺で」
バン・シー
「そうならぬことを祈っているよ」
高僧
「あなたも役目が果たされることを」
高僧は、バン・シーに戦友の絆を見せて、深く頭を下げた。
バン・シーは寺院を出て馬に跨がった。山脈の東と西に目を向ける。かの者はいずこに現れたのか。“もう1つのもの”はもう発見されたと聞いた。思った通り、ブリテン島で発見された、と使者からの報告を聞いた。あと必要なのは、1つだけだ……。
しかしそれがどこにあるのか。バン・シーといえど見当もつかなかった。
※ チベット風の舞台が背景に描かれているが、あくまでもこの物語はファンタジー。
※ ゲンドゥン・ドゥプ 後のダライ・ラマ1世。あくまでもファンタジーなので、実際の歴史とは無関係。
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