第2章 聖なる乙女9

 若者は少女としばし別れて、身を清め、服を改めた。大パンテオンの印が入った上着を授けられた。

 それから食事を摂り、ふわさしい装束を身にまとった上で、僧に導かれて、指定された場所に入った。

 そこは絶壁に接した、細い小道の向こうに置かれた小さな空間だった。僅かに木々が後退し、草むらの上に石柱のモニュメントが円形に配されていた。ブルーストーンである。それはパンテオンでももっとも原初的な儀式の空間であった。

 石柱のサークルの中に、少女がすでに巫女達を従えて待ち受けた。雅やかな衣で儀式の場にいる彼女は、あの穏やかさは残していたものの、それ以上に神聖さを湛えさせていた。

 神が宿る神秘的な姿に、若者は3日間旅を共にしていた若い娘であることをしばし忘れ、自然と神聖さにうたれ、尊敬を抱き、その前に進んで膝を着いた。

 儀式が始まった。

 少女の祝詞が始まる。大地の精霊のひとつひとつに呼びかけ、祝福を約束し、ルーンの呪文がそれに続いた。サークルの中に張り裂けそうな緊張が包み込み、何もかもが、人ばかりではなく草木もが儀式の神聖さに飲み込まれるように静まり返る。若者は、自身の肉体から魂が分離し、精神と共に高みへと掬い上げられるのを感じた。

 少女は手に杖を持ち、それを高く振り上げて、若者の肩を叩く。巫女達が魔除けの酒を辺りに振りまいた。

 サークルの中にルーンが浮かび、若者を中心に光のリングがぐるぐると回転した。やがて、ルーンは少女の指先に操られるように秩序を持ち、いくつかの言葉がすくい上げられた。


少女

「これは古い言葉です。あなたの魂の最も深いところで眠り、忘れられていた……いわば生まれながらに持つべき本当の名前です」


 少女の掌のルーンが、若者の額に移り、その中に吸い込まれるように消えた。


少女

「“オーク”。それがあなたの新しい名前です。この名に精霊の祝福がありますように」


“オーク”。

 新たな名前に若者は――オークは深く頭を下げて、美しき神官に感謝を示した。

 それで儀式はおしまいだった。


少女

「さあ、頭を上げて。“ソフィー”と申します。よろしくね」


 少女の微笑に神々しさは去って、いつものぬくもりが戻っていた。

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