第2章 聖なる乙女10

 日が暮れて、夜の空に月が浮かぶ。パンテオンの寺院もその頃になると、誰もが寝静まって、辺りにはしんとした静寂が包んだ。ゆるやかな風に、木の葉がひそやかに囁くだけである。

 そんな静けさの中に、ソフィーはひとりきりで山中の参道に佇み、月の明かりを浴びていた。

 そこに誰かが現れた。ソフィーが振り返る。


ソフィー

「――老師様」

老師

「何をしておる。夜風は身体によくない。パンテオンにも悪い妖精が現れる時刻だ」

ソフィー

「…………」

老師

「今日のこと、わけを話してくれるかな。あの旅人のことも」

ソフィー

「はい。でも私自身、よくわからないのです。あれがいったいどんな意味を持っているのか……」

老師

「物事にはどんなものにも意味がある。そなたは正しいと思う選択を選んだのであろう」

ソフィー

「はい。しかし断片は見えても、真実を見通せるわけでありません。もしも悪い囁きに唆されているのだとすれば、私はどうすれば……」

老師

「物事は簡単ではない。悪いことばかり続くように思えても、結果がよくなることはあるし、良いできごとが悪い結果を生み出すこともある。些事に捕らわれていては大事は決められん。それに、わしにはあの若者が悪をなすようには見えんよ」

ソフィー

「私に未来を見通す力はありません。もし見通せても、運命をとどめる力はやはり私にはありません。でもあの人に感じているのは、今までに経験のない運命の力です。とても不思議で、胸が痛めつけられるような、苦しい感覚なのです」

老師

「ソフィー……お前、あの若者に惹かれておるのか……?」

ソフィー

「そんな老師様! 私は……」

老師

「良いんだよ。ドルイドは恋を禁じていない。それも人の道だ。そなたが正しいと思う道を進みなさい。そなたの心が思うままに」

ソフィー

「……老師様。……私、恐いです」


 ソフィーは不安を顔に浮かべて、幼い女の子のように老師の身体に縋り付いた。老師は優しくその背に手を回す。


老師

「ソフィー、娘のように想っているよ」

ソフィー

「はい。老師様」


 風が密やかに囁き、草や木が静かに語り出す夜。妖精達に見守られるのは不安に怯える子供であり、恋にときめかす乙女の不安であった。

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